再会と出会いとラブストーリーは突然に

第12話 中の人は幼馴染

 あさりの家から自宅アパートの前に着く。おれの部屋を見ると明かりが点いていた。玄関の鍵を開けて、久しぶりに「ただいま」と声を出してから靴を脱いだ。

を出て自宅に戻ると、部屋の奥から人の気配がした。


「あっ、おかえりなさい」

 あれ、木叢の声じゃないぞ……? おれのダメ絶対音感が反応した。困惑するおれのもとに、ダークグリーンの長い髪を背中に流した小さな女の子がぱたぱたと走り寄ってきた。頭には猫耳のような形のヘッドドレスがついている。


「えっ、誰? お嬢ちゃん、勝手に人のお家はいっちゃだめだよ?」

 誰かに見られて誘拐犯だとか通報されたら、この部屋の抱き枕たちに迷惑がかかってしまう。

「お嬢ちゃんじゃないです、かすかです。こういう色の髪の子が好きって言ってたから、この子の姿になって待ってたのに……」

「それ何のキャラだっけ……あっ、緑ロリちゃんだ!」

 ほかに青ロリちゃんと黄ロリちゃんがいて、三人で探偵のようなことをしたり、異能力バトルをするアニメのヒロインだ。まさかこのアニメで抱き枕カバーが出ているとは思っていなかったから、あとで見つけたときは本当に驚いたなあ。


でも、忘れちゃうんですね……」

「え?」

 凝った装飾の黒いショートドレスを翻して、緑ロリ姿のかすかはおれに背中を向けた。

「コンビニから帰ってきたとき、表札を見たんですけど、あなたの名前って」

颯太そうただけど。八木颯太」

 あれ、言ってなかったっけ? と思っていたら、かすかの小さな肩が一瞬、ふるる、と震えた。


「颯太、颯太さん、颯太くん……颯太くんって呼んでもいいですか?」

「ああ、好きに呼べばいいよ。それよりお前、夕飯まだ食べてないだろ? 牛丼買ってきたから食べちゃおうぜ。牛肉はダメとかそういうのないよな?」

「お前じゃなくて、って呼んでくれますか?」

「……じゃあ、かすか?」


 かすかは俯いてくるりと踵を返すと、「颯太くん!」と言いながら素早くおれの胸に飛び込んできた。態度が朝とぜんぜん違うんだが。高校生だったら、一人で留守番が寂しかったなんてことはないだろうし……。警察の取調べ室でカツ丼を出された犯人みたいに、牛丼ひとつで好感度がベタ惚れまで急上昇するなんてことも想像がつかない。現実的に考えるなら、己の置かれた状況を理解したうえで、頼れるのがおれだけだから嫌われないようにしようとしているとか? その辺が妥当な線だろう。


「あ、ごめんね……いきなりこんな、抱きついたりなんかして。ビックリしたよね?」

 ちょっと悲しそうな表情をしている。泣かないで、緑ロリちゃん……。

「本当に朝と同一人物か? サキュバスか何かに入れ替わってたりしないよな」

「え、かすかはかすかだよ? 見た目は違うけど……こむこむちゃんか、朝起きたときの女の子のほうがよかった?」


 デレ度MAXのエクリプスちゃんにこんな抱きつき方をされる様子を思い浮かべてみる。いつもは抱くだけだった自分を、エクリプスちゃんが抱きしめてくれるなんて、頭がどうにかなりそうだ。そういえば、なんで緑ロリちゃんに変わってるんだろう。その辺に畳んで置いてあるカバーならまだしも、これは最後に見たのがいつだったか思い出せないくらい奥に仕舞ってあるはずなんだけど。


「まあいいや、それより早く食べようぜ」

 と言って、買ってきた牛丼とビーフストロガノフ丼を温める。かすかはビーフストロガノフ丼を食べたいというので、おれは牛丼だ。おかしなことばかり起こった一日だったが、食べ慣れた味が心を落ち着けてくれる。でかけた時のままだった空のコップには、かすかが麦茶を注いでくれた。


「それ美味いか?」

 牛丼には何の不満もないが、新商品の味はやっぱり気になるものだ。

「うーん、一口食べてみます?」

「ああ、もらうよ」

 プラスチックの容器を受け取ろうとしたおれに、かすかは肉とご飯が乗ったスプーンを差し出した。

「ほら、あーん」

 いやいや、恥ずかしいからそういうのいいって。そこまでデレられると逆に怖いんだけど……。拒否していたが、顔の近くにスプーンをもってくるものだから、仕方なくそのままいただいた。これは、緑ロリちゃんと間接キスをしたということでいいんだよな?


