第33話 借金王、乾杯する
戴冠式が終わって外に出ると、大聖堂前の広場は祝宴会場に一変していた。無数のかがり火が夕闇を真昼のように照らし出し、貴族だけでなく兵士や市民達も大勢集まっている。
大量に用意されたテーブルの上には、大皿に盛られた肉料理やスープが入った巨大な鍋がずらりと並べられていた。
「すっげぇなあ……。これ、もう食べていいのか?」
俺は手近なところにいた中年男に聞いてみた。白い
「王太子殿下、いや国王陛下が開会の合図を出されるまで待ってくれ」
「了解、了解。いや〜、しかし
俺がそう言うと、なぜかそいつはうれしそうに鼻の穴を膨らませた。
「当然だ! 今日の料理はこの私、ギョーム・ティレルが作ったのだからな!」
「ギョーム・ティレルだと?」
突然横から出てきたクリスが居ずまいをただし、中年男に優雅に一礼した。
「私はクリスと申します。噂に名高い騎士にして天才料理人、
「ご丁寧に痛み入ります。我が料理は王侯貴族と美しきご婦人方に捧げられるもの……あなたのような美しい方に口にしていただけることは至上の名誉です。本日のメニューの一部を申し上げても?」
「ええ、ぜひ」
いつもの調子とまるで違うクリスを肘でつつく。
「おいおい。普段とぜんぜん態度が違うじゃねーか?」
「うるさい。黙っていろ」
彼女は微笑みを崩さずにテーブルの下で俺の足を踏みつけた。
「では、端から……〈アーモンドのポタージュスープ〉、〈鴨肉と卵のスープ〉、〈焼きタマネギのサラダ〉、〈ほうれん草と大麦の粥〉、〈うずら肉のチーズ詰め〉、〈川鱒のクリーム煮〉、〈仔羊のミント煮込み〉、そしてデザートに〈アーモンドと牛乳のゼリー〉、〈洋梨のパイ包み〉、〈オレンジとカシスの砂糖漬け〉、〈蜂蜜をからめた山羊のチーズ〉でございます。もちろんワインもブルゴーニュとボルドーから厳選して参りました」
「素晴らしい……夢のようなメニューですね?」
「ありがとうございます。どうぞ、ごゆっくりお楽しみください」
男はクリスに向かって丁重に一礼し、立ち去った。
***
やがて大聖堂のテラスに王太子……シャルル七世があらわれた。広場から上がる歓声に満足そうに微笑み、ゆっくりと両手を広げる。
「皆、よくぞ集まってくれた。今宵は無礼講である! 身分を問わず、すべての貴族、兵士、市民は夜が明けるまで楽しんでもらいたい!」
ふたたび歓声があがり、たちまち祝宴が始まった。俺はジャンヌとクリス、そしてアリーゼのカップにワインを注いでやった。
「ジャンヌ、今日は思いっきり飲んでいいぞ。潰れたら部屋まで運んでやる」
「えっ! そ、それじゃ少しだけ……」
「あれ、ダリルっちは?」
「最初は
「なにに乾杯する?」
クリスが髪の先端をいじりながら、ワインのカップをくるくると回した。
「ダリルっちとボクたちの『幸せハーレム生活』に乾杯するのはどうでちか?」
「なんだそりゃ!? ダメに決まってるだろ!」
「えー、ハーレムエンドは男のロマンじゃないでちか?」
「それはおまえの妄想だ!」
「ぶー。つまんないでち」
「や、やっぱり……私たちを引き合わせてくださった女神様と、使命が無事果たせたことに乾杯しませんか?」
ジャンヌがやや顔を赤らめて言った。
「ああ、いいんじゃないか?」
「なんでもいいから早く飲みたいぞ」
「ボクもいいでちよー。……酔っぱらわせてからが勝負でち」
クリスはテーブルに置かれた料理に気もそぞろなようだった。アリーゼの不穏な台詞は聞かなかったことにする。
「それじゃ……女神様とその使命の達成、そして俺の借金完済に乾杯!」
「かんぱ〜い!」
俺は夜空にカップをかかげる。
「それから天国のジャンヌの家族にも、な」
「…………ええ」
ジャンヌは柔らかく微笑み、くいっとカップを空けると、俺に身体を寄せてきた。前髪が影になって、その表情は見えない。
「私……家族の分まで頑張って幸せになります。いつまでも泣いていたら、皆を悲しませてしまうから。ダリルさん、よろしくお願いしますね?」
「ん? それはどういう……」
「内緒です! あ、料理取ってきますよ!」
ジャンヌは身体をひるがえし、料理の並ぶテーブルの方へ走っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます