暁闇に星ふたつ:41



 髪の毛をふたつに分けて三つ編みにし、鈴のついたリボンで結んでもらって、ソキは上機嫌に星降城下へ歩き出した。よちよち、てしてし歩くたびにふたつ三つ編みが右に左にゆれ、鈴が涼しげな音を立てて揺れ動く。

 妖精はソキの手をぐっと繋いで隣を歩きながら、ついてくるロゼアを呆れ顔で振り返った。

「猫に鈴つけるんじゃないんだから……」

「鈴にする? お花にする? とは聞きましたよ」

 ただし、鈴がちりちりするの可愛いな、ソキにきっと似合うよ、との言葉つきである。花に対しての言葉は特になかった。ソキはどちらを選ぶのかは、誰でもすぐに分かるだろう。

 ちり、り、り、と鈴を鳴らしながらにこにこ歩くソキは、さして大きな音でもないので気にならないのだろう。久しぶりの、歩きでの外出に目をきらめかせ、しきりにあたりを見回していた。

「ねえ、ねえ、リボンちゃん? この間のね、天体観測のね、お祭りは、すごーいひとだったんですよ! 知ってる?」

「アンタ……あの人込みの中を歩いたの……?」

「ロゼアちゃんのだっこです」

 ふふん、とふんぞり返って自慢するソキに、妖精は真顔で安心したと呟き、頷いた。迷子になるか、誘拐されて売り飛ばされかねなかったからである。なにせ流星の夜は、一年で最も首都の人数が多くなる日。

 観光目的の者が大多数ではあるものの、不埒な輩が入り込むことを、妖精だって知っている。近年、各都市を静かに渡り歩いているとされる人売りの一団も、未だ捕まっていないと聞いていた。

 時折、その聞き取り調査でシディが各都市へ呼ばれている。旅途中、ロゼアがその一団に遭遇、売られかけたからである。案内妖精の報告会で、首謀者はロゼアの手により、焼死したとは聞いているが。

 残党は未だ、世界のどこかで逃げ延びている。

「ソキ。いい? ひとりでどこかにちょこちょこ行こうとするんじゃないのよ。分かった?」

「は・ぁ・いー!」

 今日はねぇソキねぇリボンちゃんと一緒に行きたいお店がいっぱいあってですね、と興奮した口調で次々並べていくソキは、眠っていたせいなのか、朝よりも元気に見えた。

 日が傾いてしまうまでは、時間にも余裕がある。疲れてきたら抱き上げさせればいいかと思い、妖精はロゼアの同行を受け入れてやった。

 ソキをひとりで歩かせるのは危ない、という気持ちは分からんでもないのだが。妖精が一緒なのである。対人でためらう可能性があるロゼアより、妖精の呪いの方が早くて的確で容赦ない以上、ソキは安全な筈だった。

 んしょ、んしょ、とちりちり音をさせながら商店の並ぶ一角へ辿り着き、ソキは興味深そうに忙しなく、目をぱちくりさせてあたりを見回した。

「あっ、リボンちゃんリボンちゃん! はちみつやさんがあるですうぅ!」

「アタシが今度採ってきてやるから買わないでもいいわよお前は! なにも言わず! 財布を出すな!」

 すぐさま買い与えようとするロゼアの足を踏み、妖精はまたいじわるしてるうううっ、とぴいぴい騒ぐソキに向き直った。

「ソキ。ロゼアに無駄遣いするなって言いなさい」

「んん? ロゼアちゃん? いーい? むだづかい、したらだめ。だめですよ?」

 わかったぁ、と問うソキに甘い笑みを浮かべ、ロゼアは分かったよ、と囁き返す。ちゃぁんと言ったですほめてほめて、とばかりふんぞり返るソキを適当な仕草で撫でてやりながら、妖精は胸を撫で下ろした。

 店先でソキがきゃっきゃはしゃぐたびに、ロゼアを蹴らなければいけないというのはとても面倒くさいからである。財布を奪えばよかったのだ、ということに妖精が気がつくのはすぐのことだった。

 ロゼアの中に、ソキに関して支払われる費用に対しての、無駄という概念は存在しない。そして恐らくソキの中にも、ロゼアが自分の為に使ってくれるお金が無駄に該当する、という意識がない。

 一緒に行きたいです、とねだられて訪れた手芸店。いいなぁこれいいなぁ、と棚の前でもじもじするだけで躊躇なく刺繍糸やら布地やら枠やらをロゼアが好きに買い込んでいくさまを見て、妖精は色々なものを諦めてやった。

 ソキに必要なものだから無駄とは違うです、ときょとんとした目で首を傾げられて、妖精はうんそうねはいはいそうねと頷いてやった。

 これで使った分の補充と新作も手に入ったです、と満足げにこくりと頷き、ソキは妖精がちょっと目を離した隙に、ロゼアの腕にじゃれついて引っ張った。

「ねえねえ、ロゼアちゃん? およふく! ソキねえ、リボンちゃんとおそろいのが欲しいです」

「うん、いいよ。どの店にしようか」

「よくないわよアタシの意見も聞きなさいよ……!」

 妖精がソキと同じ大きさになれるのは、年に一度。数日限りのことである。今年のそれも、今日と、明日くらいが限度だろう。必要な服は用意しているし、十分だからいらないの、と告げる妖精に、ソキはぷーっと頬を膨らませた。

