Case18 神聖医療

「次の方、どうぞ」

「どうも、こんにちは、よろしくお願いします」

「はい、マチルダ・ウェストさんですね。本日はどうしましたか?」

「いえ、左腕にですね、なにやら人の目みたいなものができまして」

「拝見してよろしいですか」

「はい」

「ほう、なるほど、確かにこれは目だ。魚の目みたいなものかと思ったら、睫毛もあるし瞬きもする、しかもこちらを認識しているようじゃないですか」

「そうなんです、気色が悪くて。潰してもいいけど何らかの弊害がありそうで」

「そうですね、ばい菌が入ったりするといけないので、下手に手を出さなかったのは賢明だったかと」

「これはいったい何が原因なのですか、先生?」

「これはですね、ローギルへの信仰心が極端に低いと出現するものですね。いわゆる神罰のひとつです。神からの監視の意味があるわけです」

「信仰ですって? 確かにわたしはそういうのが一切なく、近所の集会とかに誘われてもすべて断っていました」

「なるほど、それは良くない」

「しかし、信仰っていうのは個人の自由ではないのですか?」

「もちろん、そうです。しかし、現にこうして信仰心が低いゆえのデメリットがあるわけではないですか。自由というならば、それを受けることも含めての自由なわけです」

「はあ」

「ひとまず今これを除去することはできますが、その後に再発を防ごうと思ったら、あなたがローギルを信奉することが必要になってきますね、ウェストさん」

「うーん、まあそれはあとで考えるとして、今は除去というのをやってもらいたいのですが。手術で切除するのですか?」

「いえ、神聖医療によって消去します。つまり神変の一種ですね」

「神変ですか、それって保険は効くんですか?」

「もちろんです、ご安心を。ただ、あなたの信仰心を少々高めないと有効に働かないので」

「そうですか、今すぐにですか?」

「ええ、すぐにやっていただくのが望ましいですね。そうでないと、目だけでなく口や耳もできる恐れがあるので」

「そんな福笑いみたいになったら困りますね、分かりました」

「じゃあひとまず現在の信仰値を観測しますので……おや、これは困った」

「どうしたのですか?」

「信仰が七しかないではありませんか、予想より低いですな」

「七ですか、それは何点満点中?」

「五千です」

「うーん、五千点中七点とは、我ながら低い」

「何か理由がおありですかな?」

「いえ、何かあるというわけではないのですが、強いて言うと、ローギルとか、なんか嘘っぽいという点でしょうか」

「嘘ということはありませんよ、現に我が王国じゅうで毎日、神変を用いてイドラ界よりの異変が浄化されているではありませんか」

「確かに、しかしそれはインフラとしての認識で、神っていうのはどうもなんか、うーん、なんか」

「それは困りましたな。しかたありません、薬物で信仰心を上昇させることもできますが、そうしますか?」

「え? 薬物? そんなのがあるんですか。じゃあそれでお願いしますよ」

「できることならあなた自身に、信仰心に目覚めていただくのが一番いいのですが。この薬を飲んでください」

「はい……飲みました。特に変化はなさそうですが」

「いえ、即効性ですのでもう効き始めていますよ。ほら、信仰値もすでに二千を超えました」

「そんなに急に? しかし特に変わったことも……うわ!?」

「どうしました?」

「先生、そこにいる人は誰ですか!?」

「どこですか?」

「先生の後ろにいる、昔の騎士みたいな人です」

「ああ、幻視が見えるようになりましたか。ひょっとして、赤い鎧を着ている、背中に羽が生えた人ですか?」

「そうです」

「それは〈戦士〉の相です」

「相?」

「ローギルとは多数の顔を持つ神、人それぞれで見える形が違うのですよ」

「しかしこんなにはっきり見えるとは……え? 何か話しかけてきました」

「ほう、何を言っていますか」

「目の前の男を殺して心臓を抉り出せと言っています」

「それはまた過激派ですね。一時的に薬物で信仰が高まっているとはいえ、恐らくウェストさんには潜在的に高い信仰心があったものと思われますね」

「そうですか? ……あ、もう一人別の人が出現したんですが」

「それもまたローギルの相でしょう。どんな人です?」

「これもまた鎧を着た厳つい人ですが、真っ黒です。手には槍を持っています」

「うーむ、それは病院には似つかわしくない……いえ、ある意味相応しい神ですな」

「これは一体?」

「それは恐らく〈冥王〉の相、死と暗闇を司るローギルです」

「それはなんとも不吉な……え?」

「どうしたのですか」

「その人が、お前は死ぬと言っています」

「何ですって?」

「あと五分で死ぬと……それを避けるためには眼前の男を殺すしかないと」

「さっきからなぜ私を殺そうとしているのですか、ウェストさん」

「いえ、わたしがそうしようとしてるのではなく、神々が言っているだけでして。しかし二柱から同時に言われると迷いますね」

「それは困る。私が死んだらあなたの治療はできなくなりますよ」

「しかしわたしが死んだら治療もへちまもなくなるではないですか」

「おっしゃるとおりですが……」

「……え? それは本当ですか。なるほど……」

「今度は何です?」

「目の前の男は殺さなくてもいいから、市庁舎を爆破しろとの命令が下されました」

「それは駄目ですね、幻影が言うことを信じるのですか、ウェストさん」

「ええ、何だか自覚できてきた、わたしは信仰心に目覚めたのです。市庁舎を爆破しようかと思います」

「ああ、なんてことだ。この女を捕まえろ!」

 しかしマチルダ・ウェストは警備員が駆けつけるより早く、窓を割って外へ飛び出した。

 結論から言うと彼女は市庁舎を爆破する前に、警官隊に射殺された。この事件が切欠で、薬物投与による信仰心の増大は禁止された。

 ところが、この一件のあと、神の幻影を見る者が続出し、彼らは「そうしないと死ぬと言われたので」人を殺傷したり建物を爆破したり、あるいは自害したりし始めた。

 そんなことをしても何にもならないという識者の声にも耳を貸さず、大暴れする信徒たちはやがて定着し、この領域のニューノールではごく一般的、日常的な光景へとなっていき、そのうち誰も気にしなくなった。天気の話をするみたいに、この前隣の奥さんがマンションを五棟ぶっ飛ばしたらしいよ、とか、うちのクラスの女子が十二人まとめて自害したわ、とかいう会話がなされるようになった。都市全体が信仰に目覚めた結果と言えなくもないので、ある意味良いことなのかもしれなかった。

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