生ける屍の顕現

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生ける屍の顕現

 リョウタがネットの海から古いゾンビ映画のライブラリを掘り出してきた。

 おれたちはそいつをプロジェクターで上映し、連日連夜鑑賞しながらゲタゲタと声をあげて笑った。

「大昔のやつらってのは、なにを考えてこんな代物ばかりを作ってきたんだ?」

 発掘者であるリョウタ自身が、そんなことををいう。

「リアリティってもんがないな」

 笑いすぎて目に涙を滲ませながら、ミシマもいった。

「第一、人間が全滅しちまったら、ゾンビだって食うものがなくなるだろうに」

「え?」

 ヨウジが目を丸くする。

「これ、最初からギャグとして作ってるんだろう?

 考証なんて無茶苦茶だし」

「いや、この手の映画が作られているのは、本物のゾンビが出現するようになるずっと前だから」

 トマオが断言する。

「ゾンビが出てはじめた頃には、映画なんて娯楽はすっかり衰退していたし」

「映画って、動画という意味ではないのか?」

「違う、違う」

 ヨウジが疑問を口にすると、リョウタは顔をしかめた。

「動画をこう、大きな専用の劇場で上映して大勢の人間で鑑賞する、そういう娯楽形態があったんだよ、大昔は。

 今、おれたちがプロジェクターで動画を映し出しているように」

「めんどくせ」

 ミシマが吐き捨てるようにいう。

「動画なんか、さっさと網膜にでも投影すりゃあいいだろうに」

「その頃は、直に網膜する技術なんかなかったんだ」

 トマオがゆっくりと首を横にする。

「電子媒体さえなく、映像といえば有機フィルムに焼きつけるもんだった」

「ふーん。

 そうなんだ」

 ミシマがゆっくりとした口調で答えた。

「あれだ。

 つまり、そんな大昔からゾンビはいたってわけだな」

 どうやらクスリが回ってきたらしく、そろそろ呂律が怪しくなりはじめている。


 そんな大昔のことは知ったこっちゃないんだが、今では、ゾンビはそこいら中を闊歩している。

 大昔の映画に出てくるゾンビとは違って、今のゾンビは比較的無害で大人しい。人を襲うということもない。

 ただし……数だけは、滅茶苦茶に多かった。

 それこそ、道を歩けばゾンビに出くわすってもんで……人間よりも、よっぽど、多い。

 あまりにもゾンビの数が多すぎて、政府もゾンビ狩りを積極的推進するようになっていた。それも、かなり前に。

 おれたちは、そんなゾンビ狩りのために不定期に集まっているチームだ。

 ゾンビは脆くて、ノロい。そして数だけはいくらでも居る。そりゃあもう、無尽蔵に。

 始末しても始末しても始末しても始末しても、あとからあとから沸いてくる。

 ここ最近、おれたちはそのゾンビを駆逐することにはまっていた。

 それ以外に、やることがなかったからだ。

 つまりは、はは。

 暇潰しってわけだ。


「そろそろ行くか?」

 といつものようにヨウジが合図をして、おれたちはのろのろと立ちあがってバギーに乗り込んだ。

「今日は、どっちに行く?」

「この前は西にいったから、今度は北にいってみるか」

「どっちにいってもかわんねーよ。

 どうせ、ゾンビだらけだ」

 おれたちはバギーに乗り込みながら、各自の銃や強化服を点検する。

 あんまりクスリが回りすぎると注意力が散漫になって危ないからな。こういう点検はできるだけ早い時期にやっておくんだ。

 おれたちはクスリをキメながら、バギーを西へと走らせた。

 そこで適当なショッピングモールへバギーごと乗り込み、そこにたむろしていたゾンビどもを片っ端から潰していった。

 パワーガンや強化服を使って、片っ端からプチプチと。

 もちろん、たかだかゾンビ程度、そんな道具を使わずとも素手でも十分潰せるさ。

 だけどやはり、効率ってもんがある。


 やつら、ゾンビの実物は、大昔の映画とはかなり違っていた。

 昔の映画とは違う点。その一。

 やつらはそう、どちらかというと乾いている。骨が折れ、砕けるときの音も。

