第29話 借金王、旗に触れる
「ダリルさんっ!」
ジャンヌが泣きながら抱きついてきた……が、そこはちょうど
「ご、ごめんなさい!? すぐ治しますね!」
彼女が聖句を唱えると穏やかな光が俺の傷口を包み込んだ。そっと羽毛でなでられるような感触がして、
「ふぅ……ありがとな。さっきは怒鳴って悪かった。助かったぜ」
「いいえ、いいえ! さっきは本当に……ありがとうございました。ダリルさんがいなかったら、わたし……」
ジャンヌは両手で自分の身体を抱きしめ、身体を震わせた。
ふと振り返ると、クリスがなにか言いたげにこちらを見ていた。
「弓矢、助かったぜ。二本で二十金貨だろ?」
「そうだ。……仮王宮の宝物庫で見つけたものだがな」
「え? ってことは、別におまえの懐は痛んでなくねーか?」
「細かいことは気にするな」
「いやいやいや。気軽に俺の借金、増やすなよ!」
「今さらわずかな金額を気にするのは、〈借金王〉の名誉に関わるぞ?」
「わずかでもねぇし、名誉でもねぇ!」
「そうか? 私は結構気に入っているぞ、〈借金王〉?」
クリスは小首をかしげて俺の顔をのぞきこんできた。
「か、かわいく言ってもダメだ!」
「ほら、アリーゼが待ちくたびれている。行くぞ?」
クリスはクスクスと笑いながら、すでに旗に近づいて手招きするアリーゼの方へ歩いていった。
目的の旗は小島のほぼ中央に突き立てられていた。長いあいだ放置されていたはずなのに、純白に輝く布地は、まるで眩い光を放っているように見える。
「これが……
「そうでち。ただ、魔力の反応がちょっと妙な感じなんでちよね……」
すでに魔法でいろいろと調べたらしいアリーゼは、珍しく困惑の表情を浮かべていた。基本的にすまし顔・ふざけ顔・エロい顔の三種類しかしない奴なので、相当レアな表情だ。
「罠が仕掛けてあるのか?」
「うーん……魔導器本来の姿を覆い隠しているような、そういう細工の気配がするんでち。あと、ボクはこの魔術に覚えがあるんでちが……思い出せないんでちよ」
「ふーん? まあ、よく調べてみようぜ」
とにかく旗に描かれた紋章を確認しようと布地に触れた、その瞬間。
俺の脳裏に不思議な光景が浮かび上がった。
〈湖から突き出された手に握られた黄金の剣〉
〈悲しげに微笑むジャンヌによく似たエルフの女〉
〈円卓を取り巻いて俺を見つめる板金鎧姿の騎士たち〉
見た覚えがないそれらの光景を、なぜか俺は『懐かしい』と感じた。
「ダリルさん? 大丈夫ですか?」
俺の手を握ったはずみで、ジャンヌの手も旗に触れる。
「え……これは、なに……?」
ビクッと身体を震わせた彼女の口からも声がこぼれた。その様子を見てクリスとアリーゼも旗に触れる。
「こ、これは……?」
「なるほど……〈記憶〉がよみがえったでち」
クリスの目は驚きに見開かれ、アリーゼはなにかを納得したように深くうなずいた。
「みんなも何か見えたのか?」
「え、ええ……」
「ああ。だが、いまの光景はいったい……?」
「みんな見えたでちね。全員のを話して欲しいでち」
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