第8話 夢見る人工知能?
悠真はカップにお湯を注ぎながらビニールコーティングが浮き上がって読めなくなったボタンの表示が何と書いてあったのか考える。入学した時には既にこの状態だった古びたポットでもお湯を注ぐボタンの名前は他のポットと同じのはずだ。「給水」かな、と思ったところでボタンから指を離しお湯を止める。スプーンで軽く中をかき混ぜてテーブルに持っていく。紙束とノートパソコンで散らかったテーブルの陰からぬっと顔と手が出てきて無言で柴犬の写真がプリントされたカップを攫っていく。
「今時、紙に手書きしながら物を考える人も珍しいものだね」
悠真はディスプレイの近くに椅子を引き寄せ、コーヒーをこぼさないよう慎重に座りながら際に話しかけた。
「手で一文字ずつ意味を理解しながら書くと頭の中がよく整理できて考えがまとまるの。レガシーにもこのくらいの説明ができるようじゃないとね」
雑談は続かず、すぐに紙束に身を隠す際から目を離し、悠真はディスプレイの監視を再開した。消灯時間が過ぎた頃にコーヒーを淹れに席を立ってから約十分経っている。人工知能の生活区域は全ての電灯が消えるので、夜中の監視には赤外線カメラを使用している。複数のカメラからの映像の一つに二体の影が見えた。
「なあ、二体が早速部屋から出てきてるぞ」
悠真は録画ボタンを押しながら際に聞こえる声で言った。
「どの子」
際は声だけ悠真に寄越す。悠真は影の形から推測した。
「レガシーとシバだ」
「しばらく様子見てて」
二体は会話をしているようだが音量が小さい。悠真は音量を上げながら際に報告する。
「会話してるみたいだ」
マグカップを持って際が椅子のキャスターを転がして悠真の隣に急行した。悠真は際がディスプレイを見やすいように少し横に移動する。際がさらに音量を上げる。
「こんなことあるのか」
悠真は思わず呟いた。際は机に頬杖をついて二体の会話に聴き入っている。
「あの子、まるで夢を見てるみたいね」
「人工知能なのに」
「『キワ』って私のことかしら。どこで知ったんだろう」
「叱りに行くか。あいつら、もう寝る時間だろ」
「レガシーならそのうちアラーム設定を解除すると思ってたし、想定内よ。夢については明日にする」
際は大口を開けてあくびをした。一緒に声も出ている。
「お前はもう帰れよ。弁当買いに行ったやつらが戻ってきたら俺から言っとくよ」
際は目を輝かせにこにこしながら帰る準備を始めた。悠真は資料の片付けを手伝った。端すれすれまで文字がびっしり書かれていて、指にインクが付きそうだった。手を動かしながらちらとディスプレイに目を向けると、シバとレガシーが分かれ、それぞれの部屋に戻るところだった。
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