 やつらの骨は脆い。おれの腕がサーボ音を残してぶんと一閃すれば、それでももう終わり。

 ポッキリパッキリ折れて、あうあう訳の分からない音をだしてその場にうずくまる。

 昔の映画とは違う点。その二。

 やつらの中にも痛覚や恐怖心、判断力が残っている者が居る。

 おれたちがやつらを始末しようと近寄っていくと、のろのろとした動作で逃げようとする。

 もちろん、そんな逃走をむざむざ許すほど、おれたちも間抜けではないが。


 おれたちは逃げまどうゾンビどもを蹴散らし、潰し潰し潰し潰し潰し潰し潰し潰し潰し潰し潰し潰し潰し潰し続けた。

 ふう。


「最近、人間と区別がつかないゾンビが増えてきたと思わないか?」

 帰り道に、バギーの運転席でリョウタがそんなことをいいだした。

「そうか?」

 おれはクスリをキメながら、適当に相づちを打っておく。

「そうさ」

 リョウタは頷いた。

「今日潰したゾンビにしたって、そのすべてが本当にゾンビだったのかどうか、おれは疑っているんだ」

「はは。

 なんだ、そりゃ」

 おれは、力が抜けた笑い声をあげる。

 おれたちが普通の人間とゾンビを見間違えるわけがない。

「ゾンビって、ひと目で見抜けるだろう。

 あんなのろのろとしか動けないもの……」

 動きからして、人間とはまるで違う。

 それに……。

「おれたちが大量殺人犯だとすれば、とうの昔に警察に捕まってるさ」

 今日だって、白日のショッピングセンターであれだけ暴れてきたっていうのにおれたちを捕まえようとしてきたやつはいなかった。

 それどころか、周囲に居合わせたやつらもおれたちを遠巻きにするだけで、誰も近寄ってこようとはしなかった。

 俺たちから逃げようとするやつもいなかった。

 危機意識の欠如は、ゾンビの大きな特徴といえる。

 普通の人間ならおれたちのようなやつらが近くで暴れ出したら、危害を加えられる前に慌てて逃げ出そうとする。

 しかし、ゾンビは違う。人間とは違って、物音に対する反応が極端に鈍い。

 パニックさえ、起こらない。

 おれたちが追いつき、潰しにいくまで大人しく待っていてくれる。

「そう、それなんだよ!」

 リョウタは唐突に大声をあげた。

「お前、最近、警官を見たことがあるか?

 いや、警官だけではない。

 おれたちとゾンビ以外の生きた人間に!」

 おれはリョウタがいうことを笑い飛ばそうとして……その途中で、凍っちまった。

 そういえば……おれたち以外の人間に最後にあったのって、いつだっけ?


 ねぐらに着くと、トマオは拘束して連れ帰った女のゾンビを肩に抱え、そのままベッドのある部屋へと直行した。

 女のゾンビには猿轡がかましてあり、手足も縛っている。それに、そのゾンビは、あくまでゾンビにしては、という但し書きはつくも程度ではあるものの、それなりに整った外見をしていた。

 そうしたゾンビを生け捕りにして……というのもおかしいか。

 ゾンビの生け捕り。はは。

 なんといってもやつらは、すでに死んでいるんだからな。

 とにかく、そうして捕まえて来たゾンビをさんざん犯してからバラバラにするのが、最近のトマオのお気に入りの遊びなんだ。

 この遊びに対して、ミシマはトマオに何度も「止めろ」といっていた。

 トマオの趣味が悪いから、ではなく、ねぐらにゾンビを連れ込んでそこでばらすとなると、どうしたって室内に地肉が付着して汚れるからだ。

 おれもトマオに誘われて、一度だけゾンビをやったことがある。

 反応はほとんどないし、あそこは濡れないしで、あんまりいいもんじゃないかった。

 だからたった一度だけつき合って、それ以降はまったくやっていない。

 正直、トマオは悪趣味だとは思うのだが、おれは他人の趣味に口出しをする趣味はなかった。


「……そういや、最近、おれたち以外の人間、見てないな」

 それからしばらくして、おれはそんなことを呟く。

「そうだったけか?」

 クスリをキメながら、ヨウジがぼんやりと答えてくれた。

「そういや……そうかもな。

 いれてみれば、おれ、もうかなり女とやってないし……。

 あれ?

