偽善の章 裁定者気取りの偽善者のこと

 英雄セイギノミカタになりたいと思う。弱きを救い悪を挫く勧善懲悪。ああ、なんて単純にして明快。分かりやすいのは良い事だ。

 だけど聊か、この世は理不尽だ。彼女は己を悪徳を滅する裁定者ヒーローであると考えているというのに、世間から無遠慮に貼られたラベルは『』だというのだ。ああ全く、納得いかない。

 今日も今日とて悪徳を滅しながら、エレナ=ワーズワースは赤く染まった頬を拭い、深く深く溜息を吐き出した。


 エレナ=ワーズワースは殺人鬼だ。本人が例え如何様な理由で正当化し、それを行ったとしても、行為そのものは変わらない。彼女が行っているのは殺人であり、間違っても評価されることのない悪徳だ。本人がソレを理解するか否かは別として。

 殺人鬼と言うと無差別に人を襲い殺す者を想像することが多い。だが、必ずしもそうではない。ある一定のラインにターゲットを絞り、それらを狙う殺人鬼と言うのがいない訳ではないのだ。例えば、そう。エレナのように。

 ではエレナの境界線は何か。それが『正義』である。


 エレナ=ワーズワースは正義感の強い娘だった。いじめっ子を叱り、悪戯は全て見逃さない。それは当然の道理だと思っていたし、別に妙な事でも何でもないはずだ。

 それが違うと否が応でも認識させられたのは、そう昔の事でもない。珍しくもない汚職・殺人・窃盗のニュースが毎日テレビでもラジオでも新聞でも報じられれば、嫌でも分かる。解ってしまう。

 けれども、エレナはそれに納得できなかった。そう、と理解してしまったのである。


 悪は裁かれるべきだ。悪を裁く正義は称賛されるべきだ。この世界は、間違っている。

 過ちは正すべきだ。正しい事に矯正すべきだ。では、どうするか。


 ならば、己が変えればいい。悪を裁く役割を担えばいい。


 そうして、エレナ=ワーズワースは己の手で『悪人』を殺す裁定者セイギノミカタになったのである。


 エレナ=ワーズワースは殺人鬼だ。例え己が如何様に考えようと、裁きの下の制裁だろうとも、それは正しく人殺しだ。

 彼女がそれに気づくまで、偽善はきっと終わらない。

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