第13話 借金王、牢屋に忍びこむ

「みんな、どこでもいいからボクの体に触れるでち」


俺が肩のあたりに手を置くと、アリーゼがニヤニヤしながら見つめてきた。


「ダリルっち、ボクの身体をまさぐる絶好のチャンスでちよ? もっときわどいところじゃなくてもいいでちか?」

「あのな。そんな場合じゃねーだろ?」

「つまんないでち。もっとガツガツきて欲しいでち。イタタタッ……クリスっち、つねらないでほしいでち!」

「早くしろ。もっと痛くしてやろうか?」

「ふう……女の嫉妬は怖いでち」

「…………!」

「つ、爪が刺さってるでち! 冗談でち! 呪文唱えるからやめてくださいでち!」 


涙目になったアリーゼが呪文を唱え始める。俺達の足元に魔法陣が出現し、青い魔素が周囲を飛び回り始めた。


〈不可視の帳〉クリスタロス・トイコス


次の瞬間、俺達の姿は完全に透明になった。


「すげーな、この魔法! ドロボウし放題じゃねーか? あ、水浴びとかも覗け……」

「ダリルさん……」

「じょ、冗談だぜ、ジャンヌ! 場をなごませるための!」

「……ぜんぜん面白くないです」

「この呪文の有効時間は十分間でちよ? 急いだ方がよくないでちか?」

「まったくおまえ達は……私が引っ張って誘導する。ついてこい」


あきれたようなクリスの声を合図に俺達は移動を開始した。


深夜だというのにブルゴーニュ公の居城には酔っぱらった兵士が大量に出入りしていた。透明になった俺達はなんなくその人混みにまぎれて潜入する。多少足を踏んだところで泥酔した連中に気づかれることはなかった。


目的の塔は城内の片隅にあった。四階建ての古びた石造りで正面に鉄の扉が見える。


「ここは急いだ方がいいでちね。ボクが魔法を使うでち……〈解錠〉アネフト・クレイス


アリーゼの呪文とともに青い光が扉を包みこむ。カチリと音がして錠前が開き、俺達が中に入ったところで透明化の魔法は終わった。


「ここで待て」


足音を忍ばせたクリスが階下に消え、一瞬「ガタッ」という音がした。それから俺達を呼ぶ声がしたので降りてみると、牢番の詰め所らしき場所に兵士が縛られて転がされていた。俺達を見てなにかわめき始めるが、猿ぐつわのせいで聞き取れない。


「で、牢屋の鍵は……」

「これだ」


クリスが鍵束を掲げる。ジャンヌが壁に掛けられた松明を取り、牢を確認し始めた。廊下側は鉄格子になっており、中は丸見えだった。


「誰か、そこにおるのか……?」


一番奥の牢屋からかすれた男の声がした。行ってみると、髭だらけの小太りの男が鉄格子にすがりついていた。


ジャンヌはその牢屋の前でひざまずいた。


「王太子殿下! 私はジャンヌと申します。女神様のお導きにより、お助けに参りました!」

「なんと……まことか? 麗しき乙女よ、この恩は決して忘れぬぞ。は、早く出してくれ……!」


クリスが鍵束を使って錠前を開けた。転がり出てきた王太子は猛烈に臭かったが、金のたっぷり入った革袋だと思って我慢する。そしてボロボロの囚人服を旅芸人装束に着替えさせた。


「よし、行こうぜ?」

「待つでち。さっきの兵隊さんを気絶させて、牢屋に放りこんで欲しいでち」


先ほどの牢番の兵士を殴って気絶させ、牢屋の中に放りこんで鍵をかける。


「これでいいか?」 

〈幻想変装〉ファンタズマ・メタフィシエス


アリーゼが呪文を唱えると、そいつは囚人服から顔かたちまで完全に王太子と同じ外見になった。気絶しているせいか、王太子がスヤスヤ眠っているように見える。


「……すげえな!」

「多少の時間稼ぎにはなるでちよ」


足元がフラフラしている王太子を背負い、魔法で透明化した俺達は塔から脱出した。そして街の外の森に隠しておいた馬にたどり着き、まっすぐにロベール・ド・ボードリクール伯爵の居城へと向かった。

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