第2話 いつもと違うお昼

「結城さん、昨日、泣いた?」


 次の日のお昼、昨日のこともあって、リエちゃんとはなんか一緒にいづらくて、私は別の人と食べることにした。

 大学の講義で一つだけ、私とリエちゃんが一緒じゃないクラスがある。

 そのクラスで仲良くなったのが、今私の目の前にいる番場ミキちゃんだ。

 ミキちゃんは、いつも本を片手に歩いている。授業中も、何だったら歩きながらも本を読む。そして、そんな中でも人にぶつかったりしない。不思議な人だ。

 そんなミキちゃんが、なんと傍目には元気にふるまっているはずの私の異変に気付いた。

 食事中の今も、本から顔をあげないというのに……


「え、私、目腫れてる?」


 私は驚きながら聞き返した。

 昨日一晩泣きはらしたけれど、起きてからちゃんとケアはしたし、化粧でほとんどカバーしてるはず……。

 本を読んでいる彼女にもばれるくらい目の腫れがひどいのかと、手鏡を取り出そうと慌てて鞄に手を伸ばした。

 

「鏡なら見なくて大丈夫だよ、目の腫れはそんなに目立たない」


 そんな私の行動を感じてか、ミキちゃんはそう言った。

 私はその言葉を聞いて、ほっと胸をなでおろす。どうやら、そんなひどい見た目ではないみたい。

 でも、目が腫れてないならどうして泣いていたとわかるんだろ。


「どうしてって、思った?」


 ふっと笑いながら、ミキちゃんが本から顔をあげた。

 その顔が、表情が、美しくて私は内心どきっとしてしまう。


「まだ、心が泣いてるの」


 私の目を見つめていってくるその言葉。

 彼女の言葉に、表情に、私の隠していた感情があふれ出す。


「あの、ね……」


 その言葉から始まる私の話を、ミキちゃんは、本から顔をあげて聞いてくれた。

 あの読書家のミキちゃんが、本よりも私の話をきいてくれてる。

 私はそのことに興奮するとともに、話しながら少し怖くなっていった。

 親友のリエちゃんには、呆れられた。

 ミキちゃんは、この話を聞いて、私に幻滅するんじゃないか。


 私と友達でいてくれなくなるんじゃないか。


 必死に話し終えた後に起こった沈黙。

 私はじっと審判の時を待つ。


「結城さんは……」


 大人げない。ひどい。もっと相手のことを考えるべきだ。

 ミキちゃんに言われたことが頭をよぎる。


 でも、聞こえてきたのは意外な言葉だった。


「また、恋がしたい?」


「え?」


 私が思わず聞き返すと、ミキちゃんは微笑みを浮かべていい変えた。


「また、誰かと一緒にいたい?」


「それは、もちろん!」


 私はその言葉に机につんのめりながら同意した。

 そんな私の様子に、ミキちゃんは少し考えた風になって、それから自分の鞄へと手を伸ばした。

 財布を開け、一枚の名刺をこちらに差し出してくる。


「今、あなたに必要なのはこれかもしれないわね」


 何を渡されるか少し不安だったけど、私はミキちゃんからその名刺を受け取る。


「『完璧な恋人承ります』?」


 そこにはその文言と、町のはずれの喫茶店の住所があった。


「これ、なに?」


 ミキちゃんは、ふっと笑うと、再び本を開き読み始める。


「ねえ、ミキちゃん……」


「いけばわかるわ。怪しいところじゃないことは私が保証する。だから、行ってきてみて?」


 そのあと、ミキちゃんは完璧に集中読書モードに入っちゃったみたいで、私の問いかけには答えてくれなくなった。

 私はどうにもつまらなくなって、名刺を手にラウンジを後にする。

 ラウンジを出る直前、端っこの方で今日もまた、ぼーっとカップ麺をかき混ぜるゆう君が目に映る。もしかして、あの人昨日からずっとそのままなんじゃないかっていうくらい。昨日のまんま。


 私はそんな彼の様子になんだかちょっぴりだけ罪悪感を覚えた。

 うん、でも悪くないよね、浮気する方が悪いんだもん。


 私は、名刺を再び見つめる。


「恋人、か」


 午後の講義が終わったら、行ってみよう。


 私はそう決意したのでした。

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