暁闇に星ふたつ:06



「ソキさまの担当をされてらした方、数名をお呼びして意見を求めたと聞いております。歩かれるのは生活上致し方ないこととはいえ、転ばれることが多いのであれば様々安定するまでは抱き上げての移動が望ましい、とのことです。ロゼアさ、ま……ロゼアくんには、この件に関して、のちほど方々から手紙を出すご予定だとか」

 受け取りたくない、という顔をしてロゼアが遠い目になる。まず間違いなくメグミカはその場にいた筈だ。来るのは手紙というか呼び出し状というか、果たし状に近いなにかの筈である。

 ふぅん、ふぅん、へー、とあからさまに不機嫌な声で説明を聞き流していたソキは、己のほうへ響いてくる言葉が途絶えたのを感じ取り、きょろきょろとあたりに視線を走らせた。

 えー、だって同行許可っていうから基本は手を繋ぐとかだと思ってたしー、あんなにヒヨコさんみたいな歩き方だと思わなかったしー、とぶうぶう文句と反省の響きが飛び交う中、ソキは目をぱちくりさせ、ロゼアの耳へこしょこしょと囁いた。

「ねえねえ、ロゼアちゃん? ストル先生と、り、りー……あ! んと、リコリスさん、が、いないです……?」

「ん? ……うん。いらっしゃらないな。会いたかった?」

 尋ねられて、ソキはほんのすこし、くちびるを尖らせて口ごもった。リコリスは好きか嫌いかでいうと、きらいきらい、な相手である。だから、会いたかった、というのではないのだが。

 昨年、抱き上げられたままでいるソキに、歩くように促した魔術師が。今年の状態に、なんというかが気になっただけである。んんー、とむずがる声をあげるソキに振り返り、レディは苦笑しながら教えてくれた。

「リコなら陛下捕獲部隊に入っておりますので、陛下が捕まり次第会えると思います。ストルは……うぅん。聞いてみて、許可が出れば、でしょうか」

「陛下捕縛部隊……」

「手違いで逃げられたもので」

 思わず復唱したナリアンに、レディは恥ずかしそうにそう言った。陛下と捕縛と手違いと逃げられた、という各単語をどうしても組み合わせられない混乱した顔で、ナリアンはぎこちなく頷いた。

 なんでも、威厳回復向上計画、というのが進められているらしい。

 逃げたとか捕縛とかいう単語を使っている時点で難しいものがあるのでは、と控えめに告げたメーシャに、レディをはじめとした星降の魔術師たちは、一様に押し黙って視線を反らし。

 気がつきたくなかったけどやっぱりそうだよね、と呟きの後、深く息が吐き出された。




 星降る夜はつつがなくおろされた。たとえ予定時間の十数分前にようやくつかまった王を、筆頭が物理を駆使しながら説教する声がちらほら聞こえていたとしても。

 なんでも、メーシャが正装で来るから俺も正装したい着替えてくるっ、という動機であったのだという。

 突然思いつくな朝に言え、魔術師と騎士を追っ手とみなして撒こうとするな、そもそも一言相談してからにしろ、という至極全うな小言の数々に、星降の王は慌ててたごめんな、と満面の笑みを浮かべ、魔術師筆頭に膝蹴りを叩き込まれていた。

 我が主君たる陛下に対して非礼で不敬であるとは承知の上ですがいい加減にしろよ報告連絡相談がなんで抜けるんだよ紐つけて見張りに持たせるぞ、と痛みにしょげて動かなくなった王を見下ろす筆頭の瞳は、本気だった。




 夕闇の忍び寄る『学園』の空にも、満天の星が瞬いている。ゆるやかな丘陵のそこかしこに、生徒たちは腰を下ろして空を見上げていた。ソキはロゼアの膝上で座り心地を調整しながら、スケッチブックを持ち上げる。

