第14話 かすかの新妻ごっこ

「そうたくん、ね、早く起きて? 起きてってば、ねー」

 窓から差し込む光をまぶたで感じながら、落ち着きのあるお姉さんのような声とは不釣り合いな子供っぽい言葉が耳元に聞こえた。続いて、背中を控えめに揺すられる感覚。


「うーん、アニメの女の子みたいにしないと起きないなんてことはないよね……?」

 ……おれのことをどんなふうに思っているんだろうか。いや、数年ぶりに再会したら大量のアニメ抱き枕に埋もれて眠ってた幼馴染とか、さすがにドン引きされるのも仕方ないと思うけどさあ。などと思いながら目を開ける。


「ああっ、やっと起きてくれた! 朝だよ、早く起きてご飯食べ内と遅刻しちゃうよ?」

 ああ、メシか……。昨日何も用意しないで寝ちゃったんだよな。材料も何もないし。

「朝ご飯なら、ちゃんと作ってあるよ」


 そういって、メガネをかけた優しそうな顔立ちの女性は大きな胸の下で腕を組んで胸を張った。胸元が大きく開いたクリーム色のワンピースに、大人かわいい緑のボブヘアがよく映えている。かすかは、学園バトルものアニメで主人公の副担任をしている巨乳先生の姿になっていた。


「その格好は?」

「昨日の子も可愛かったんだけど、ちょっとこう、大人っぽい人のほうが、こう、新婚さんみたいかな? なんて」


 そう言いながら頬に手を当てて照れる。胸が腕にあたって変形している。アニメでも、登場する度に乳揺れの発生していたキャラだけのことはある。なんて、冷静ぶって考えているが、もちろん心臓は激しく暴れている。

 昨日はベッドにも入らずに寝てしまったせいだろう、身体の節々が痛むのを感じながら、かすかのまるで警戒心のない笑顔を見つめ返す。


「そうたくん、なかなか起きないから、どんな起こし方すればいいのかなって考えちゃったよ。えっと、その、キスとかしたらすぐに起きてくれるのかな……?」

 たしかに、この先生が出てくるアニメの主人公は、大勢の女の子にモテまくっていた一級フラグ建築士だった。この先生もサブヒロインという扱いで、登場シーンこそ少ないものの、頭のネジが何本か飛んでいるような甘い妄想をしているシーンがあったのを覚えている。だが、かすかもそれに負けないくらいダダ甘だった。


「この子は、どんな子だったの?」

 目線を下におとしてワンピースの裾をもったかすかは、左右に体を揺らしながら僕に聞いてきた。

「名前は那又なまたマナ。上から読んでも下から読んでも同じっていうのが特徴で、学校の先生だった」

「あ、先生なんだ。そうたくん、大人っぽい人のほうが好きなのかな? でも、昨日の子とかはもっと小さかったよね?」


 正直、アニメやゲームのキャラクターは作中の人間関係によって大人と子供のイメージが変わる。女子中学生の姉御キャラもいれば、二十歳を超えていても子供っぽいキャラは子供っぽい。人間とは違った年齢としのとり方をするエルフやヴァンパイアの場合は、ロリからババアまで描かれ方も幅広い。


「うーん、難しそうだね。でも、そうたくんの好きなアニメとか女の子のこと、しっかり勉強しなきゃ」

 そんなことしなくてもいいよと思ったが、自分のテリトリーで共通の話題ができるのはありがたいので否定しないことにした。


 かすかも、話を切り上げて冷めないうちに食べるようにとこたつ机の前におれの手を引っ張って連れて行こうとする。目の前で大きな胸が揺れたのと、手の感触で、もうお腹いっぱいだった。かすかは手を握るのとか慣れてるのかな? と思ったけど胸に意識が向かってしまい、表情はよく見えなかった。


 朝食は、ハムトーストとスクランブルエッグとコンソメスープ、それと牛乳が並んでいる。材料費を考えると、昨日渡した千円がちょうど使い切れるくらいの内容だ。

「朝からこんなちゃんとしたもの食べるの久しぶりだ」

 レンジで温める以外で温かい食べ物なんて、朝から作ることなんて滅多にないおれには、ちょっとしたごちそうに見える。


「よかった~。朝はご飯派だって言われたらどうしようと心配だったから」

 と、かすかは胸元に手をおいて安堵の表情を浮かべている。那又先生はかなりのドジっ子だけど、かすかは料理に失敗したりはしなかったようだ。いただきますと言ってご飯を食べるのも久しぶりだな……。

「できれば野菜も欲しかったんだけどねえ」

 なんて言っているかすかは、本当に新妻のようだった。スクランブルエッグに卵の殻が多少入っていたが、大した問題ではない。

 

「そういえば、昔は料理とか苦手だったよな?」

 小さいころ、かすかが開いた誕生日会で手料理を振る舞うなんて言っていたことがあったけど、練習から失敗のしすぎで材料もなくなってしまい、結局ピザとフライドチキンを出前したのをおれは知っている。

「そんなこと覚えてなくてもいいのに……」

「あんなこともあったなって、昨日から色々、頭に浮かんでくるんだよ……」

 そうなんだ、と嬉しそうな表情でかすかは言った。


「転校してから料理の練習とかしたんだ。ねえ、この女の人はもっとお料理上手だったりするの?」

 原作のマンガは読んでないし、アニメでもとくに描写はなかった気がする。それにしても、なんでそんなことを気にするんだ?

「かすかは、そうたくんの、理想の女の子になるって決めたの」

「お、おう……」

 嬉しいけど、重い……。トーストの最後の切れ端を牛乳で流し込んだ。


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