第18話 契約

「さて、わざわざこの部屋までお通ししたのは他でもない。狩りについてお話するためです。一応確認しておきますが、貴方には狩りに参加する意思がある、そう思ってよろしいですな?」

「結構です。ところで、そこの剥製も、狩りの獲物役だった者ではありませんか?」

「そうです。もう七年も前のことになりますが、あの代はなかなか活きが良かった。彼はその年の筆頭でしたよ。捕捉してから仕留めるまで、五時間もかかりました」

「そうですか。五時間……」

 そう呟くとリュカは目を閉じた。ほんの数秒の黙祷だった。

両手で顔を拭い、再びエドガー・ドートリッシュの不敵な微笑を浮かべてサヴァスを直視した。

「三年前、東部宇宙で行われた狩りを見学したことがあります。あちらは宗教行事ということで、獲物役の飼育から調教まで全て教会が主導していましたが、閣下は全てご自分の資本でやっておられるとうかがいました」

「そう難しいことではありません。元々、手持ちの会社にはクローンを扱っている部署もあります。そこの手を少し割いてもらって、特別なやつを育てているのです」

 五百年前の統一政府時代、スターストリームの建造は惑星上の居住権を得られなかった棄民たちに一任されていた。一任と言えば聞こえは良いが、要するに極限状況下での重労働を押し付けたということだ。宇宙船や重機に生まれた時から接している彼らは、ただ生活しているだけで宇宙開発のスキルを身に着けていくため、人材としては最適と言える。

 そのことに甘えきった統一政府は、あらゆる無理難題を宇宙棄民に貸し、結果的に宇宙というものについて全く無知になってしまった。そのことが後の戦争における敗北へと直結するのである。

 しかし現在、ドミナでありながらスターストリームの拡張に携わろうとする者は少ない。ルジェ階級の中には世襲で航路開発を続けている家もあるが、尊敬と奇異の入り混じった目で見られるのが関の山だ。かと言って、階層都市の底辺からセルヴィの労働者を連れてきたとしても、一人前の仕事が出来るとは限らない。

 そこでドミナたちは、クローン技術を使ってスターストリームの建造だけに特化した労働者を産み出すことに決めたのだ。これは今では一般的なこととなっており、批判する者は誰もいない。

 そして、サヴァスが言う狩りとは、クローンで作り上げたパイロットをクルスタに乗せ、それを追い回して殺すことなのだ。

「特別、といいますと?」

 得意げな表情でサヴァスは続ける。

「まず、外見は美しくなければなりません。年ごとに趣向を変えていますが、現実離れした外見の方が受けは良いようです。貴方にも好みはあるでしょうが、今リクエストを採ったとして、実現するのは十五年後でしょうなあ」

「別に、私は獲物の外見になど興味はありません。ただ、実弾と真剣で行う実戦に興味があるのです」

「その点はご心配なく。皆さまを退屈させることがないよう、五歳になった時からクルスタの訓練を受けさせています。元々、クルスタの操縦に適したように設計していますからな。潜在的な能力はありますが、それをどこまで発揮出来るかは個体によって差があります」

「なるほど。操縦技術の向上は後天的なものであると」

「そうです。以前、一度だけ実戦形式の訓練をやらせたことがあったのですが、五体も損失が出たことでやめてしまいました。困ったことに味方同士で殺し合いを始めましてね。生き残りを白状させたところ、皆で死ぬつもりだったと言い出すのです」

「催眠処置でも?」

「ええ。毎晩、寝ている間に刷り込みをしています。本能的な部分で、死に向かう行動を忌避するように。おかげで以後そういう事故は起きなくなりました」

 リュカは彼の言葉に一々相槌を打ち、質問を投げかけていく。彼の胸中が分かるのはカーリーただ一人だが、彼女は何も囁きかけずことの推移を見守っていた。いずれ、この後の行動を左右する質問が出てくることは分かり切っている。それにどう対応するかは、二人でじっくりと話し合っていた。

「ところで、なぜ貴方は狩りに参加しようというのです? 良ければお聞かせ願えますか?」

 来た、と内心で二人は呟いた。ソファに座っているサヴァスは肘を立て、脚を組みと一見リラックスしているように見えるが、目は全く笑っていない。この質問で彼を納得させる必要があるのだ。だからリュカも、臆さず余裕をもって回答した。

「私はしばらくこのヴェローナに滞在しようと考えています。少なくとも、あと一年は」

「ほう……」

 サヴァスが唸った。あと一年、つまり総督の任期である四年目が終わるまで、ということだ。一年後に中央星府議会で投票が行われ、次の総督が決定される。サヴァスは連投を狙うつもりでいた。

