第33話 ガランサス

 待機室でグラディスとすれ違った時、リュカは動揺が顔に現れるのを止められなかった。同じく気付いたグラディスが振り返る気配がしたが、リュカは足早にその場を歩き去った。

 なぜここに居る、誰にも聞こえないよう呟く。だが、誰かに聞くまでも無くある程度の見当はついていた。

 狩りの参加者たちはサヴァスの所有する船に乗って移動し、狩場となる宙域を前にして発進の準備を進めていた。トランスミット・スーツに着替え終わって格納庫に出てくると、シャンパンの入った小さなグラスを渡された。

 格納庫には十機のクルスタが直立し、その場に集ったドゥクス達を見下ろしている。ほとんどがカタフラクトだがその中に一機だけ混じったリュカのウルティオは明らかに異質な雰囲気を纏っている。

 サヴァスが一同の前に進み出て乾杯の音頭をとる。表面上はリュカもそれに従ったが、内心では不要な儀式を差し挟むことに対して焦れていた。同時に顔色一つ変えずにホスト役を演じ切っているサヴァスに感嘆している。すでに獲物役の乗せられた機体が放たれているのだが、乗り手のいない今日の狩りでは、全機がオートコントロールによって制御されている。その事実を知っているのはリュカとサヴァスの二人だけだが、それでもここまで堂々と嘘をつきとおせる面の皮の厚さはさすがだな、と思った。

 グラスには軽く唇を触れさせるにとどめた。クルスタに乗る前に酒を飲むなど冗談でも出来ることではない。中身を減らさないまま近寄って来たボーイに押し付けて、リュカはヘルメットをかぶった。

 重力制御が解除され、ドゥクス達は各々の機体のコクピットへと流れていく。リュカもウルティオの前に飛び上り、コクピットハッチに手を掛けた。そこで少しだけ思いとどまりハッチの上に登る。

 ウルティオのバイザーの後ろにはカイルやマヤの機体と同じく人間を模したツイン・アイが隠されている。細かな内部機器は虹彩のようであり、自分に向かって何かを訴えかけているような錯覚にとらわれる。もしこの機体に意思のようなものが宿っているとすれば、それは自分が抱いているものと同じだろう。リュカはそう思った。

 リュカという個人が生まれたのは、己の自我と復讐という言葉が結びついた瞬間だったはずだ。惑星シャンバラの広大なリングの中で精神の均衡を保つために、復讐を一機のクルスタの姿に託してきた。そしてカーリーと出会い、彼女が与えてくれたウルティオの残骸が、想像を形に変えるきっかけになってくれた。

 原型となった機体はさすがに古すぎて使い物にならなかったが、頭部ユニットだけは新しい機体を造るたびに挿げ替えてきた。ツイン・アイの機体など長いクルスタの開発史でもそう多くはなく、このウルティオという機体を特別なものとする上で外せない要素だと思っていたからだ。

「ようやくここまでたどり着いた。だから、最後まで付き合ってくれ」

 物言わぬ機体にリュカは語り掛け、コクピットに入った。

 ジェネレーターに火が入る。両の眼に光が灯り、バイザーの下で輝いた。リュカのウルティオはカタパルトに向けてゆっくりと歩き出す。

「カーリー」

(何?)

「この機体を俺に与えてくれたこと、感謝している」

 カーリーが返答するまでにはしばらくの間があった。驚いていたのだ。

(君がそんなことを言うなんてね。大丈夫?)

「当然だ。冗談では言わない」

(でも、ウルティオを完成させたのは君自身だ。私はその手引きをしただけ。ずっと、君の復讐を傍で眺めていただけだよ)

「……そうか」

(そう言えば、まだこの機体に名前を付けてないよね? マヤにはムーンダスト、カイルにはウッドソレル)

「当然、決めてあるさ」

 ブリッジからのオペレーションに従って機体を動かす。カタパルトに両足を固定し、射出の衝撃に備えた。発進のタイミングを譲渡され、目を瞑り軽く息を吐いてから、リュカは叫んだ。

「ガランサス、出るぞ!」

 黒いクルスタは虚空へと飛び出した。慣性に任せて進みながら軽やかに回転し、ベールのような曳光を描き出す。

 目の前には惑星モアブが浮かんでいる。メタンやアンモニアを含む氷、水によって出来ている典型的な天王星型惑星であり、巨大な水晶球が浮かんでいるかのようだった。

 先に出ていたドゥクス達は狩場となる暗礁宙域の一歩手前に集結していた。ドゥクスはリュカとサヴァスを含めた十人程度だが、彼らに付き従う猟犬役も十人ほど参加している。ガランサス以外の機体はカタフラクトで占められており、一機撃破するのにも手こずったカイルが見れば卒倒しかねない光景だった。

 だがドゥクス達の操縦技術など問題にならないとリュカは踏んでいる。それよりも厄介なのは猟犬役のクルスタ乗り達だ。臆病なドゥクス達が存分に暴力を振るうためには、その環境を整え、かつ完璧に警護してくれる存在が必要不可欠だ。よもや半端な腕前の人間をそろえているとは思えない。

 そして、その護衛の機体の中には見覚えのあるものが混じっていた。右手に巨大なビーム砲を持ち、腰に大型対殻刀を佩いたその姿は忘れようにも忘れられるものではない。体格は他のカタフラクトに比べるとやや細身であるが、機体の色も相まって、かえってネグロイドの戦士を思わせるような強靭さとしなやかさを両立している。いわゆる格闘戦特化仕様に分類される機体で、原型機に取り付けられた不必要なまでの装甲を排除することによって機動性が大幅に強化されている。そのため一般機に比べ胸板が薄く、腰部のスカートを思わせる装甲もほとんど排除されてしまっているのだ。

