第30話 借金王、驚く

 ジャンヌの見た光景は俺に近かった。


〈黄金の剣を抱いて森を走っているところ〉

〈俺によく似た騎士に黄金の剣を渡しているところ〉

〈物陰から円卓を囲む騎士達を見ているところ〉


クリスの見た光景も関連があった。


〈俺によく似た騎士の前にひざまずき、忠誠を誓う自分〉

〈戦場で弓を使い、戦う自分〉

〈円卓を囲んで、俺によく似た騎士を見つめている自分〉

 

最後にアリーゼが話し出した。


「ボクが見た光景も同じようなものでち。若き王の戴冠式。円卓の騎士との宴。カムランの丘で繰り広げられた最後の戦い……。まあ、ようするに吟遊詩人達が歌う〈アーサー王伝説〉の場面でちよ。みんな知ってるでちよね?」


軽く肩をすくめ、アリーゼは俺達を見渡した。


「も、もちろん知ってるけどよ……。なんで、それが見えたんだ?」


アリーゼは大切な思い出の品を扱うかのように、そっと優しく旗にふれた。


「この旗は……ボクの弟子、魔女モルガナの手で本来の姿を隠されているんでちが……アーサー王ゆかりの、ある有名な魔導器なんでち。だからみんなの秘められた記憶を刺激したんでちね」

「ちょ、ちょっと待て。ボクの弟子って……なに言ってんだよ?」


アリーゼはもう一度、肩をすくめた。


「まあ、〈生まれ変わり〉という奴でちね。ボクの前世は魔術師マーリン。ドルイド達の長にして、アーサー王の助言者でち」

「ま、マーリンって……。頭は大丈夫か?」

「失礼でちね〜! もちろん大丈夫でちよ。それぞれが見た光景から考えて、ジャンヌっちは〈聖剣〉エクスカリバーをもたらしたエルフの王女、エレインでちね。クリスっちは円卓の騎士で弓を使っていたなら、トリスタン卿で間違いないでち。そしてダリルっちは」

「……俺は?」

〈聖剣〉エクスカリバーを振るうキャメロットの偉大なる王。そして円卓の騎士を率いてイングランドに平和をもたらした伝説の英雄……アーサー王、その人でち」

「じょ、冗談だろ!」


借金返済にヒーヒー言ってる俺が、アーサー王の生まれ変わり? それはアーサー王にも、世の中のアーサー王ファンにも申し訳なさ過ぎるだろう。


「……まあ、それでどうこういうわけでもないんでちけどね。これも本来の姿より、この状態の方が今の場合は役に立つでち」

「本来の姿?」

「この旗は〈聖剣〉エクスカリバーより価値があると言われた……〈護りの鞘〉イージス・シースでちよ」 


アリーゼは旗を持ち上げ、軽く振ってみせた。旗の周囲は黄金で縁取られ、中央に紺碧色ロイヤルブルーの糸で百合の花フルール・ド・リスが刺繍されている……それは歴代フランス王朝のみが使う紋章だった。


「……まあ、とにかく。アーサー王のことはひとまず横に置いとこうぜ。今はこの旗でフランスを救わなきゃならねぇ。ジャンヌ、頼む」


俺はアリーゼから旗を受け取り、ジャンヌに手渡した。どういうわけか、先ほどの光景はもうよみがえって来なかった。


「はい! 頑張ります!」


ジャンヌの眼鏡がキラリと輝き、力強く彼女はうなずいた。


             ***


洞窟を戻る途中、ジャンヌとクリスはアリーゼを挟んでコソコソとおしゃべりしていた。


「トリスタンというのは……女だったのか?」

「そうでちよ〜」

「てっきり円卓の騎士は男ばかりだと思っていたが……」

「トリスタンもアーサー王にホの字だったでち」

「そ、そうだったのか!? 」

「でも結局、告白できずじまいだったでち。残念な人でちたね〜」

「ざ、残念っていうな!」

「別にクリスっちのことじゃないでちよ?」

「あっ、あの! 私とダリルさん……じゃなくて、エレインとアーサー王はどんな感じだったんですか?」

「いや〜、あのふたりはいつもコソコソ隠れて会っていたから、よくわかんないでち」

「そ、そうなんですか……」

「大事なのは過去の恋バナより、現在の恋をどう成就させるかでちよ」


聞くつもりもなく聞こえてくる彼女達の話だが……どうしてこう女ってのは、『前世』とか『運命』みたいなのが好きなんだろうか? 俺にはどうもよくわからない。


外に出ると、すっかり霧は晴れていた。行きの半分ほどの時間で馬を預けていた村に辿り着き、休息もそこそこに出発する。いくら旗を手に入れても、戦場に間に合わなければ意味がない――。

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