刃の章 其れは魔を知る刃

 ──夜は深みに在る。黒々と闇が落ち、静寂の中で人も獣も微睡みの彼方に沈んでいる。

 即ち是はだ。ひしゃげた鉄パイプは薄暗い外套に照らされて鈍く光りながら、その中心にあかあかと血の痕を咲かせている。其れは異様と言えば異様と言えようが、然して其れこそが正しく殺人鬼たる鶴城真也ツルギマヤの本来の在り方だ。地面に咲いた死花を見下ろす眼には、特になんの感慨も宿っていない。そもそもこの死体がどのような来歴で、どんな性格の、どういう人物であったかなどはツルギにとっては関心の外だ。


「相変わらず思い切りのいい殺し方だな」


 ひやり、とした声だ。男のモノであるソレはツルギの反応などお構いなしと言った風体で言葉を続ける。尤も、この男に関してはいつものことなので気にするほどのこともない。彼の話など半分以上聞き流したところで彼女に何一つ不利益はないものだからだ。


「ふむ、やはり魔術的な反応は無し。件の聖遺物は何処ぞかに隠してあるという事か。まあ予定の範囲内だな。然し見事な死に様だ。死の偽装の余地もない。確かコレは祖先が妖精種という話だったな……血のサンプルでも持ち帰ってみるか?いやそれよりも卵巣か?まだ機能停止はしていない筈だが──」

「……考え込むのは結構ですけど、私への報酬の件はどうなります?」


 思考の海に沈みこんでいく男を引き戻す様にツルギは声をかける。何しろ無償タダ働く殺す心算など一切ないのだ。是に関しては特に、殺人なのだから。


「おっとすまない。ではいつもの通り口座に数回に分けて振り込むとしよう。金額は依頼した時に提示したもので構わないかね?」

「ええ」

「結構」


 決まりきった文句は一種の儀式のようなモノだ。挨拶の代わりのようなモノとしてツルギは考えているが、炉辺ロノベという名のこの男が実際どう思っているのかは分からない。

 ツルギがロノベという男について知ることは少ない。本名かも分からないロノベという苗字と、ねぐらにしている廃屋の場所と、男が所謂魔法使いといわれる類の種族である事だけだ。否、魔法使いではなく魔術師メイガスだったか?その辺りの詳しい分類は彼女は知らない。何にしても人智の外に在る技術を持っているらしいということしか知らないでいる。

 だからと言って不便を感じたことはない。気が向いたときに塒に赴いてみたり、或いはこうしてロノベから持ち込まれる殺人の依頼を受ける。Win-Winの関係という奴だろうか、ヤクサとの関係とは違いドライで後腐れが無いのが丁度いい。


「それにしても、貴様は相変わらず私のくれてやった武器を使わんな?相性が悪かったか?」

「いいえ?ただアレを使う気になる獲物がいないだけですが」

「それは困るな。大いに困る。アレに欠けられた呪いのトリガーは血だ。君という最善の使い手と呪いの相互作用によってアレがどのような変化を起こすかが当面の課題だというのに──」

「私が何で殺そうが勝手でしょうに。そういう約束で貰い受けたものでしょう、あの刀は」

「ぬう……」


 そんな思考に至るツルギに、死体を検分するロノベが思い出したように言葉を紡いだ。彼女が相変わらず鉄パイプを得物としていることに疑問を持ったのだろう。学者気質というだけあって気になったことに関してはしつこいロノベに、ツルギは面倒なのを隠しもしない。結局それ以上訊くこともなくロノベも追及を止めた。

 暫しして、検分を済ませたのか死体を抱え上げるロノベは「では、私はこの死体でやりたい事が在るのでこれで」と踵を返す。その背中にツルギは言葉を投げつけた。


「精々背中に気を付けやがりなさい、ロノベ。其処に転がっている死体は明日は貴方の顔をしているかも分からないのですから」

「結構。その時は君があの刃で殺してくれたまえ」

「……考えておきましょう」


 魔術師の背中は遠い。殺人鬼の倫理観以上に、魔術師という連中の世界の観方がツルギには分からない。

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