 だがそれは、裏を返せばベテランやエースしか乗らないということだ。このカタフラクトのパイロットとは一度手合せしたことがあるリュカだが、その実力は骨身に浸みていた。

 それでも、どれほど敵が厄介であろうと、彼は自身の技量とクルスタに絶対の自信を抱いていた。

 リュカはサヴァス機との回線をつなぐ。

「閣下、もうそろそろ始めてもよろしいのでは?」

『そうですな。……機体は、ちゃんと散開していますか?』

 サヴァスの用心を内心鼻で笑いながら、「そちらのレーダーでも確認出来るはずです」と返した。

「何の心配もありません。閣下はいつものように狩りの進行を務めてください。私も、最大限手助けいたしましょう」

 三日前、サヴァスからの連絡を受けたリュカは即座に対策を打ち出した。とは言っても単純なもので、サヴァスの所有するエクエスにリュカの作ったOSをインストールさせただけである。動作は回避を優先させ、損傷があれば自爆するよう調整してある。

 恐らくスキャニング程度はされているだろうが、逆に言えばほんの数日で出来るチェックなどたかが知れている。その程度の日数で見破られるほど簡単なプログラミングはしていない。

『ああ、助かります、ドートリッシュ卿。狩人たちを先行させましょう』

 護衛のカタフラクトが隊列を離れ、小惑星帯の中に突入していく。三機がその場にとどまって一行の警護に当たった。まずは猟犬たちが獲物を散らして岩礁へと追い込み、行き止まりになったところを仕留めようというのだ。例の大砲持ちもそこに加わっている。

 隊列はゆっくりと前進を開始する。まるで散歩にでも出かけるような気楽さだった。実際、参加しているドゥクス達のほとんどはその程度の認識しか持っていない。

『ところで、今年は獲物たちの顔を見られなかったのが残念ですな。例年では乗り込む前に見せてくださるのに』

『到着が遅れたため、予定を少々繰り上げさせていただきました』

『コクピット内にカメラを設けられてはいかがですかな。その方が楽しみ甲斐があるというものです』

『検討致しましょう』

 屑どもめ、とリュカは吐き捨てた。作戦を開始するまでの時間が異様に長く感じるのは、苛立っていることに加えて焦りを覚えているからだ。グラディス・ラフラが何故ここに居たのかということがどうしても気になってしまう。

 リュカはかぶりを振った。今は考える時ではない。少なくとも、ここまでは上手くいっているのだ。魚が釣り針をつついている時に焦ってはいけない。

 この暗礁宙域は過去の戦争で破壊されたコロニーの残骸によって出来ている。それが惑星モアブの重力に捕まって回遊しているのだ。浮かんでいるのは、今となってはほとんど岩石や鉄屑ばかりだが、以前はコロニーから溢れ出た家具や車、そして死体を拾い上げることも多かったと言う。

 どうせ同じ暗礁宙域ならシャンバラでやってくれればよかったのだが、と思ったその時、レーダーが一機のエクエスの反応を捉えた。

「始めるぞ」

 リュカがそう呟くのと同時に、ガランサスの両目が赤く光った。

『ボーアマン卿、一機目は貴公に譲りましょう』

 サヴァスが参加者の一人に声をかける。ここに集っているドゥクスの中ではリュカに次いで若い青年だった。青年は躊躇いつつも対殻ライフルの照準を付け、引き金を引く。

 エクエスは微かに上昇したが、右足を弾丸が貫いていた。制御を失った機体は錐揉み状態のままデブリに叩き付けられ動きを止める。第二射がライフルを破壊し、カタフラクトはゆっくりと前進する。

『ドートリッシュ卿』

「御心配なく」

 カタフラクトが対殻刀を抜いたその瞬間、エクエスの上半身が爆発した。巻き込まれたカタフラクトは大きくその機体を揺らしたが、装甲の表面が焦げ付くのみだった。

 サヴァスが大きく息を吐いた。だが、間を置かず二機目、三機目のエクエスが現れる。

『今年の獲物たちは積極的ですな』

 誰かの言葉に追従してドゥクス達の間に笑い声が広がる。一機が集団から離れてほとんど狙いを付けずにライフルを撃つ。エクエスは滑稽なまでに大仰な動作でそれを避けるが、しっかりと狙いを定めて撃たれた二射目からは逃れられなかった。

 半壊したエクエスにカタフラクトが接近する。エクエスのカメラからは光が失われ、すでにクルスタとしての機能を喪失しているように見える。だが、対殻刀が振り上げられたその瞬間、スラスターを全開にして機体ごと体当たりを敢行した。サヴァスがうめき声を漏らしたのが聞こえた。

 エクエスはカタフラクトの腰に抱き付いたまま自爆する。先ほどとは違い至近距離で、しかも装甲化されていない腰部を爆破されたカタフラクトは、真っ二つになって独楽のように回転し、数秒後に砕け散った。

 誰もが呆然とし、一拍後に引き潮が津波へと転じるように騒乱が巻き起こった。通信機がパンクしそうになるほどの電波が飛び交い、カタフラクトの爆散した地点に他のドゥクス達が向かう。だがそうしてもつれるように急行していたカタフラクトの間にもエクエスが飛び込み自爆した。

 間を置かず四機目、五機目のエクエスが現れては突撃し自爆を敢行する。ドミナたちはたちまちのうちに狂乱状態へと突き落とされた。ドゥクス達は機体を寄せ合うもののスペルを展開出来ず、出鱈目にライフルやミサイルを乱射する。護衛の三機はさすがに態勢を立て直していたが冷静さを取り戻すには至っていなかった。個々の動きは完成されているが、僚機と連携をとるという発想が抜け落ちている。

 そんな中で、リュカのガランサスだけは何事も無いかのように静かに佇んでいた。

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