妖の章 何者でもないモノの言う事には

 朱塗りの鳥居は延々と連なっている。灯篭から揺らめく灯りだけが微かにお山の道を照らしては、お月様もお星様ももう見えやしない。

 一体何故こんなところを歩いているのか、男にはもうわからない。一歩踏み出せば忘れ、二歩踏み出せば忘れた事を忘れる。

 己は果たして誰だっけ───そんな疑問が浮かんだ頃に、鈴の転がるような艶やかな声が一つ。


「ああ、もう空っぽだねエ。そんなら仕方ない」


 歌うような声に顔を上げれば、こんな山の奥には似つかわしくない、美しい着物が揺れて。

 そうして、後は全てが焔に包まれた。


 緋月蒼アカツキアオアヤカシだ。いや、その血筋は半分こっきりなので、半妖というべきか。兎にも角にも、緋月蒼は

 アカツキは人外だ、そして序に付け加えるならば、

 何も人ばかりが人を殺す訳ではない、と彼女は語る。人外ヒトならざるナニカでも、人間を殺すのだ。

 そもそもこの世界には、不思議な力やら人外やらというのはそこかしこにあるのである。認識されているかいないか、それは全くの別問題として。

 それは或いは魔女の伝説、魔術師達、神話の魔物や神々、妖も勿論のこと、もしかしたら殺人鬼達もそういう不思議な力、なのかもしれない。その辺りの定義をアカツキは知らない。恐らく知る必要もない。知ったところで、アカツキのすることなど変わらないのだから。


 アカツキは人外である。妖というには苛烈さが足りず、然して人というには温度ココロが足りない。故に何方にも為れないアカツキは、ただ独りで狭間キョウカイに棲んでいる。

 兎角、人も妖も自分たちと違うに拘られることを良しとしない。だというのに、ヒトというのは何故か人外たちを追い掛け回す。それが恐怖からくる過剰な防衛本能か、あるいはただの好奇心か、そんなことはどうでもいい。そして、そうやって探し回った挙句偶然に連中というのは、一定数存在する。そして、それを殺すのがアカツキの役目だ。

 役目、と言っても誰に強制されたわけではない。ただ棲み処を荒らされるのは好かないし、それ以前にアカツキのところまで辿連中というのは、道中で化かされ、奪われ、空っぽぬけがらになってしまっているのだから、いっそ死んだ方が幸せというものだ。

 きっとそれを、人間たちは非道というのだろうけれども。


 緋月蒼は妖だ。いや、その血筋は半分こっきりなので、半妖というべきか。いずれにしても、人間ではない。

 人の情など知る由もなく、ただ妖のように無感動ですらなく、迷い込んだ人間だったモノたちを憐れみながら、指先に妖火を燈す。

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