Case13 例外的存在

「エヴァ、中心点を特定したぞ! 三件先の廃墟にドラム缶があるから三回蹴ってからアダマントだ! それであのしりとりし続ける五人は消滅だ! その間あたしはあの蛸野郎を殺害する!」

「レイ、そこには誰もいないよ」

 指摘するが、しかし相棒は虚空に剣を振りかざしている。

 実際に被害者がいないので放っておいていいだろうと、エヴァは廃墟に入ってドラム缶を蹴り、無造作にアダマントを差し込んだ。表に出て行くと一週間しりとりし続けていた男達は煙になっていた。

 レイは適合率こそ低く、感知後の奇行はなくならなかったが、中心点の特定と処理方法の正確さは維持できていたので、今のところ不満はなかった。

 支部へ帰るとプリンス大隊長がいて、オーガストに説教していた。修復専門の特務官アイヴォリーが、一日に二階も街と人々を修復したことに対して、長ったるい愚痴を振りまいていたという。このままだと彼がやめかねず、そうなったらどう責任を取るのか? 一個人がこんな無茶しまくって、いずれは街がぶち壊れるたびに再生し何事もなかった顔をするという、我が国伝統のやり方が立ち行かなくなるではないの? と眉間の皺を深くして語るが当のオーガストは、「いや、大丈夫です」の一点張り。「大丈夫かそうでないかは、あなたが決めることではないでしょう!」と激怒する大隊長だが、オーガストは相変わらず「大丈夫です。本当に。大隊長ともあろう方がそんな心配性だなんて臍が茶を沸かしますね」などと言い、抜刀しかける上司をラドクリフ隊長がなんとか止めようとして、矛先を向けられるはめになった。

「あんたが部下の管理ができないせいで、わたくしがさんざ無能のレッテルを貼られてるのよ!」

「人生は思うようにいかないって分かってたことでしょう、それでも俺よりは思い通りにいってますがね。俺だって被害者だ。二度もばかでかい剣でミンチにされたんだから」

「二度目はオレのせいじゃなくあの馬鹿ガキのせいですよ。百叩きくらいしたんですよね? いずれにしても元通りなんだから水に流すってのはどうです? そしてもう帰っていいですか? 無論いいですよね」暢気に二人にそう言うオーガスト。これに対しさらにプリンス大隊長は激昂し、近所の人が見に来るくらいの騒ぎになった。レイは気づいたら既に退散していた。


 オーガストが逃げるように帰ったあと、大隊長は本題だと言って、エヴァの固有イドラが解明されたと説明する。

「今回の件でエヴァ・ライム、あなた一人だけが、あの病院において無傷だったのはやはりイドラが発現したためだと確定したわ」

「そうですか」

「医療局に、再生のついでに解析をお願いしていたのだけれど、あなたに宿るイドラは極めて強力なものよ。特務官就任も可能なくらいに」

「特務官は大変そうなのでいいです、この勤務地が近くていいし」

「余裕の発言だな」ラドクリフ隊長が揶揄するように言った。「特務官就任可能な才能というのがどういうものか分かっていないのか? 今後恐らく食い扶持に困らないだろうな。その才能だけで大隊長や総長就任というやつもいるくらいだ……ああ、プリンス大隊長のことではありませんよ。あなたは実直さで上り詰めたのだから」

「簡単に説明すると」大隊長は発言を無視して続ける。「『例外』になる力よ」

「例外?」

「そう。例えば、七キロの剣で誰もが死ぬ破壊がもたらされても、あなただけ『例外』で傷ひとつ負わなかったのよ。同じように、誰も傷つけることができない存在に対しても、あなただけ『例外』で破壊することができるでしょう」

