第36話 彼の望んだ戦いー2
炎の中からカタフラクトが躍り出る。サンドバレルによる攻撃はほとんどダメージになっていなかったが、追い立てていた状況を崩されたことは明らかだった。
「仕切り直しか? いや」
真上からビーム砲が降り注ぐ。スペルを展開してそれを防ぐが、止んだと思った次の瞬間には真下から撃ち上げてきた。
先ほど使った手と同じ、オートトリガーによる時間差攻撃かと思ったが、そうではない。攻撃は四方八方からほとんど絶え間なく撃ち込まれている。
「な、なんだ!」
スペルの予測展開が間に合わず、カタフラクトは次々と被弾箇所を増やしていく。重厚な装甲の前ではとても致命傷とはなりえないが、関節部やカメラへの直撃があれば、状況が一気に悪くなることは明白だ。
スペルで正面を守りながら上昇する。だが、そのさらに上に、リュカのガランサスが現れた。
余分な装甲を排除したガランサスは、四肢に埋め込まれたスリット型スラスターを完全に解放していた。全身に青く輝く光を纏い、手の甲にはビームブレイドを展開している。
「オオッ!」
咆哮と共に、リュカはビームブレイドを叩きつけた。グラディスは咄嗟に対殻刀を持ち上げてそれを防ぐ。ビームとレーザーとが互いに干渉しあい、その衝撃でリュカのガランサスは弾き飛ばされた。
軽くなった分押し合いには弱い、そう判断したグラディスは斬りかかるが、ガランサスはほとんど瞬間移動に近い速度でもって対殻刀を回避すると、ビーム砲と斬撃を織り交ぜた乱舞でカタフラクトを翻弄した。
スラスターが放つ青い光はまるで踊り子が纏うベールのように機体を覆い隠し、二振りのビームブレイドが幾重にも描く残光と相まって、グラディスの目を幻惑した。しかし、剣と羽衣の奥には、悪魔を彷彿とさせる黒い鋼鉄の肉体が隠されている。
「この!」
対殻刀を袈裟に斬り下ろすが、直後にリュカが見せた動きにグラディスは唖然となった。対殻刀を握ったままだったカタフラクトの右腕が、ガランサスの足に装備された猛禽のような鉤爪によって捉えられていたのである。あまりに奇抜な装備であったため、ただの飾りなのだろうと思っていただけに、この奇襲は強烈であった。
装甲に爪が食い込み、重要ないくつかのアクチュエーターが切断される。力まかせにガランサスを振りほどくも、右腕はもう使い物にならない。仕方なく対殻刀を左手に持ち替えるが、マニピュレーターとビームマシンガンが同時に潰されたのはあまりに深刻だった。
だが、グラディスは心身両面ともにまだ健全だったが、優位を築いているリュカはそうではなかった。
振りほどかれたリュカは一旦距離を取り、デブリの影に機体を隠れさせた。
ヘルメットを外して片手で口元を抑える。咳き込むごとに血を吐き、臓器や筋肉を襲う激痛に悶えた。
コクピット内に大小いくつもの血の玉が浮遊している。息を荒げたまま、リュカはディスプレイを睨みつけた。ガランサスの機体状況を示す表示が赤く染まっている。四肢のほとんどが過負荷に喘いでいた。
ガランサス以下、リュカが造り上げた三機のウルティオは、元々シャンバラ7に放棄されていた未完成の機体をベースとして彼が再設計したものである。そして、そのベース機の設計思想は高速戦闘の四文字に集約されていた。速度で敵を翻弄し、強力な格闘武装で敵を撃破しようというのである。そのため、装甲をすり減らすことはもとより、機体の基本フレームそのものに強力な推進装置を埋め込むという常識外の設計がなされていた。
そして、リュカはその設計思想を継承してウルティオを造り上げた。三号機であるガランサスは特にその傾向が顕著である。
面積の広い背部はもとより、四肢のあちこちにスラスターを埋め込むことで破格の機動性を実現する反面、構造上機体が脆くなることは避けられず、さらにはスラスターから生じる熱によって脆性が増すという欠点を背負っていた。
そのため、普段は追加装甲によってスラスターそのものを封印していたのである。それを解放し、限界まで機動力を高めたガランサスであるが、同時に機体の寿命さえも短くしていた。
そして、限界機動時のパイロットへの負担は人間の許容できる範囲を上回っている。
「カーリー」
(何?)
