邂逅の章 或いは其は邂逅という名の運命論

 陽光は燦燦と、空は抜けるように青く、また気温は心地よく眠気を誘う、そんなよい日和。休日と言うことも手伝ってか、子供や大人、或いは恋人同士が睦まじく語らいあうそんな公園の片隅。木陰に置かれた寂れたベンチに二人の男女が座っている。

 年の頃は同じくらいか、顔立ちが似ていないからきょうだいに間違われることはないだろう。かと言って恋人同士と言うには、その二人の空間に流れる空気に甘さが足りない。

 仮に勇気ある第三者が彼らに「恋人ですか?」と問えば二人は一様に眉を寄せて心底嫌そうな顔で「違う」と答えるのだろう。では何か、と問われると、この二人はいわば腐れ縁ともいえる友人なのだ。


「──というか、だ。お前俺を呼び出しておいてやることがカップル限定スイーツの確保ってどういう了見だよ。友達いねえのか」

手前てめえはどうせ暇だろうと思いましたし、スイーツの為なら手前と恋仲扱いされる屈辱にも堪えます」

「俺の精神的苦痛は考慮しねえ訳だ。つーかスイーツって女子かてめえ」

「女子ですが何か問題がありました? それともその三白眼、もしかして盲いておいでで?」


 一触即発の空気を纏うこの二人。それぞれ名を鶴城真也、扼沙黝羽という、一介の殺人鬼である。

 本来殺人鬼同士に交流という概念はない。殺人鬼とは個の集団であり、また同じ獲物を狙うライバル同士でもある。出会い頭に殺しあうことこそあれ、このように(やや険悪な空気とはいえ)となり合い語り合うことなど無いに等しい。


 では、何故この二人がいわば友人と呼び合う間柄になったのか。それは、ひと月ほど前の話に遡る。

 その日、ツルギが手に掛けたのは何の変哲もない女性だった筈だ。確か、ことさらに特筆すべきこともない、どこまでもありふれていて、ああ、漫画で主人公がすれ違う通行人Aの女に似ていたのだった、とツルギは思い出す。

 草臥れたグレーのスカートスーツに、履き潰されたパンプスが如何にも日本人らしい女性だった。尤も、その平凡な顔はツルギの愛用する鉄パイプで赤く黒く叩き潰されていたのだけれど。

 肉塊になったそれを恍惚と眺めていれば背中に感じたのはヒヤリとした──殺気。思わず握りしめた鉄パイプを降りあげれば、響いたのは金属音。


「──ナニモンですか、手前様は」


 低い声で問いかければ、己の鉄パイプに喰い込んだ脇差がす、と退く。同時に、先程までの殺気が霧散していく。脇差を握る手を視線で追えば、その先に立つ青年の姿が視界に入った。不自然ではない程度の長さの黒い髪から覗くのは三白眼。


「あー……もしかして俺、またやっちまったか?」


 低い声で紡がれた台詞は青年のものらしい。ツルギは訝しげに首を傾げた。はて、この男。今、


「やっちゃった、とは何ですか。ばっちりしっかり殺意を向けておいでだった癖に、なァに過失扱いしちゃってるんで?」


 殺す気、だったでしょう?そう問えば男は苦虫を噛み潰したような顔で首を振った。


「それについては深い訳があるんだが──」


 男が弁明しようとしたその時に、響いたのは衣を割くような悲鳴。女の物であるそれは、どうやら倒れ伏した死体を目撃しての物、らしい。


「げっ」「うげぇ、見つかってしまいましたか……!」


 顔を顰める2人の耳に続いて届いたのは、「殺人鬼か」「この手口は──」という複数の男の声。ツルギに覚えのある声が響いたところからして、警察が駆け付けたようだ。徐々に大きくなる喧騒に、知らず二人の心境は一致する。


((──ああ、ヤバイ))


 この世界の警察機関には大きな権力が与えられている。そして、その中には「殺人鬼の射殺許可」が含まれているのは、この世界の住人ならば誰しもが知るところだ。そしてこんな時に限って、ツルギの愛用する鉄パイプは血に染まり、青年は脇差を握ったままだ。つまり──このまま見つかれば殺される。

 逃げよう。そうと決まれば、二人の行動は早い。顔を見合わせると視線を交わし、一斉に駆け出す。


「ちくしょおおおお!何でこうなったんだよ!!」

「私が知るかっつーんですよド阿呆ううう!」


 お互い名前も知らない二人の怒鳴りあいが人気のない夜に溶けていく。


「手前が連れてきやがったんじゃねえんですか!?」

「ハァッ?! 俺は今日はまだ何もしてねえよ! テメェこそ目ェ付けられてたんじゃねえの!?」

「アァン!? それこそねぇってんですよ!! 私は殺人は人気のないところでやるのがモットーなんですう!!」


 名前も知らない割に、会話はテンポよく続く。存外に息が合うのか、いがみ合いながらもそれは途切れない。だが、ギャンギャンと叫びながらはしれば当然息は切れる。

 先に足をもつれさせたのはツルギであった。ふらり、とバランスを崩したツルギに、青年は「ああクソ!」と喚きながら手を差しのべる。ツルギがその手を取ればぐい、と強く引きながら再び走り出す。


「手のかかるクソアマだな!」

「ほっとけってん、ですよ!」


 引きずられるまま走るツルギがぐるりと視線を巡らせれば、少し離れた場所にパトカーの赤色灯。

 貸されっぱなしは性に合わない。黙って繋がれた手を下に引き、男に覆い被さるように茂みに隠れれば、青年は一瞬驚きはしたものの、瞬時に状況を把握したのか、黙って身を縮めていた。

 暫くして複数の足音と車が通り過ぎる音を暫く聞き流せば、ああ、どうやら逃げ切ったらしい。


「何とかなりましたか」

「そうらしいな」


 顔を見合わせて、深く溜息。身体から一気に力が抜けて、二人してへたり込んでしまった。


「──今回ばかりは死ぬかと思いましたよぅ」

「こっちの台詞だわ……」


 へなへな、と空気の足りない風船のように力ない声を上げた二人は顔を見合わせる。


「今日は助かりました。私は鶴城真也」

「あー……俺は扼沙黝羽」


 よろしく、と互いの手を握り合って、願わくば二度と会わぬように、だなんて笑った。

 最も、その翌日にツルギが立ち寄った商店でバイトに励むヤクサと出会い、双方ともに叫び声を上げてしまったのだけれど。




「しっかし、返す返す散々な出会いでしたわね」


 ベンチに腰掛けたツルギがぼんやりと呟けば、ヤクサはこくこく、と頷く。


「全くだわ。ほんと、俺の平穏がこんなクソ女に潰されることが決定した瞬間だと思えば当然かもしれねえが」

「言いましたね?」

「やるか?」


 いつものように睨み合い、そして同時に肩を落とす。何やかんやと揉める上に、二人でいると高確率で厄介ごとに見舞われるとはいえ、ツルギも、ヤクサも、互いのことは嫌いではない。


「ケーキ、持って帰ります?」

「ったりめえだろ」


 そんな訳で、二人の殺人鬼はこうして、今日も友人として隣に立っている。

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