第35話 彼の望んだ戦いー1

「大砲持ちか……!」

 携行型ビームカノンを構えたカタフラクトは照準をガランサスに向けたまま、ゆっくりとリュカとサヴァスの間に割って入る。だが即座に撃とうという姿勢には見えず、敵意よりも緊張の方が強いように感じた。

 開いたままだった回線から、獅子の唸りを思わせるような低音の声が聞こえてくる。

『そのクルスタに乗っているのは、エドガー・ドートリッシュで間違いないか?』

「違う。俺はエドガー・ドートリッシュじゃない」

『なら、何だ。お前は一体誰だ』

 リュカはそれには答えず、ディスプレイを相互表示の状態にした。

「ヘルメットを取るか、バイザーを開け」

 返答を待たずにリュカはヘルメットを外していた。ディスプレイ越しに映された男が、動揺のために身震いしたのをリュカは見逃さなかった。

 一拍の間を置いて、男もまたヘルメットを外した。グラディスの琥珀色の瞳が真っ直ぐに彼を見据えていた。

 やはりお前か、とはどちらが言っただろうか。あるいは、両者ともに同じタイミングでそう呟いたのかもしれない。

「久しぶり、というほども経っていないな、グラディス」

『そうだな。まさかこんな所で顔を合わせるとは思っていなかったが……リュカ、お前がエドガー・ドートリッシュを騙っていたのは良いとして、これは一体何の真似だ?』

 グラディスの視線が、残骸だらけの宙域を睥睨する。

「復讐だよ、俺たちを弄んでくれたことに対する……」

『成程、七年前の討ち漏らしってのはお前のことか』

 得心したとでも言うようにグラディスは頷いてみせた。そのあっけらかんとした表情にリュカは苛立ちを覚える。だが、すぐに暴発はせず、冷静に言葉を紡いだ。

「そうだ。だがその機体には俺も見覚えがあるぞ」

『あの時俺が討ち漏らしたのは、お前だったんだな』

 グラディスは目を閉じる。悔恨するかのように、微動だにせず次のリュカの言葉を待っていた。

「俺にこんなことをする権利は無かったと、そう言いたいか?」

『いや、仕方の無いことだろうな。俺は閣下とは違って、貴種も劣種も無いってことだけは分かっている、つもりだ。その分、こんなことに手を貸してきた業は閣下より一層深いだろうが』

「分かっていたなら、何故続けた!」

 ライフルの銃口をカタフラクトに向けるが、グラディスは動じない。

『複雑なんだよ、そこんところはな。言葉じゃ言っても伝わらんだろうし、納得もしちゃくれまい』

「傲慢だな、お前も」

『そうかもしれん。お前が俺を罰したいという気持ちは理解出来る。が、これだけの所業をやったお前も最早同罪だ、リュカ。お前はひっ捕らえて、EHSの法に委ねることにする』

「やれると思っているのか」

『当然だ!』

 ディスプレイの表示が遮断され、同時にカタフラクトの砲口に光が集まる。が、光条が駆ける前にガランサスは飛び上り、ビーム砲とライフルとを交互に織り交ぜながら連射する。

 それらの弾幕は、グラディスの展開したスペルによってあっさりと消滅させられた。グラディスはビームカノンからエネルギーを放出させた状態で、あたかも巨大な剣を振り上げるかのように自機の上方を薙ぎ払う。他のカタフラクトの残骸を巻き込むことにもほとんど躊躇はしなかった。既に生存者が居ないことなど明白である。サヴァス機への直撃だけを心配していれば良かった。

 ガランサスはその攻撃を簡単に回避し、牽制射撃を加える。

「すばしっこいな」

 一発撃つたびに十数発を撃ち返してくるガランサスは、機体の色も相まって非常に狙いにくい。それでもスラスターの光から動きを予測し、偏差射撃を行うことで辛うじて動きを制限することには成功していた。

 一撃必殺というわけにはいかないと判断したグラディスは、射撃にビームマシンガンを織り込むことにした。マシンガンで動かし、ビームカノンで仕留めるという戦術である。堅実さを採ったともいえるが、リュカにとっては厄介なことだった。

 ガランサスが逃げようとした先に火線が張られ、たたらを踏んだところにより強力なビームが飛んでくる。機体の表面装甲がわずかに熔解し、警報がコクピット内に鳴り響いた。リュカは舌打ちする。七年前もそうだったが、グラディスの射撃は追い込むことに特化している。彼が狩人を任されるなかで体得した技術なのか、あるいは軍に居たころに身に着けたものなのかは分からないが、厄介であることに変わりはない。

