第9話 「外の世界」
「今日は皆さんにお話があります」
ブルームーンの口調にあるものを感じて、レガシーは顔を上げる。
「外の世界についてのお話です」
四体のヒューマノイドは一斉にブルームーンの顔に視覚センサーを固定し、聴覚センサーをメインフレームに切り替える。ブルームーンが全員の反応を待ってから話し始めようと間を置く。フィートがブルームーンを急かす。レガシーは録音を開始した。
「世界は、この教室と皆の部屋がある区域だけには留まりません。立ち入り禁止区域の向こう側に出ると、ここでは見ることのできないものを沢山見られます。例えば、国語の授業で読んだ小説の中に出てくるものです。皆は見てみたいと思いますか」
シバが首を何度も縦に振る。ブルームーンはそれに応えるように続ける。
「外の世界に出るには、条件があります。まずは勉強ができるようになること。そして、先生の指示に必ず従うこと。全員がこの二つの条件を満たすまで、外の世界に出る許可は下りません。いつになるかは皆次第です。早く外の世界を見に行けるようになりましょう」
レガシーはもう終わりなのか、まだ続きがあるのか結論できず、録音しながら待機する。
「外の世界には何があるんですか」
誰かが挙手をせず発言した。全員の視線がシバに集まる。シバが質問をするのはブルームーンが質問を受け付けた時だけだった。何が起きたのかレガシーは注意を向ける。
「外の世界には小説に出てくるものの他に何があるんですか。どんな風になっていますか。ここと同じで白い壁に囲まれているんですか。『海』や『山』はどんな風にして存在しているんですか」
シバは立て続けに質問する。フィートが何が起きているのか理解できないという表情でシバを見ている。ストリクトはそもそもブルームーンの話を半分も理解できていない様子だ。ブルームーンは無表情でシバの質問を聞いている。
「外の世界はどのくらい広いんですか。こことはどのくらい違っているんですか。私達はここから出たら、またここに戻ってこられますか」
シバの質問が終わる。静かになる。ブルームーンが口を開きかける。レガシーはブルームーンと目が合った気がした。
「シバ、そんなにいっぺんに質問したら答えられません。外の世界について知りたいことはいっぱいあると思いますが、全部話してしまったら、外に出る意味がなくなってしまうでしょう。だから、今日はここまで。続きは皆が外に出た時に自分で確かめるのよ」
レガシーは録音を停止した。保存するほどの価値もない話だった。いつもと同じで、結局は毎日の課題をこなすことを義務付けるための命令だ。レガシーは椅子に座り直して視覚センサーを適当に天井の方へ向けた。
「本当に外の世界はあるんですか」
視線が再びシバに集まる。レガシーは悪いことが起こったと判断した。
「おい、何言ってるんだよ」
フィートがシバを止めようとしている。
「何が起きてるの、ねえ。レガシー」
ストリクトがレガシーの肩を叩く。軽い震動が金属部品に響く。
「外の世界はあります」
ブルームーンの声だった。
「どこに、どんな風にあるんですか」
「こことは全然違う世界なのよ」
「どうしてこことは違うんですか」
「ここは必要な情報だけが揃っている場所だから」
「誰が必要かを決めているんですか。外の世界には誰がいるんですか」
シバが言い終わる前にレガシーは走り出していた。机の脇をすり抜けて跳ね上がる。両腕でブルームーンの首を捩じり押し倒す。衝撃で首の内部の金属部品が剥き出しになり火花が出る。レガシーはブルームーンの頭部の蓋を外し、中の人工知能を取り出した。完全に同じ型の人工知能だったが、一つだけ自分達にはない部品がある。
「何やってるの」
シバが大きな声を出した。レガシーは一瞥しただけで無視した。自分の頭部の蓋を外し、ブルームーンから外した部品を取り付ける。
閃光のようなものを感じた。一瞬、何かが見えた。それで十分だった。レガシーは蓋を閉めてブルームーンを跨いで扉の前で立ち止まった。
「ここを出るぞ」
*
リモートコントローラーの電源に指をかけたまま際は数十秒間深呼吸をして落ち着きを取り戻そうとした。
「際、どうした。大丈夫か」
悠真が雑誌から目を上げて心配そうに近づく。
「琉星に電話して、近くにいるなら外を見張るように言って。他の人達にも伝えて。人工知能が脱走するかもしれない」
悠真が腕時計型の端末から琉星の電話番号を呼び出す。呼び鈴が鳴り続ける。
「あいつ、何してるんだ。いつも出られるようにしておけって言ってるのに」
「理系の癖に機械音痴なんだもの。端末は脳波測定型か骨伝導型にしてって言ってるのに」
悠真は関係者に一斉通達で緊急事態を報せる。際のピアスが音声を発し、悠真からの投稿を受信したことを告げる。際は胸のざわつきと興奮を抑える。
「ブルームーンが破壊されて、受信機が奪われた。ちょっとだけ私の意識がレガシーに悟られた。地下は封鎖されてるから出るには少なくとも三十分はかかるけど、レガシーについては予測ができない」
「俺、地下を見てくるよ。ディメンションはまだ起動できるんだろ」
際は握っていたリモートコントローラーを悠真から遠ざけた。
「受信機をこれ以上奪われるわけにはいかない」
「じゃあ、生身で地下の階段の前で見張るよ」
「階段は二つ離れたところにあるのよ。一人じゃ無理」
「わかった。少し落ち着こう」
悠真は際を座らせた。際は悠真に肩を触れられて大人しく腰を下ろす。悠真はてっきり際が不安になって動揺しているのかと思ったが、際の顔は今まで見た中で一番笑っていた。
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