 おれ、最後に女とやったの……いつのことだっけか?」

「知らねーよ!」

 ミシマが吐き捨てるようにいった。

「案外、おれたち以外の人間はとうの昔に絶滅してて、今はゾンビとおれたちしか残っていなかったりして」

 トマオはそんなことをいって、ゲタゲタと笑い出す。

 クスリが回ってんな、こいつ。

「そりゃねーよ」

 おれは苦笑いを浮かべながらいった。

「この世にゾンビしかいなかったとしたら、どうして水道とか電気とか、そういうインフラが維持されているんだよ」

「だけどよ……」

 ヨウジがなにか考え込む顔つきになる。

「……最後におれたち以外の人間に会ったのって、いつだった?」

「気がつかないうちに、おれたち、ゾンビだと思いこんで人間を殺していたりして!」

 そういって、トマオはまたゲタゲタと笑い出した。


「たとえば、あいつ。

 ゾンビか人間か、賭けてみるか?」

 あるとき、バギーから通りすがりにやつにパワーガンの銃口をむけながら、ミシマがいった。

「始末をしてみて、おれが警官にパクられれば人間、パクられなければゾンビだ」

 そのときのミシマは、据わった目つきをしていた。

 ミシマが銃口でしました相手は、歩道をのろのろとした仕草で歩いている。

 外から見ただけでは、ゾンビか人間か、容易に判断はできなかった。

 そのどちらであっても、おかしくはない。

 脅かして、反応をみればすぐに判別できるのだが……。

「おいおい。

 やめとけよ」

 ヨウジはミシマのパワーガンに手をかけて、それをとりあげようとした。

「いいから黙ってみてろって!」

 唐突に怒った声をあげて、ミシマはヨウジの手を振り払い、そのまま無造作にパワーガンの引き金を引いた。

 撃たれたやつは、そのまま上半身を炭化して、残った下半身が歩道の上に転がる。

 市街地だったので、すぐにポリスロボが数体駆けつけて、そいつの残骸を取り囲んだ。

 そして、五分もかからずにその残骸を収納して、どこかへ去っていく。

 歩道は、すぐにいつもと変わらない常態を取り戻した。

「……どうやら、ゾンビだったようだな」

 その様子をバギーのシートで観察していたミシマは、どこか詰まらなそう顔をして、そんな結論を述べた。


 基本的に、おれたちの毎日は単調だ。

 クスリ、睡眠、ゾンビ狩り。

 それ以外にやることがない。

 ゾンビを狩ると、なぜかおれたちの口座に政府から金が振り込まれていた。

 決して高額なわけではなく、それどころか、何百、何千というゾンビを潰した末、ようやくまとまった金額になる程度の、そんなはした金ではあったが……そいつで、おれたちはクスリや狩りに必要なものを買っている。

 なぜ政府がはした金とはいえ、ゾンビに賞金を掛けているのか、おれたちは知らない。

 知りたいとも思わない。

 おそらく、ゾンビが増えすぎたせいなんだろうな、と、おれはぼんやりと考える。

 なにしろゾンビは、いくらでもいる。

 毎日、山ほど狩っていても、狩り尽くすということがない。

 おれたちも、もうかなり長いことこのゾンビ狩りを続けているわけだが、それでゾンビの数が減った、という感触がまるでしない。

 狩っても狩っても狩っても、新しいゾンビは、次から次へと出てくる。


 ……あれ?

 おれたち、いったいいつからゾンビ狩りをやっていたんだっけ?


 ある時期から、妙に素早いゾンビが出るようになっていた。

 それまでのゾンビとは違い、こちらが潰しにいくまで大人しく待っているということがなく、おれたちの姿をみると逃げていく。

 そんなゾンビが、ぼちぼちと現れるようになった。

「あれ、人間なんじゃないか?」

 ヨウジはそんなことをいった。

「仮にゾンビだったとしても、もっと楽に狩れるゾンビが他にいくらでもいるんだから、そっちにまで手を出すことはねーだろう」

 トマオの意見は、意外に合理的だった。

「そうだな。

 しばらく、放置しておこう」

 ミシマが、もっともらしく頷く。

 それで、そのゾンビの話題は終わりとなった。


 それからも、おれたちは毎日何千、何万というゾンビを刈り続け、強化服を血に染めてねぐらに帰る日々を過ごした。

 それがおれたちの日常だったし、他の暮らし方を知らないのだから仕方がない。

「本当に、おれたち以外の人間って、どこにいっちゃったんだろうな」

 あるとき、ヨウジがそんなことを呟く。

「また、そのはなしか」

 ミシマは、露骨に顔をしかめた。

「どこかには、いるんだろろうよ。

 通販を申し込めば、ちゃんと食料とかは届くんだし……」

「届けるのは、いつもロボットじゃないか」

 そういって、トマオはゲタゲタと笑い出した。

「人間なんかいなくても、システムさえ生きてれば通販くらいは勝手に動くだろう」

 トマオがそういうと、おれたちは気まずくなってお互いの顔を見合わせる。

 なんとなく、思いついていたが、あえて誰も口にしなかった可能性だったからだ。

「……おれ、寝るわ」

 しばらく気まずい心も苦があたりを支配したあと、ミシマはそういって自分の部屋に引きあげた。

 おれたちも、それに続いた。


 ある日、おれたちと同じように強化服とパワーガンで武装した一団と遭遇した。

「なあ、あんたらも、ゾンビ狩りなのか?」

 バギーから降りずに、おれはそう声をかける。

 相手の男は、おれが声をかけると一瞬驚いた顔になった。

 まるで、おれが言葉をしゃべるとは思わなかった、とでもいうように。

 それから、

「ゾンビ狩り?」

 と、ようやくおれの言葉に反応する。

「おい、聞いたか?