「呼んでみただけだ。まだちゃんと声は出せるんだな」
限界機動時に肉体に掛かるGは無論シミュレートしてあったし、遺伝子レベルで強化された肉体をさらに鍛え続けてきたため、常人以上の動きをしても大丈夫だという自信はあった。現に、彼は限界機動を完璧に使いこなして、グラディスの乗るカタフラクトを圧倒した。
このまま優位を維持すれば勝利を掴める。だが、その前に肉体が限界を迎えれば、敗北する。二つに一つしかないとリュカは思っていた。
「カーリー、ここで死んでも構わないか?」
(いいよ、君の好きなようにすれば良い)
「意外と、不満そうじゃないな。もっと注文をつけてくるかと思ったが……」
カーリーが頭の中で彼を笑った。
(気付いてないかな? リュカ、君は今、すごく生き生きとしているよ。さっきよりもずっとね)
「何だと?」
言われてみると、いつの間にか、自分の中からあの押し潰すような虚無感が消えていることに気付いた。サヴァスを倒した時の、これから先には何も無いのだというような絶望感。それが今は、綺麗に払拭され見当たらない。
グラディスと戦っているからだろうか。戦闘に必死になるあまり、そんなことも考えられなくなっていたのか。そうかもしれないが、だが自分は、サヴァスさえ倒せばその後どうなっても良いと思っていたはずだ。
「何故だ? 俺は……」
何故こうも、グラディスに勝ちたいと思っているのだろう。
「あの時立ち塞がったのが奴だったからか? 俺が本当に憎んでいたのは奴なのか?」
そうかもしれない。論理は立っている。だが、リュカは己が呟くごとに、少しずつ真理から離れて行っているような気がした。
呻きながら、リュカは両手で自分の頭を掻き毟った。この七年間、一度として揺らぐことのなかった復讐の決意が、今は動揺するどころか完全に消え去って、しかし何故かグラディスを倒せと要求している。
(君の心はどの方向を向いているのかな)
「グラディスに勝つ、それだけだ!」
(なら、そうすれば良いじゃないか)
無論だ、と呟きリュカはデブリから身を翻した。直後にガランサスを捉えたカタフラクトから、腹部の大口径ビーム砲による砲撃が行われる。牽制であり、当てようという意図の攻撃ではなかった。
「そんな狙いで、当たるものか!」
第二射とすれ違いながらガランサスが突撃する。機体を青い光に包み、ビームブレイドを叩き付けた。グラディスはそれを対殻刀で受け止める。
「休憩は終わりか? ずいぶん息切れしているじゃないか!」
「余裕が無いのは貴様だろ。だいぶ痛めつけてやったが」
「この程度でカタフラクトが墜ちるものかよッ」
しかし、グラディスの繰り出した蹴りはあっさりと回避されたどころか、逆にビームブレイドを突き入れられて破壊された。左脚の膝から下が無くなり、姿勢を崩したところにガランサスが襲い掛かる。
文字通り目にもとまらぬ速度で斬り抜け、斬り返し、消えたと思えば現れ、グラディスにその残像すら掴ませない。
だが、リュカもリュカで決定打を決められずにいた。どれほど素早く斬り返そうとも、まるで斬撃の軌道が見えているかのようにスペルが展開され弾かれる。コクピットを抉れなければ何の意味も無い。加えて、動くたびに身体に重圧がかかり、体力と思考力を奪っていく。
「チッ!」
最早手段を選んでいる余裕は無かった。
ガランサスの足が何かを掴み、あろうことかそのままカタフラクトに向かって投げつけられる。グラディスは弾こうとしたが、直前で止めざるを得ないことに気付いた。それは、彼が駆け付ける直前にリュカが叩きのめした、サヴァスの乗るカタフラクトの残骸だったのだ。無論、まだ総督本人も辛うじて生存している。