 空の端にはまだ、溶け消えぬ茜が残っているというのに、星は喝采を叫ぶようにきらめいている。

 去年と同じく、星見を担当する教員は、かわゆい俺の姫君に綿飴を献上するなにより大切な義務がある、と言い残して城下の縁日街へと走り去って行った。

 提出は明日の朝、教員が出勤してくるまでと定められているから、天体観測に慣れた生徒の中には先に城下へ繰り出し、遊ぶ者もあるようだった。

 去年はとにかく夜を降ろす儀式と、天体観測に一生懸命すぎて、その後に城下へ足を運ぶ、という気持ちも、時間の余裕も、体力もなかったのだが。今年はきもちよく抱っこされていたおかげで、はしゃぐ空気と一緒にそわそわするのだった。

 スケッチブックを開き、うきうきと星空を写して描きながら、ソキは落ち着きなく、紙面とロゼアをきょときょとと見比べた。

「ソキも、はやぁく終わらせて、お祭りを見に行きたいです……! いいでしょ? ねえねえ、ロゼアちゃん。お祭り! 行ってもいいでしょう……?」

「ソキ。課題はしっかり終わらせないとだめだろ」

「あのね、ソキは先輩から聞いたんですけどね! なっ、なんと、なんとっ、なんとですよ……? 今日だけの、げんていの、こんぺいと! こんぺいとが売っているって聞いたですううぅううきゃぁああん! なんでもぉ、きらきらのよぞらあじ、ていうお名前なんですよ! こんぺいと! ロゼアちゃん、ソキの、ソキのこんぺいと……!」

 長期休暇で専門の店に訪れてからというものの、金平糖はすっかりソキの好物のひとつである。きっとね、きっとこういうのです。

 こういうので、こんなで、とスケッチブックの端に、ソキの考えたきらきらのこんぺいと、を描き出すソキに、ロゼアはゆるく息を吐き出し、興奮に赤らんだ頬を指の甲で幾度か撫で下ろす。

「ソキ、ソキ。ソーキ。金平糖、楽しみだな。買いに行こうな。でも、その前に課題しないとだめだろ。金平糖の絵は、天体観測じゃないだろ?」

「んん……」

 くちびるを尖らせ、ためつすがめつどうにかならないか考えて、ソキはがっかりしながら課題をやり直すことにした。

 すこし書いてはあたりを見回し、またすこし進めては、こんぺと、とちたちた落ち着きなく足をぱたつかせると、頬がむにむにと押しつぶされた。

「そー、きー?」

「うやゃんややん! ソキ、いま、けんめー! に、課題をしてるです! しているですうぅ! ロゼアちゃんはどうして課題をしてないですか……」

「俺は終わったって言ったろ?」

 課題をぶっちぎって城下へ遊びに行く先輩に、ソキが屋台にはなにがあるか、のおはなしをせびって、楽しみですうぅときゃぁんやぁんしている間に、である。

 説明されても、ソキはいまひとつ腑に落ちない顔つきで、頬をぷーっと膨らませて首を傾げた。

「メーシャくんはハリアスちゃんと、天体観測デートですしぃ……。ナリアンくんはニーアちゃんと、城下にデートに行っちゃったですしぃ……。ソキは、なんで、課題なんですぅ?」

「ソキ。ふたりは、ちゃんと課題終わらせて行ったよ」

 ソキが、ロゼアちゃんがソキにめろめろになっちゃうデートコース計画、を城下へ遊びに行く先輩たちと、きゃあきゃあはしゃぎながら相談している間に、である。

 ぷぅーっ、と頬を膨らませるソキに額を重ね合わせ、ロゼアはあまやかな瞳で、やんわりと苦笑した。

「ソキも、終わらせたら、遊びに行こうな」

「……だっこ?」

「うん、もちろん。金平糖買うんだろ。色々見てまわろうな」

 きゃぁっ、とはしゃいで抱きついたソキを、ロゼアはゆるく腕の中に閉じ込める。は、と満たされた息が吐き出され、ソキの耳をくすぐった。

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