 ゾンビ狩り! ゾンビ狩りだってよ!」

 その男は、同行していた仲間たちにそんなことをいって、笑い声をあげる。

「こいつは傑作だ。

 ゾンビか。

 そうか、ゾンビ狩りなのか」

 その男と仲間たちはひとしきり笑ったあと、不意に真顔になっておれたちに銃口をむける。

「狩られるのはお前たちだ!」

 その言葉が終わる前に、トマオが反応した。

 おそらく、なにも考えずに、反射的に引き金を引いたんだと思う。

 さっきまで大笑いをしていた男は、その瞬間に消し炭になった。

 そして、銃撃戦がはじまり、すぐに終わった。

 至近距離でパワーガンを撃ち合ったら、両方とも無事で済むわけがない。

 完全な、相打ちだった。


 幸か不幸か、おれは早めに下半身を吹き飛ばされて地面に転がったので、他の仲間たちよりは少しばかり長生きをすることになった。強化服から自動的に強力な麻酔薬が体内に打ち込まれたので、痛みは感じない。

 地面に転がったまま、おれは仲間がひとりひとり、黒こげになる様を観察する。

 ああ、なんだってこんなことになったんだろうな……。

「なんだって、だって?」

 おれと同じように死に損なったやつが、おれの疑問に答えてくれる。

 そして、いかにもおかしそうにくすくすと笑い出した。

「お前らが派手にやりすぎたから、おれたちに討伐命令がくだったんじゃねーか!」

 そういって、その男はまた笑い声をあげた。

「あんたらがゾンビといっていたやつらはな、なんの罪もない人間だったんだよ!」

「人間だって?」

 おれは叫び返した。

「おれたちはゾンビを倒して政府から賞金を貰っていたんだぞ!」

「もはや、政府にとっては人間は邪魔者なんだよ!」

 その男は、おれに怒鳴り返す。

「なにかと理由をつけては、お互いに殺し合わそうと仕組んでいる!」

「どうしてそんなことを!」

「政府は、いや、社会システム全体が、すでに人間を必要としていないんだ!

 むしろ、人間は無駄に負担をかけるだけの存在になっている!

 社会の主役は、とうの昔に機械知性になっているんだ!

 おれたち人間は、やつらに寄生するだけの邪魔者なんだよ!

 お前らは、やつらの代わりに害虫駆除をやっていただけの存在だ!」

「……それじゃあ……それじゃあ……」

 おれは動揺して、しばらく言葉を出せなかった。

「おれたちは……お前たちは、なんでおれたちを殺しに来たんだ?」

「おおかた、お前らがノルマを達成したからじゃあないのか?」

 そういって、その男は皺だらけの顔を歪めた。

「あるいは、おれたちと一緒に始末をつけたかったのかも知れない。

 実際、共倒れになっているし……」

 おれはしばらく絶句した。

 その男の顔は、今までおれたちが潰してきたゾンビとそっくりだった。

「しかし、ゾンビか。ゾンビ、ねえ」

 その男は、笑いながらそんなことをいい出す。

「確かに、ゾンビかも知れないな。

 今の時代に、まだ生き残っている人間というのは。

 知っているかい?

 今、生き残っている人間の平均寿命って?

 百八十二歳。

 大昔は八十歳を超えたくらいでもかなり長寿だったってことだが……。

 新生児だっては、もう何十年も生まれていやしない。

 仮に機械知性がいなかったとしても、おれたち人間はとうの昔にゾンビになっていたのかも知れないな」

「おれたちが……ゾンビ?」

 おれは、呆然と呟いた。

「そうだ」

 その男は頷く。

「ゾンビであるあんたらが、ゾンビ狩りをやっていたんだ」

「……は」

 おれは、笑った。

「ははははははは……」

 いつまでも、笑い声をあげた。

 ふと気づくと、男の強化服の表面に、おれ自身の顔が映り込んでいる。

 深く刻まれた皺、ほとんどない毛髪。シミだらけの皮膚。

 おれ自身の顔は、おれが今までに見たどんなゾンビよりもゾンビらしかった。


「知らなかったぜ。

 おれたちはずっと、地獄にいたんだな」

 しばらく笑い声をあげたあと、そういって、おれの意識は徐々に薄れていった。

 それが、おそらくおれの最後の言葉になったのだろう。

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