「リボンちゃん? ソキ、おそろいを楽しみにしていたです」

「そうなの残念ね? でもね、ソキ。アンタが着るようなひらんひらんふんわふんわした服は、好きじゃないから着たくないの。諦めなさい」

 ええぇえっ、と衝撃的な声をあげるソキは、今日もレースがふんだんに使われたワンピースを身につけている。胸元や腰あたりはリボンできゅぅと絞られ、足元までを隠すスカートは品よく清楚で愛らしい。

 ソキにとても似合うと思うし、可愛いとも思うが、自分で着たいかと言われると首を横に振ることしかしたくない服だった。嫌いではないが、ここまでではなくていい。

「じゃあ、リボンちゃんがお好きなせくしぃなのにするぅ……!」

「やめなさいアンタが着ても似合わないというか大事故だから。ああ、もう……じゃあ、リボンにしましょう。それなら、アタシが元のおおきさに戻っても使えるでしょう?」

 そもそも、妖精が今の呼び名で定着したのは、迎えに行った時に腰周りに巻いていたリボンを、ソキが目に留めて気に入ったからだった。あの時は赤を使っていた筈だ。

 その時々の気分によって入れ替えているので、妖精の眠る場所には、結構な数のリボンがうずたかく積まれている。名案に目をきらめかせてそうするですと頷き、ソキはちょこりと首を傾げてみせた。

「リボンちゃんは、どうやってお金を稼いでいるです?」

「新入生を案内すると報奨金がでるの。星降の城の中に、妖精銀行あるのよ。知らない?」

 妖精が住まう国である性質上、星降の城は他国にない仕様で満ちている。

「案内役じゃない妖精は、手紙届けたり荷物届けたりして働いてるわよ。アンタだって郵便妖精から手紙受け取ったことあるでしょ? あれ」

「あるです! わぁ、妖精さんの、お仕事だったんですねぇ……!」

「妖精が働くなんて世も末よね……」

 魔術師相手にしか運べないし、そう毎日発生することでもないので、そこそこの稼ぎにしかないらしい。ひとの世のものに興味がない妖精もいるので、誰もが働いて金銭を稼いでいる訳でもなく。また、友好的であるとも限らない。

 アンタも、花園に来て睨まれたりするのがいたらすぐアタシを呼ぶのよ、と言われて、ソキはにこにこと頷いた。

「リボンちゃん、この間もソキを助けてくれたです。格好良かったですぅ……!」

 ソキは、いつもふわふわした甘い、花や蜂蜜めいた匂いがする。妖精の花園へ行く途中、蜂にぶんぶんたかられていたのを、急行した妖精が追い払ってやったのだった。

 以来、ソキが花園へ来る道は指定されている。地図を描いても読めないので、あらかじめ、道に落とされた小石をてちてち追いかけていく方式だ。小石には妖精の魔力が封じ込められていて、雨風で飛ばされることはなく、暗がりでは月明かりを零すように発光する。

 学園周辺の蜂の巣を駆除すべきかな、と零すロゼアに、アンタそんなことしたら承知しないわよ、と妖精は半眼で息を吐き出した。ソキがのこのこ、蝶を追いかけて茂みに入ったりしたからいけないのである。

 どうせ迷子になるし遭難するんだから、森に入ったりしないの、と改めて言い聞かされて、ソキは素直に頷いた。

「でもね、あの時はね。ソキは間違えちゃったです。リボンちゃんのお羽根みたいに、きれーなちょーちょちゃんだったです……。ソキはリボンちゃんと間違えちゃったです。だからぁ、いけないトコに行こうと思ってしちゃったんじゃないもん。リボンちゃん? ねえねえ、って言っても、ちょーちょちゃんがお返事なかったのがいけないです」

「自然界に生息してる蝶は、魔術師とおしゃべりできたりしないの」

「ソキの赤ちょーちょちゃんも、黒ちょーちょちゃんも、ソキとはおはなし? してくれるですのにぃ……」

 もちろん、交わされる言葉があっての意思疎通ではないのだが。なんとなく伝わるものはあるのである。それはアンタの魔力なんだから分かるでしょう、普通の蝶にもそれを求めるのはやめてあげなさい、と妖精は苦笑した。

「はぁい……。あ、あ! ソキ、いいことを思いついたんですけどぉ、おそろいリボンはソキが編むことにするです」

「……リボンって編めるの?」

「ほそーいレースのお糸で、けんめいにがんばるです」

 そうと決まったらお糸を選ぶですうう、と店内の一角に逆戻りするソキについていきながら、妖精はうんざりした顔つきで、ついてくるロゼアのことを見上げた。

「腕を痛くする前に、ちゃんと止めなさいよ?」

「はい、もちろん」

 ねえねえリボンちゃん、はやくぅはやくぅと呼び寄せられて、妖精は笑いながら、早足にソキの元へ向かってやった。妖精の目からすると、並ぶ糸は多少の違いはあれど、どれも似たり寄ったりに見える。

 これがね、こういうのでね、こっちはね、と楽しそうに説明するのを聞きながら、妖精はアンタの好きなのにしなさいな、と言った。分からないので、こだわりようがないのである。好きに作ってくれたら嬉しいから、と告げると、ソキは明るい笑みを浮かべて。

 ふにゃふにゃ、しあわせいっぱいにとろけながら、リボンちゃんだぁいすき、と言った。

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