第35話 借金王、睡魔に襲われる

「ダリルっち……目つきがいらやしいでちよ?」

「なっ! おまえはもう、なんでもかんでもそっち方面に結びつけるなよ!」


彼女はかまわず、俺が座っていた長椅子の横にスルリと滑り込んできた。


「にゃはは〜、やっとゆっくりお話できるでちね。『静か』で『ふたりっきり』になれるところに行くでちか?」

「……身の危険を感じるから、ここでいい」


アリーゼはテーブルの下でクネクネと脚をからませてきた。


「ダリルっちは固いでちね〜。固いのはアレだけでイイでちよ?」

「おっ、おまえなあ……!」

「それにしても、これからどうなるでちかね〜? ボクはハーレムで全然オッケーなんでちけど、ジャンヌっちとクリスっちは……」

「おいおい。俺の意見は?」

「聞く必要はないでちよ。ハーレムが嫌いな男はいないでち!」

「…………」


俺が黙っていると、アリーゼは小さくため息をついた。


「煮え切らないダリルっちには、『既成事実』を作るしかないようでちね……」


アリーゼは手近のカップになみなみとワインを注ぎ、一気に飲み干した。猫のような目がトロンと完全に座る。そして鼻息も荒くしなだれ掛かかってくると、小さな手で俺の身体のあちこちをなで回し始めた。


「ちょっ……おまっ……や、やめろって……」

「やめないでちよ……。このへんが……気持ち……いい……でちか……?」


ぐいぐいと身体を押しつけてくるアリーゼに、俺は長椅子に押し倒されかかった。


「ふ……ふふ……そ、そろそろズボンをおろすでち……」

「こっ、こら! 悪酔いするにもほどがあるぜ!」


あたりを見回すが、だいたい全員が酔っぱらってこっちなど見ていない。


「ボクのここも……触ってほしいでち……」

「や、ちょっと……ホントにやめろって……」


俺の手をとり、彼女は自分の身体にも触らせようとする。気がつくと俺は長椅子の上で馬乗りになられていた。


「うふ……うふふ…………」


完全に目がグルグル状態になっているアリーゼが、長衣の前をゆっくりとたくし上げ始める。真っ白な太ももが夜目にも鮮やかにあらわになった。


やばい。こいつはこんな場所で本気でヤルつもりだ……俺の顔がひきつった瞬間。彼女の後頭部で鈍い音がした。そのまま彼女は気を失い、俺の上におおいかぶさる形になる。


「わ、わらしがいない間に……ひ、ひどいれすぅ〜!」


そこには木の大皿を両手で持ったジャンヌが立っていた。ろれつは回らず、足元もフラフラしている。そして、無言でアリーゼを俺の身体の上から押しのけた。


「フギャッ……。むにゃむにゃ……」


長椅子から落とされたアリーゼが声を上げる。だがぐっすりと眠り込んだ彼女は、起きる気配もなかった。


身体を起こすと、当然のようにジャンヌは長椅子の空いた場所に座ってきた。そして俺の腕をしっかりとかかえこみ、大きな胸を押しつけてくる。


「ダリルさん……一緒に踊ろうって……言ったれすよね……?」

「ああ。でも、おまえもう相当酔ってるよな? 大丈夫か?」


ジャンヌはにっこりと、心から楽しそうに笑った。


「ぜーんぜん、大丈夫れすよぉ……。ほら……踊りましょう……。わたし……あなたと一緒に踊るのを……すごく……たの……しみに……」


だが彼女もそこまで言うと、頭がガクリと落ちた。そして俺の腕にしがみついたまま、スヤスヤと寝息を立て始めるのだった。


               ***


「なんだ……ジャンヌとアリーゼは眠ってしまったのか? まだまだ……子供だな」


珍しく顔を赤くしたクリスが、長椅子のジャンヌとは反対側に腰を下ろした。今の俺は両側をジャンヌとクリスに挟まれ、足元にアリーゼという状態になっている。なんだこれ。


「さすがは〈偉大なる風〉タイユ・ヴァンの料理だな。〈ワインと料理の組み合わせ〉マリアージュが完璧に考え尽くされている……じつに美味い。おまえはいつも麦酒エール林檎酒シードルだが……ワインは飲まないのか?」

「嫌いじゃねぇよ。ただ、ワインは高くて飲めなかっただけだ」

「……そうだったのか。だが今日は無料だ。……うまいぞ?」


彼女は自分が飲んでいたカップを差し出してきた。遠慮なく一口もらい、手近にあったチーズをつまむ。チーズのほろ苦さとワインのふくよかな渋み、そして果実味が溶け合い、喉と鼻をくすぐった。


「うまいぜ……ありがとな」

「とっ、ところで……さっきの話だが、やはり冒険者を続けるのか?」


クリスは、なぜかあらぬ方を見ながら聞いてきた。


「まあ、そうだな……ボチボチやるさ。おまえはイングランドに帰るんだろ?」


するとクリスは腹を立てたかのように、俺をにらみつけてきた。


「おっ、おまえは……私が……邪魔なのか? そんなに早く帰らせたいのか?」

「へっ? いや、別にそういうわけじゃねぇけど」

「なら、私も残る。……いいな?」


俺がこくこくと首を縦に振ると、クリスは満足そうに微笑んだ。そして、急に力を抜いてもたれかかってきた。


「お、おい!? 急にどうしたんだよ!」

「いいだろう……? 私だって、たまには……甘え……た……い……」


クリスは俺の肩に頭をあずけ、スヤスヤと寝息を立て始めた。俺はまわりで眠りこける三人の女を見回し、やれやれと内心で肩をすくめる。全員を部屋まで運ぶのは、相当骨が折れそうだった。


だが、そのとき。突然、俺を強烈な睡魔が襲った。


ジルの『用心しろ』という台詞が脳裏をかすめる。考えてみれば、酒豪のクリスが酔って寝るのもおかしかった。くそ……戴冠式当日とは……油断……しちまった……。それを最後に、俺の意識は闇の中へと引きずり込まれていった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る