「それはつまり、来年の総督選任選挙にも投票されるということですな?」

「無論そのつもりです。遠回しな言い方はやめましょう、どうせここに居るのは私と閣下だけだ。私はここヴェローナを将来のための基盤にしたいと考えています。そして、ゆくゆくは中央星府に議席を得ること。これが私の目標です」

「なるほど、そのために私とコネクションを作っておきたい、と。なかなか正直な方だ。だが、そこまでおっしゃる貴方が、席一つを得る程度で満足などしないでしょう。西部宇宙総督、あるいは中央星府議長。この辺りではありませんか?」

「分かりますか?」

 リュカは不敵に笑って見せた。

 サヴァス・ダウラントが「狩り」を通して得ようとしているものは、金でもなければ快楽でもない。中央星府における地盤を築き、地位を獲得するための票田なのだ。彼の下に就きたい者、裏から中央星府を操作したい者、それらに等しく快楽を与え、自らの支持基盤に変える。

 この娯楽が基盤たりえるのは、その強烈な中毒性にある。相手がセルヴィとは言え、普段使うことのないクルスタで合法的に殺人が犯せるのだ。ゲストとして選ばれるのは、社交界で名士という評価を受けている人々であるが、彼らが常に理性と言う名のストッパーをかけていることをサヴァスは知っていた。それだけに内心の破壊衝動は膨らみ、領民であるセルヴィに向けて吐き出されていることも知っている。だが、無知で無教養な、彼らが言う所の愚民をいくら甚振った所で満足は得られない。内なる破壊衝動が次に要求するのは、より美しいもの、整ったものの破壊である。故に外見が美しく教養や能力を持ったクローンが獲物となるのだ。

 社会的な地位を得るために、暴力を振るう場を与えるというのは、一種のパラドックスであろう。いや、矛盾という言葉では表せないほど醜悪だとリュカは思う。だが、目の前の男には自分のやっていることに対する罪の意識が存在しない。

 誰かがこの男を罰せねばならない。無論、私怨のための復讐ではあるが、同時に十分な大義も存在しているとリュカは確信していた。そのためなら、権威に阿るという役割も演じて見せよう。

 そう意気込んでいただけに、その時、一瞬だけサヴァスの見せた表情が不可解なものとして記憶に残った。

 サヴァスは目じりを垂れさせ、口をへの字に曲げ、いかにも落胆したといったような表情を作ったのだ。すぐに切り替えたのか、リュカが瞬きすると、いつもの親しみと懐の深さを感じさせる政治家的な微笑に戻っていたが、違和感が消えたわけではなかった。

「結構。私も貴方を歓迎しましょう。貴方のような方がヴェローナの社交界に加わってくださるなら、この街の彩や深みも一層増すというものです。此度の狩りを契機として、是非とも他の参加者と良い関係を築いていただきたい。幸い、今回の出席者は皆、西部宇宙に広く知られる名士たちであり、同時に、私のシンパでもあります。彼らと絆を結ぶことは、決して不利にはならないでしょう」

「ありがとうございます」

 リュカは一拍の間を置き、疑問を口にした。

「しかし意外でした。まさか閣下が、誰とも知れぬ流れ者に狩りへの参加権を与えてくださるなど……」

 サヴァスが持ってきた書類にサインしつつ、リュカが言う。

「私は野心のある人も好きなのですよ。ただし、若い人間に限りますがね。逆に野心を持った老人ほど厄介なものはない。根源的な欲求を今に持ち込んで頑迷に押し通そうとし、そのくせ新しい常識を受け入れる寛容さも柔軟さも持ち合わせていない。古いものは出しゃばらず、静かに消えていくべきなのです。私ももう五十を越えているし、もう一度総督職を務めたとすれば五十八。それを境に隠遁するつもりです。私が手伝ってあげられるのはそれまでだ」

「なるほど。そこから先は、私自身の能力が試されるわけですか」

「左様。その程度の地力が無ければ、到底上は目指せません。もちろん私は貴方に期待していますがね。こうして私に接近してくるまでのプロセスは、荒っぽいが大胆でもある。謙遜に度を過ごすようなことがあれば、それはただの臆病です」

「試練があるというのなら、喜んで引き受けます。私自身の力を示す場があれば、どこでも退屈することなどないでしょうから」

「頼もしいですな……結構。では、こちらの書類は預かっておきます」

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