第3話 喫茶店のマスター

 大学の講義が終わった後、私は一人で街へと繰り出す。


 家に帰るとき以外、一人で外を歩くことはあんまりないからちょっと緊張する。


 でも、久しぶりに出てみた街はなんだか楽しくて、あっという間に心が解放された。


 お花屋さん、ケーキ屋さん、パン屋さん……


 この町には素敵なものがたくさんある。


 こんなたくさんの素敵なものに囲まれてる私は幸せだ!


 なんて思っちゃう私は、やっぱり単純で子供なのかもしれない。


 そんなことを想いながらふふふと笑っていたら、急にこの間のゆう君のことを思い出してしまう。


 うう、胃が痛い。


 どうして思い出しちゃったんだろ。


 具合悪くなりながら、私は一生懸命に名刺に書いてある喫茶店を目指した。


「ここだ」


 たどり着いたのはおしゃれな喫茶店。

 あんな誘い文句を書いていた割には全く怪しくない店だった。

 これなら入れそう。

 私はほっと胸をなでおろす。

 そして、深呼吸を一つして、カフェの扉を押し開けた。


 カランカラン


「いらっしゃいませー」


 ドアのベルの音とともに私を迎えてくれたその人に、驚いて固まってしまう私。


 なぜなら彼女は”女性”、だったからだ。

 

 番場さんは、思い違いをしていたのだろうか。

 確かに、名刺には『完璧な恋人承ります』と書いてあった。だけど、彼氏とは一言も書いてないよね……


 うわ、どうしよ。


 私は心底焦ってしまって、近くのテーブルにがたんとぶつかる。


「ご注文は?」


 そんな私を一切馬鹿にすることのないにこやかな笑顔で、見つめる綺麗な女性。


 私は、二つの理由であっと息を飲む。

 一つは、そこにいる店主さんの笑顔が息を飲むほどきれいだったこと。

 もう一つはここは、普通の喫茶店でもあるんだから、一杯飲んで帰ればいいのでは! ということを思いついたからだ。


 私はなんだか落ち着きを取り戻して、女性の店主さんの元へと向かった。


「えっと……コーヒーお願いします」


 カウンターに座り無難な注文。


「かしこまりました」


 店主さんは、微笑みながら一礼するとコーヒーを入れるための準備を始めた。

 しばらくの沈黙。

 私がその沈黙に苦しさを覚えてきた当たりで、店主さんが問いかけてきた。


「お客さん、この店初めてですよね?」


 コーヒーを入れながらの質問。


「あ、はい」


「どういった経緯でこの店に?」


 その固いきき方に、ちょっと不安を覚えながら、私は答える。


「えっと友達の紹介って言うか、なんていうか……ほんとは手違いだったり」


 その言葉に店主さんはくすくすと笑う。


「手違い、ですか」


 私はとんでもなく失礼なことをいっていることに気付いて、顔の前でぱたぱたと手を振った。


「あ、いえ、手違いというか、なんというか……」


「いいんですよ、気にしないで下さい。お待たせしました、ホットコーヒーになります」


 焦る私を気にしていない様子の店主さんが、私の前にコーヒーを差し出す。


「いいんですよ、そういう人ここにはたくさん来ますから」


「なるほど……」


 差し出されたコーヒーからはとても安心する甘くて芳ばしい香り、

 この人が雇われ恋人やっているのかぁ、こんな美人のお姉さんが……

 あたたかいコーヒーを飲みながら、私はぼんやりと思う。

 そして、暖かいコーヒーでリラックスしてしまったせいか、ぽろりと言葉がこぼれてしまう。


「やっぱりこういうお店ですから、男性のかたが多いんですか? 店主さん美人ですもんね」


「美人なんてとんでもないですよ。んー、そうですね、常連の男性客様も一定いますが、ほとんどが女性のお客様ですよ」


 私はそこで、あれ? と思う。

 この人は雇われ彼女をやってるんだよね。

 じゃあ、女性が多いなんておかしくない?


 その時だった。


「ただいまー。なんかね、外すごく暑いよ」


 カランカラン


 ドアベルがなりカフェに入ってきた男性。

 眠そうな、どこか不機嫌そうな目をしたその人に、私の目は吸い寄せられる。

 全然タイプじゃない。

 普段なら絶対嫌悪感を抱くような感じの人なのに、私はその人に強く引き付けらる――


「あ、お帰りなさい」


 そして、私は店主だと思っていた彼女の言葉で、自分の早とちりを思い知らされるのだった。

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