まるで球技でもしているかのように、カタフラクトがその残骸を受け止める。よもや弾くわけにも、ましてや撃ち落すことなど出来るはずがない。
だが、リュカはグラディスがそれを受け止めたところを容赦なく狙い撃ちにした。彼にとって命よりも強い執着の根源であったはずのサヴァス・ダウラントもろとも、ただ一時戦況に優位を作り出すための道具として使用したのである。
ガランサスの放ったビームは大破し剥き出しになっていたジェネレーターを撃ち抜いて、巨大な光球を作り出した。それは西部宇宙を手にした男の末期としてはあまりに呆気ないものであった。
「閣下!?」
リュカに後悔は無かった。いや、サヴァスの存在そのものを、最早意識すらしていなかったと言うべきか。彼にとって重要なことは、今この場でグラディスに勝利を収めること、ただそれだけだった。
だが、またしても彼の希望は敵わなかった。光球を突き抜けて突進して来るカタフラクトには爆発による損傷など微塵も見受けられない。直前でスペルを展開していたのだ。
「貰った!」
グラディスが対殻刀を横薙ぎに振るう。切っ先がガランサスの両目を真一文字に切り裂いていた。
しかし、リュカもその程度ではたじろがない。すぐに補助カメラを起動して視界を確保し、反撃に転じる。ビームブレイドがカタフラクトの片翼を切り落とした。
互いに距離を取り合い、かと思えば接近して各々の得物をぶつけ合う。力負けしているガランサスは軽々しく鍔迫り合いなどするわけにはいかなかったが、リュカはそんな状況に追い込まれても、巧妙に力点をずらすことでかえって攻撃を叩き込むチャンスを作り出していた。だが、あと一手というところでスペルに阻まれる。
「スペルが……超えられない……!」
カタフラクトの周囲を包む光の壁が、リュカにはとんでもなく分厚く、高いものに思えた。これまで幾多のドミナとクルスタを葬って来た彼にとっては屈辱的なことであり、同時に絶望的なことである。今、自分は間違いなく死力を尽くしているというのに、目の前に立ち塞がる壁を破ることが出来ない。その無力感を感じないためにガランサスに乗っているというのに。
「何故だ、何故破れない! 砕けないんだ、お前は!」
これほど絶望的な状況に陥りながら、グラディスを絶望させずに引き留めているものは何なのか。心が折れればスペルも消える。このガランサスの発するプレッシャーと、己の圧倒的な技量が合わされば、挫くことの出来ないものなど無いと思っていた。その確信が揺らぎ、ついに動きに乱れが生じた。
最後の最後までとってくつもりだった奥の手、カバード・スティンガーを展開し、グラディスのスペルに叩き付ける。ガランサスのジェネレーターから直接送り出されるエネルギーは、まさに機体の生命そのものだった。
二種類の光が互いに干渉し合い、戦場を明るく照らし出した。コクピットの遮光装置ですら十分に吸収しきれず、リュカは歯を食いしばったまま目を細める。その向こうにあるグラディスの顔を見ようとでもするかのように。
その時、カタフラクトを包んでいた光が大きく、空間そのものを包み込むかのように広がった。ガランサスのビームすら呑み込み、コクピットの中にまで浸食して来る。
同時にリュカは妙な感覚に襲われる。光学的なものではない光が意識を貫き、疲労した脳さえも通り越してより内奥へと入り込んでくる。リュカに抗う術は無かった。
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