第32話 借金王、戴冠式に参列する

パテー平原の戦いから一ヶ月後。


フランス王国北岸のルーアン城塞に立てこもっていたイングランド軍は、突然本国に撤退した。これによりブルゴーニュ公を始めとする反国王派は降伏し、ついに王太子はフランス王としてランス大聖堂で戴冠式を行うことになった。


               ***


初めて見るランス大聖堂は巨大な双子の塔を持ち、その入口には無数の聖人や天使の像が刻まれていた。見上げるように高い天蓋は二抱えほどありそうな石柱の列に支えている。その列柱に挟まれた内陣回廊に整然と椅子が置かれ、おおぜいの貴族達が座っていた。


一方、俺達の身分はあくまで平民ということで席はなく、回廊脇で立ったまま儀式を見守ることになっていた。


やがておごそかな聖歌が鳴り響き、王太子があらわれた。ステンドグラスから降りそそぐ光にきらめく祭壇……王冠を捧げ持つ大司教の元へ、豪奢な毛皮のマントを引きずりながら進んでいく。


「結局イングランド軍は、どうして急に帰国したんでちか?」

〈商会〉ギルドからの連絡も滞っていて、よくわからん。本国で何か異変が起きたのだろう」

「ま、戦争が終わるんなら、別に何でもいいんじゃねぇか? どうやら借金も完済できそうだしな」


ジャンヌと俺達はパテー平原の戦いで第一等の手柄を認められ、無数の栄誉と報酬を約束された。ジャンヌには貴族の位と領地が与えられるという話もある。クリスが腕組みを解いて、俺に向き直った。


「ふん……。借金を返したあとはどうするつもりだ?」

「そうだな。冒険者稼業を再開するさ。フランスもいいし、スコットランドでもいいな。あそこならイングランドの追っ手もかからねぇだろうし」

「えっ! ダリルさん、どこかへ行ってしまうんですか?」


涙を浮かべて儀式を見つめていたジャンヌが振り返り、俺の手を掴んだ。


「俺の役目は終わっただろ。おまえはフランスを救った英雄だし、もう安心だ。貴族になれば、贅沢三昧だぜ?」

「そんな……嫌です! 行かないでください!」


彼女の声に周囲の貴族達が振り返った。あわてて彼女の口をふさぎ、柱の影に移動する。


「そうでちよ〜。ジャンヌっちは貴族様で、ボクは宮廷魔術師。みんな一緒にゴージャスでエロエロな生活を送ろうでち!」


アリーゼも俺の腕にしがみつきつつ、胸を押しつけてきた。


「エロエロな生活は却下するとしても、すぐに行くわけじゃねーよ。いろいろなことが落ち着いてからな」


俺は泣きそうな顔のジャンヌの頭を、そっとなでた。いつの間にか戴冠式は終わりに近づいていた。


「女神の祝福のもと、ここに王太子シャルルをフランスの正式な国王、『シャルル七世』と認める。皆の者、新たなる王の名をたたえよ!」


王冠を王太子の頭上に載せた大司教が宣言するとともに、いっせいに王の名を叫ぶ参列者の声が聖堂全体を震わせた。


「……ジャンヌ。おまえは女神様の使命を果たしたんだ。本当によくやったな」

「はい……。ありがとう……ございます……」


ジャンヌは俺の腕を抱きしめ、いつまでも涙に濡れた顔を押しつけていた。

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