第五章 ロンドン恐慌

第36話 借金王、海を渡る

夢を見ていた。


湖から浮かび上がる白くたおやかな手に握られた黄金の剣。優しく微笑むジャンヌによく似た美しいエルフの女。円卓を取り巻いて俺を見つめる、板金鎧をまとった騎士達……。


そのときグラリと地面が揺れ、目が覚めた。


そこは小さな丸窓が一つきりの部屋のベッドの上。潮の香りがかすかにする。頭が鈍く痛む。うなりながら身体を起こすと、ベッドのそばの丸椅子に座っていたジャンヌが抱きついてきた。


「ダリルさん! よかった……!」

「ああ……。ここは……ランス、じゃねーよな?」


あたりを見回すと、妙にとげとげしい声でクリスが答えた。


「イングランドへ向かう船の中だ。先ほど食事を運んで来た船員の話ではな」


あごでさす先に、意外と豪華な食事が用意されていた。


「ダリルっち、よく寝てたでちね〜。おなかは空いてないでちか?」


アリーゼはローストチキンを片手に呪文書を読んでいた。


「いや……大丈夫だ」


部屋にはさらに三つのベッドが置かれていた。三人とも、そこで目が覚めたらしい。隅の方には俺の鎧や剣、背負い袋に〈白百合の旗〉が置かれていた。


「わたしたち……どうなるんでしょう……」


ジャンヌが俺に抱きついたまま、声を震わせた。どうみても『戴冠式で酒に薬を盛られてイングランド軍に売られました』って状況だが、不自然な部分もある。どうして武装がそのままなんだろうか?


「……ま、なんとかなるだろ。しばらく様子を見ようぜ?」


俺はジャンヌを安心させるように、背中を優しく叩いてやった。その背中は、パテーの戦場で一万人の兵士を叱咤した勇姿が嘘のように小さかった。


日没にさしかかるころ、船は港に入った。軍船が並んだ港の情景には見覚えがあった……たしかポーツマス港だ。やがて船は桟橋につながれ、板梯子ラダーが渡された。しばらく待っていると扉を叩く音がした。


「〈聖女〉様ご一行をお迎えに上がりました。入ってもよろしいか?」

「好きにしろよ……てめえらの目的はなんだ?」


入ってきたのは二人の兵士を従えたイングランド軍の紋章……獅子の紋章をつけた貴族らしい男だった。


「その件については我らがあるじより説明致します。ご同行ください」

「武器は持っていっていいのか?」

「無論でございます」


船を降りると、港のすぐそばに建つ石造りの堅牢な屋敷に案内された。入口の上に

『ポーツマス商館』という文字が刻まれていた。毛足の長い紅赤色の絨毯を踏みつつ、応接室らしき部屋へと通される。


そこで待っていたのは、栗色の髪を後ろでまとめた目つきの鋭い女だった。

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