「すごいですね」エヴァは淡々と言う。

「ただ、今はまだコントロールできていないようね。訓練が必要だわ」

「訓練って何をすればいいんですか?」

「さあ。あなたのイドラなんだから、あなたが考えなさい」

「なんだか面倒そうですね」

「なんですって?」

「あ、いえ、まあ徐々に使えるようになっていきたいかと思います」

「こんな場末の支部にはもったいない力だわ。気が変わったら特務官昇進試験を受けるといいわ。ここから脱出できるのよ」

「俺も今すぐ脱出したいですね」隊長が真剣な口調で言った。

「そうしたかったらあなたも強力な力に目覚めなさい」

「そうしたいところですが予想通りにはいかないのが俺の人生で」

「なら部下の行動にはちゃんと目を光らせていなさい」

「ああ、かしこまりました、じゃあそろそろお帰りの時間ではありませんかね?」

「ええ、そうね、御機嫌よう」

「あと五年は来なくても大丈夫ですね」

 大隊長は舌打ちをして支部を出て行った。


 そのあとウォルターとトリアが帰ってきたが、二人は何か赤黒い液体に塗れていて臭かったので、隊長が「早く帰れ」と言って報告もそこそこに追い出した。それから昼勤のルカ・サマーズがやたら早めにやって来た。彼は聖堂街に住んでいるのだが、今日なにか祭りがあって混雑が予想されたので、一時間ほど早く来たそうだ。

 床屋に行くのが嫌いらしく、髪の毛のボリュームはかなり多い。その上髪を掻き毟る癖があり、たびたび隊長によって槍玉に挙げられていた。

「おいルカ、そろそろ髪を切りやがれ。床がお前の髪だらけだぞ」

「なんでぼくのだって断言できるんだ? エヴァも金髪だしノエルだって長いじゃないか」

「エヴァはもっと色が薄いしノエルはここまで長くないんだよ」拾った長い毛を見せながら隊長は言う。「そんなんで就職できると思ってるのか?」

「髪型自由なところに行くよ」

「髪型以上にお前は性格が自由すぎて、どんな寛容な企業もそれを許すとは思えないぞ。最近は対抗馬が一人入ったけどな」

「オーガストとぼくを一緒にしないで欲しいな。それにレイや夜勤のアリスも、さまざまな暴挙に出ているじゃないか。ぼくはまともなほうだよ」

「自己弁護は結構だが俺はそろそろ飯を食いに行く。部下に恵まれない男は悲惨だな」

 隊長が出て行ったあと、エヴァはルカと雑談をした。彼は最近、休日にプラモデルを作るのが気に入ってるという話をした。普通の民家とか、寺院のやつだ。

「私も家にはんだごてとかニブラがあるから、金属を加工したりするよ」エヴァが言った。

「金属をどう加工するんだい」

「穴を開けたり、基盤をはんだ付けしたり」

「なんのために?」

「思うがままに」

「現代アートみたいだな。でも、それは楽しそうだ。ぼくもプラモデルをたまに変な風に加工したくなることがあるんだ。立派な寺を奇抜な色に塗ったりとか」

「この前中央墓地の全部の墓石が蛍光ピンクに染まったみたいに?」

「ああ、ウォルター達が片付けた怪異か。あそこまでどぎつい感じにはしたくないけどね」

 そのうちルカの相棒の、ジェイソン・ドリンクウォーターがやって来た。口数の多いルカとは反対に寡黙な男で、背は高く、目つきは鋭く、昔の騎士みたいな雰囲気があった。トリアと同じく腕利きの感知係だ。かつてはルカが感知を行っていたが、彼は副作用でものすごくやる気がなくなり、しかも中心点の位置すら察知できないことも多かった。そこで誰か代わりを探そうということになって、相棒を調べた結果、ルカよりもずっと感知能力が高いことが分かり、今に至る。

「ジェイス、新しく入ったオーガストってやつの話聞いた? ノエルの相棒の。街を二回もぶち壊したって」

「ああ……聞いたよ」ジェイスはルカの隣に腰掛けて答える。「無茶なやつだな」

「さっきプリンス大隊長が来てお説教してたってさ。面接の段階で把握できないものかな、そういうヤバいやつだって。レイとエヴァも巻き込まれたんでしょ? 災難だね。隊長もバラバラにされたって」

「私は大丈夫だったよ」

 エヴァは大隊長から聞いた、自らの固有イドラの話をした。自分でもよく把握できていないのでかなり大雑把に。

「話を聞く限り相当すごい力に思えるね。ジェイスもそう思わない?」

「ああ、最強に思えるな」

「大げさだよ。まだうまく使えないし」そういいつつエヴァは、ジェイスが言った「最強」という言葉を反芻した。確かにうまく使えればあらゆるイドラを除去できるだろうし、どんな怪異にも打ち勝つことができる。しかし熟達するにはどうすればいいのかまったく分からない。使うべきときが来れば、自分の中の異世界の断片が、うまく発動してくれるのだろうか。

