1.依頼人は突然に(1)

 あれは丁度一年くらい前だったか。


 俺はあの日いつものように午前八時きっかりに自宅兼職場のソファで目を覚まし、いつものように寝覚めの安いインスタントコーヒーを淹れていた。

 そしてソファに戻り、泥水みてえなそいつをいつものようにずるずる啜っていると、


 ――コンコン、コン


 いつもは聞こえねえ音がしたんだ。

 空耳か? そう思って初めは無視してたんだが、その音は次第に大きくなり、終いには、


 ――ダン! ダン! ドガッ!


 ポルターガイストも真っ青な激しさになりやがった。

「朝っぱらからなんなんだ一体」

 流石に寝起きの頭も冴えてきた俺は考えた。

 この感じは借金取りか。いや、今は追い込みをかけられる程の額は借りてねえはずだ。ひょっとすると、以前請け負った何かの依頼で逆恨みした馬鹿かも知れねえ。

 いずれにせよ、ガツンと言ってやりゃあ収まるだろ。口で言って駄目でも……まあ何とかなるだろう。

 俺は内ポケットにあるの重みを確かめると、腕や首を回しながら立ち上がった。そして、音の発生源である職場の玄関口を勢い良く開けたんだ。

「いい加減うるせ……うおっ!」

「ひゃっ!」

 その瞬間、小さな衝撃とともに何かが胸に飛び込んできやがった。

 銃や刃物、催涙スプレー、どんな奇襲にも対応できるよう十分備えていたつもりだったが、完全に不覚を取られちまった。というのも。

 俺の目の前でうずくまっていたのが、制服に身を包んだ女子高生だったからだ。

「いたた……」

 顔面を俺の胸板にしたたか打ち付けたせいか、そいつは涙目で鼻を抑えていた。

「何だ、お前」

 はっとした表情でそいつは俺を見た。

「おじさん、ここの人?」

「そうだが。あとな」

「頼みたい仕事があるの」

 俺の言葉が終わらぬうちにそいつは言った。

 真剣な顔をしているつもりのようだが、鼻が真っ赤だった。やれやれ。

「あのなあ、ここはガキの来るところじゃねえんだよ」

 諭すようにゆっくり言うと、そいつはスクールバッグに手を突っ込みごぞごぞやりだした。

「お金ならあるわ」

 そして俺に向かって、やけに厚みのある封筒を差し出した。

「か、金の問題じゃ……」

 言いながらも封筒をひったくると、俺はそれを数えた。一、五、十……。

「話は中で聞こう。冷たい飲み物もあるぞ」


 ……とある土曜の朝八時半、俺はこうして運命の分かれ道ってやつを曲がっちまったんだ。

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