「美味しいですか?」

「ああ、この値段だったらがんばってるほうじゃないかな」

 正直、味はぜんぜんわからない。なんだか甘ったるいのは、このシチュエーションのせいなのだろうか。そのあとは、あまり会話もなく夕飯は終わった。目の前には、本来のキャラとぜんぜん違うにやけ顔の緑ロリちゃんの姿があった。


 そういえば、かすかがこの状態で服を汚したりしたら、何をどう洗えば元に戻るんだろう。

「気をつけて食べるね……!」

 ああ、これはこぼすフラグだなと覚悟したが、それは杞憂に終わった。食べ終わると、空になった容器はかすかがまとめくれた。そのときようやく、かすかが座っていたうしろに、灰色に汚れたちょっと大きめなうさぎのぬいぐるみが置かれているのに気がついた。


「ん、これ? 押入れの奥の、おもちゃ箱の中に入ってました。まだ持っててくれたんですね」

 勝手に押入れを漁らないでもらえるかな。

「ごめんなさい……」

 そんな悲しそうな顔をしないで、緑ロリちゃん。それはそれとして、あのうさぎが何のキャラクターだったか思い出せない。もう何年も昔に持っていたような気がするから、自分のものであることに間違いはないんだけど……。


「でもでも、これのおかげで思い出せたんです。これ、かすかが小さい頃、お母さんに買ってもらったうさぎさんの抱き人形。かすか、この子がお気に入りで、さみしいときはいつもこの子と一緒でした」

「いや、よく覚えてないけど、それは昔おれがもらったもののはずだ。お前の遺品じゃないぞ」

「ねえ、じゃなくって……かすかです。やっぱり、私のこと忘れちゃいましたか?」

 かすかは涙声になりながら、へたれきった綿が詰まったうさぎの人形を、ぎゅっと抱いてみせた。潤んだ目でしばらくおれを見つめていたが、目を閉じて何かを待っているようだ。


 そのとき、ふいに小学生のときの記憶が蘇った。あの子は、身長は緑ロリちゃんよりも少し小さかった。髪はもちろん緑色ではなく、茶色がかった黒。ピンク色でフリルが付いた、いかにも女の子然としたワンピースで、走るたびにふわふわと揺れていた。自分のことを「かすかは~」と名前で呼んでいるのを、よくからかっていた。

 泣くのを耐えて閉じられた瞳が開くと、青い湖面のように澄んでいて。

 それでも真っ白な肌を少し紅潮させながら、おれの後ろにいつもくっついてきた。


 彼女の名前は――。


……?」

 呼びかけると、かすかはゆっくり目を開いておれをまっすぐ見つめる。

朝見草あさみぐさ、かすか!?」

 かすかはゆっくりと目を開け、うさぎ人形を身体から離し、手を握って床に垂らした。その立ち姿が、忘却の彼方にあったあの少女の、霞がかっていたシルエットと重なる。


「うん。朝見草かすかだよ。見た目はアニメの子になっちゃったけど……」

 いろんな意味で衝撃の再会だった。

「久しぶり! 颯太くん」

 笑顔でそう言ったかすかの目元からは、涙が零れている。それを見せたくないのか、おれの胸に顔を埋めた。複雑にもつれた諸々の思いがこぼれていき、おれの胸に大きな染みを作る。かすかは泣き虫だなあと言いながら、頭をなでてやると、ますます大き声をあげた。


 しばらくそうしていると、かすかは寝息を立てはじめた。泣き疲れてしまったのだろう、ゴスロリ服のまま眠らせることに多少の抵抗はあったが起こさないように毛布をかけてやった。こんなアゴの尖ったイケメンみたいな行動が自然にできたのは、これまで抱き枕と過ごしてきた日々のおかげなんだろうな。

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