 それ以前に、射撃武装の性能自体がカタフラクトより劣っている。ガランサスの射撃武装はあくまで牽制や攪乱用であり、それ自体が決め手になる性能ではない。

「ならば、手数を増やすまで!」

 リュカはまだ弾の入っているメトゥスを投擲し、ビーム砲で撃ち抜いて目くらましに使った。それでスラスターの曳光が飲み込まれる一瞬を突いて、破壊したカタフラクトの持っていたライフルを二丁掠め取る。

 ほとんど狙いをつけずに、リュカはそれらをばら撒いた。元より弾数をセーブする気など無い。弾が切れれば、また同じような方法で回収すれば良いのだから。

「それじゃスペルは破れんだろうがッ」

 グラディスのスペルは破れない。どれだけ派手に弾幕を張ろうが、一方向からの射撃であれば、彼に防げない道理など無いのだ。むしろマズルフラッシュが派手になったおかげで狙いやすくなったとさえ思える。

 リュカは、再度同じ手を使った。片方のライフルを投擲し、撃ち抜き、光を作ってまた別の武器に持ち替える。爆発のあった場所からやや右にずれた位置にガランサスの姿が現れた。グラディスはそちらにビームカノンの照準を向ける。自然と彼の意識も誘導されるが、それだけに機体の半身を襲った衝撃に動揺させられた。

「う、撃たれたァ!?」

「これでは効かんか!」

 リュカは舌打ちする。二丁持っていたライフルの内、投擲した片方は囮。本命はオートトリガーに設定した二丁目であった。それを爆発の後ろに配置し、意識が逸れたところを狙わせたのだ。

 無重力空間で固定もせずに撃つのだから、銃身がぶれることは覚悟の上だったが、機体に傷さえ負わせられなかったことにはさすがに脱力した。だが、カタフラクトと戦うとはこういうことなのだと自分に言い聞かせる。何はともあれ、飛び込む隙は出来たのだから。

 対殻刀ヴァイパー・エッジを抜き放ち、弾幕を掻い潜りつつカタフラクトの頭上に躍り出る。グラディスはスペルを展開して、大上段に振りかぶられたそれを防ごうとしたが、この程度の太刀筋が読まれていることはリュカにしても織り込み済みである。

 右手に握られていた対殻刀が、いつの間にかガランサスの左手に現れていた。下段からの突き上げにグラディスは対応しきれなかったが、またしてもカタフラクトの装甲に救われた。対殻刀は曲線的な装甲によって力を受け流され、表面を滑る結果となった。無論無傷というわけにはいかず、刀身から発するレーザーによって大きな傷跡を残しはしたが、深刻な損傷にはなっていない。

 グラディスはビームカノンを振り回すことでガランサスを牽制し、辛うじて間合いの中から追い出すことに成功した。

「刀を……背車刀か」

 右腕で振り上げた刀を、背中側で左腕に持ち替えさせたのだ。

 曲芸じみた剣技をクルスタにやらせる発想には、さすがのグラディスも胆を冷やされた。それに追従できる機体性能と実行できる技量にも。

「……よし」

 奇襲は仕損じたものの、リュカは確かに流れを掴んだという実感があった。グラディスに息もつかせず、即座に追撃に移る。

 対殻刀さえ抜かせない勢いでガランサスは斬撃を繰り出す。しかも、その一太刀一太刀が読み辛い軌道や擬餌を幾重にも含んでおり、捌くだけでもグラディスの精神を削り取っていくのだ。精神の摩耗はスペルの弱体化につながり、最終的には撃墜へと至る。

 グラディスはビームカノンの先端に取り付けられた銃剣とスペルとで何とかガランサスの攻撃を凌いでいたが、押されていることは明白だった。上からかと思えば下から、右かと思えば左からと言った具合に、太刀筋を縦横無尽に変化させしかも隙を見せないリュカの技術に、グラディスは戦慄した。

 機体の表面に細かい傷が増えていく。それ自体は特に問題は無いが、いずれ致命的な損傷を受けるかもしれないという緊張感に心臓が縮みあがった。

「だが……!」

 何も、無為無策で攻撃を捌き続けていたわけではない。グラディスは機体を後退させつつも、冷静にリュカの持つ対殻刀の間合いを測り続けていた。その素早さと切れ味は脅威であるが、長さ自体は一般的な対殻刀より少々長い程度。銃剣よりもリーチが長いということはない。

