第3話

『キリエ』

 誰かに名前を呼ばれた気がして意識を向ける。

声は何度もキリエの名前を呼び続け、次第に涙を堪えたような震えが混じり始めた。

どうにかして慰めてやりたいのに居場所が分からない。

「どこ?」

 辺りを見回してみて初めて身体が動かないことにキリエは気づく。

 探したい気持ちはあるのに視界だけしか認識できない状態なのだ。

 何が起こっているのか分からないままただ声だけが永遠と響く。

 じれったい思いで聞き続けている声が突然低く変わる。大人の男性の声なのに子供のように叫ぶ声に心が痛む。

「そばに行ってあげたい」

 招待不明の声の主に感情が動かされた瞬間、ぷつりと声が途切れる。

 視界も真っ暗になり混乱したキリエは目を開けようと必死に試みた。



 明るい日差しの中、キリエは目を覚ました。

 視界に飛び込んできたのは見慣れた緑の森と、英気を養う水の湧き出す泉だった。

「眠っていただけか」

 いつもの目覚めと同じ感覚に夢を見ていただけだったらしい。

 夢の中で呼ばれていた声音も今は忘れてしまっている。

 よく眠っていたようでそろそろ起きようとして夢のように身体が動かないことに驚き、確認して状況を把握した。

 淡く輝く緑色の鱗は錆びたように光沢がない。まるで火傷を負った後の自然治癒中のようだ。

「火傷、確か」

 やっと今の状況が理解できた。

 あの時、ユーグを探していて火山の噴火に巻き込まれたのだ。

 目の前が真っ赤に染まり、強烈な痛みを感じてからの記憶はない。

 ただ誰かが怪我をしたキリエをここまで運び、治療を施したということだろう。

「ユーグ」

 見つけることが出来ないまま住処へと帰ってきてしまった。

 あれから何日経っているのだろうか。

 不安に思いながら顔を上げると、そこには探していたユーグが立っていた。

「ユーグ!」

 慌てて名前を呼んで駆け寄りたくても人型どころか動くことすら出来ない。

「キリエ、ごめん。もう会わない。本当に迷惑掛けてごめん」

「ユーグ!」

 今にも泣きそうな顔が夢の中で呼び続けていた声と被る。

 そのまま居なくなってしまったユーグを追いたくて必死に身体に力を入れる。途中で誰かが止めに入ったような気がしたが、構っていられない。

 今、逃してしまったら一生ユーグとは会えない予感がしたのだ。

「ユーグ、待って」

 騒然となる中、キリエに無理をさせたくないと降参した仲間がユーグを無理やり連れて戻ってくる。

「話がある、ユーグと二人にして」

 泉の淵に立ちながらも視線を合わせようとしないユーグにキリエは溜息をつきながら水の中に戻り目配せで周りにいたドラゴンを遠ざけ、やっと話ができるとほっとする。

「ユーグ、元気?」

「元気」

 声がどう見ても覇気がない。

 いつもの強さが微塵も感じられない様子にキリエも対応に困ってしまう。

「俺のせいだ。俺はキリエを試して怪我をさせた。俺が居なくなったらキリエがどう出るか確かめてみたくて」

「それでいきなり消えたのか」

 会話をしている間もユーグとは視線が合わない。

 言葉とは裏腹に元気のないユーグを見て、まだ産まれてから五年しか経っていないことを思い出した。

 見た目は大人でも中身はまだまだ子供だ。

 好きだという感情もただ思った事を吐き出しているだけなのだろう。

「キリエを失うかと思った時はどう償えばいいのかと悩んだ。でも俺を追いかけてきてくれたと知った時は嬉しく思ってしまった。最低だよな」

 俯いたまま震えているユーグは泣くのを堪えているようだ。

 身体の成長と心の成長は比例しないのだと知った。

「ユーグ。もう少し一緒にいよう。まだ学ぶものはたくさんある」

「キリエ?」

 このまま別れたとしてもユーグは自責の念に囚われながら生きていくだろう。

 キリエが怪我をしたのは自分の不注意が原因でもある。

 だからこそ立派な男に育てる為にもキリエが頑張らなければと考えていた。

「キリエ」

「やっと目が合ったな」

 案の定、ユーグの目が赤い。

 キリエは人型になれるようにまで回復した時、ユーグの気持ちを少しは考えてみようという心の変化を感じていた。

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火属性ドラゴンと水属性ドラゴン 春野なお @naoayako

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