「まあ気楽にいくべきだよ。いろいろなことを気にしないで生きるのがベストだとぼくは思うんだ。うちの隊長みたいに気にしすぎると、がみがみ怒るようなつまらない大人ができあがってしまうんだ。まだエヴァは若いんだから、気楽に行けばいいと思う」

「誰がつまらない大人なんだ」ルカに言いながら、入り口からラドクリフ隊長が入ってきた。「お前がつまらないミスや奇怪な行動を取らない限り、俺は何も言うつもりがないんだがな」

「ああ、隊長。飯はうまい具合にいきましたか? たぶんいってないと思うけど」

「さすがの慧眼だな。そろそろ仕事を始めろ。ジェイス、今日の最初の任務の資料だ」

 ルカをあまり信用していないために、隊長は毎回ジェイスにだけブリーフィングを行っていた。

「……ってふうに、その区域にだけ魚が降ってくるわけだ。これが新鮮なものだったら晩飯のおかずになって喜ぶべきことだが、毎度だいぶ痛んでるそうだから早急な浄化が必要だな。取り掛かってくれ」

「了解」

 二人が出て行くころ、ほかの夕勤の面子も集まってきた。支部は狭いので長居も邪魔だろうと、エヴァも帰ることにした。

 ルカが言っていた通り、聖堂街へ向かう道は封鎖されていた。道の先では人が溢れ、音楽が聞こえる。大きな神輿みたいなものも見えたが、混雑がひどく行く気にはならなかった。

 家に帰る途中スーパーへ寄ると、卵の特売をやっていて、お一人様一パックまで、ということだった。

 ふと、思いついてエヴァは買い物籠に二つの卵パックを入れ、隣にいたおばさんに、

「すみません、私だけ例外で二つ買えますよね?」と尋ねてみた。

「ええ、もちろんよ。あなたは例外的に二つ買えるわよ」と、おばさんは当然のように答えた。

 レジに行って買うときにも、「例外的に二つ買えますよね」と店員に聞いた。

「もちろんです」という答えが帰ってきて、エヴァは満足して帰路に着いた。

 しかし家に着く前に、デレキア警備隊の軍服を着た、サディスティックな感じの女性に話しかけられた。

「どーも、こんにちは。エヴァ・ライムさんね」

「はい、エヴァ・ライムです」

「あたくしは治安維持部の者なんですけど、あなたね、勤務外で固有イドラお使いになったわねぇ」

「あ、使いました」

「それちょっと困るのよね。最近目覚めたばかりでしょ? あなたラドクリフ隊長のところよね? 第二次ナイチンゲール崩壊で発現したと報告来てるわ、確かプリンス大隊長から説明あったと思うのだけど? 勤務外で使用しちゃいけないって言われなかったかしら? まああの人も適当だから言ってないかも知れないけれど」

「言われてないと思います」

「そう。じゃあだめよ、今回は初回だから注意で済ますけど、次回以降ペナルティ付くから。減給とか嫌でしょう、あなたも」

「たぶんだめだと思いますけど」一応エヴァは試そうと思った。「私だけ例外で許可されたり……」

「しないわねぇ」

「ですよね」

「……まあでも、多少手心を加えないこともないのよ、あたくしも鬼じゃないから」と、スーパーの袋と、中の卵パックをじろじろ見て、「ああ、そういえば買い物行かないと、あたくしも卵の特売に行こうと思ってたのよねぇ。でも今から行ってももう売り切れでしょうねぇ。誰か分けてくれないかしら」

 エヴァは黙って頷いて、卵を一パック差し出した。

 相手は笑顔で、「じゃあ次にプライベートで使っても、もしかするとまだ猶予があるかも知れないわねぇ。でもあまり無茶しちゃだめよ、秩序が乱れるのはよくないからねぇ。ちゃんと自制しないといけないわよねぇ……」

 ぶつぶつと言いながら警備兵の女性は帰って行った。エヴァは、そういえば調子に乗って二つ買ったけど、一人暮らしなのに卵が二パックあっても全部食べる前に痛んでしまうな、と反省し、むしろあの女性に対し親切ができたので良かった、と思いながら家に帰った。

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