 大振りな橫薙ぎをバックステップによって回避し、その間合いの外から、グラディスは銃剣を突き出した。ガランサスの態勢には隙が出来ており、これは当たると思われた、が。

「甘い!」

 ガランサスの性能はその読みの一歩先を行っていた。

 ヴァイパー・エッジの刀身が細かく分割され、その名の通り蛇の如き形状をとる。グラディスの攻撃を、彼と同じく一歩退きながら回避したリュカであるが、長く伸びた刀身はカタフラクトの腰部スカートを切り裂いていた。

 ガランサスは止まらない。刀身を伸ばした状態で上段から振り下ろすが、グラディスの展開したスペルに触れる前に、その長さは元の状態へと戻っていた。当然、重心が変化してガランサスのバランスが崩れるが、そちらの方向に向かって勢いを殺さず機体を回転させ、ビーム砲をばら撒いた。

 今度こそ直撃だった。撃墜には至らなかったものの、カメラアイの一部が吹き飛ばされ、ビームカノンのジェネレーター付近にも被弾があった。

「これで終わりか?」

 ヴァイパー・エッジの切っ先を向けつつリュカは問うた。ここまでの戦闘の推移からみて、自分の方がグラディスよりも技術的に優っていることは明白である。

 だが、挑発するのはリュカが内心で敵に立ちあがってほしいと思っていたからに他ならない。その思考はリュカ自身、明確に意識していることであったが、何故そう思うのかまでは分からない。

 その得体の知れなさ、自分で自分が分からないという感覚は不愉快である。しかし、グラディスが再起したことで自問は一旦打ち切られた。

「まだだってェの!」

 カタフラクトの、半数になってしまった目に光が宿る。ビームマシンガンを撃ちつつ後退し、デブリの影に身を隠した。

 先ほどと、状況が逆転した。逃げ回るのはカタフラクトになり、ビーム砲を使って追い掛け回すのがガランサスだ。

 グラディスはスペルに甘えることをやめ、感覚と反射を恃むことにした。スペルありきの戦い方など、リュカには通用しないどころかかえって危険だと分かったからだ。

「ビームカノンが一発しか撃てんなら、せいぜい活用するまでだ」

 カタフラクトは宙返りをして、リュカのガランサスと向き合った。彼我の距離が縮む前にデブリの後ろに隠れる。

 リュカはそれがただの逃げではなく、攻撃につながるものだと直感した。だが、上下左右どこからかは分からない。その一瞬の迷いをグラディスは突いた。

 正面に熱反応を捉え、アラートが鳴り響く。「なるほど!」とリュカは思わず喝采を送っていた。

 直後、デブリを貫通して現れた巨大な光の渦が、ガランサスの居た座標を通り過ぎていった。しかし、グラディスの咆哮は上から来る。

「二番煎じであるがァ!」

 振り下ろされた対殻刀をリュカはヴァイパー・エッジで受け止めるが、刀身を貫くワイヤーごと中ほどから真っ二つに折り砕かれた。

思った通り、仕込み刀は脆い。叩けば折れるという考えは間違いではなかった。

 再び戦況が逆転する。対殻刀を失ったガランサスは、スペルを展開して強引に距離を詰めて来るカタフラクトから逃げることになる。しかし、機動性ではガランサスが優っていても、直線における加速力ではカタフラクトの方が上なのだ。いくらデブリの間を縫って進もうと、そのデブリを物ともせずに突っ込んでくるカタフラクトからは逃れられない。

 一振りの対殻刀を拾ったガランサスは、それでもってカタフラクトと鍔迫り合いを演じるが、純粋なパワーでは勝負にならなかった。かといって、下手に力点をずらせば即座に斬られかねない。リュカにとっては最も好ましからざる展開だった。

 対峙し、刃を交わす二機のスラスターから、巨大な光の柱が伸びる。一見拮抗しているようであったが、ガランサスはじりじりと後退を強いられ続けている。

「このままでは……!」

 リュカの声音に焦りが混じる。

(リュカ、負ける? 私は君と一緒なら、死んだって構わないよ?)

「冗談じゃない。カタフラクトに負けたら、俺が俺である意味がないッ!」

 ガランサスはカタフラクトに負けてはならない。自分は、ドミナに負けてはならないのだ。

 ガランサスが急速後退をかける。胸部のスラスターを使ってのことであり、到底カタフラクトから逃れられるものではない。グラディスは一気呵成に攻めたてようとするが、その時、ガランサスに異変が起きた。

 両肩、両手足、そして胸部の一部の装甲が排除され、カタフラクトはそうして出来たデブリ群に突っ込む結果となった。スペルを展開していたためダメージは負っていないが、足を止めた瞬間、それらが一斉に爆発して散弾をばら撒いた。

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