ソキの! 教えて? リボンちゃん。 08
「ふにゃんふにゃんふにゃん。ふにゃ、にゃ、にゃー……きゃぁー!」
ぴこっ、ぴこっ、ぴこっ、と座ったまま右に左にちょっと揺れたあと、ソキは両手をあげて楽しそうにきゃっきゃとはしゃいでいる。
その頭上にはなぜかルノンが乗っかっていて、酔ったのか動けないのか、ひどくぐったりして動く様子は見られなかった。
ふにゃふにゃひっきりなしに左右に動かれているので、そこに乗っていたらそれは酔うだろう。間違いなく絶対に酔うだろう。
ほんのわずかも動かないルノンを頭に乗っけたまま、ソキはまたふにゃんふにゃんとほわほわした声で鳴き、右に左にぴこっ、ぴこっと体を揺らしている。腕を組んで羽根をぱたつかせ、妖精はごく自然に浮かんで来た疑問を口にした。
『……なにあれ』
『私にもよく分かりません……あああ、ああぁあ……! ルノンくんが……!』
『ルノンはなんで乗ったのよ……』
天を仰いで額に手をあて、深々と息を吐いた後、妖精は気がつかれていないことを良いことに、そっとソキの動きを観察してみることにした。
ルノンの救出は、あそこまで動けなくなっていればもうあとはどれくらい放置しておいても一緒だろう、ということにして後回しである。しばらく見つめて、妖精はあることに気がついた。
ぴこ、ぴこ、と左右に動くのがぴったり二十回で、ソキはきゃっきゃとはしゃいでいるのだが。それで、ほぼ正確な一分である。法則に気がついてからさらにまじまじ三分見つめて、妖精はソキを見下ろした。
ソキは、飽きちゃったですぅー、と呟き、細い草を引っ張って溜息をついている。そのまま、また観察していると、気を取り直したのかまたふにゃふにゃ揺れ始めたので、今までも幾度か飽きていることが察せられた。
時間を数えていると仮定しても途中で飽きてたらなんの意味もないわと呻きながら、妖精はぴこぴこ揺れるその視界に引っかかるよう、ゆっくりと舞い降りてやった。
あああぁっ、と嬉しくて仕方がないとろとろの声で、ソキは満面の笑みを浮かべる。
「リボンちゃん! ソキ、いーっぱい待ってたんですよ?」
『そうみたいね。……ルノン、生きてる?』
「ルノンくん、です? ……あ」
ぺちん、とばかり頭に両手をあてたソキは、すっかり忘れていたらしい。ニーアが懸命にルノンを回収して世話をしているのを眺め、妖精はあとでちゃんと謝りなさいね、とソキに言い聞かせた。
さすがにしょんぼり肩を落としながら、ソキは素直にはぁい、と返事をする。
「ソキはたくさん待っちゃったです……。もちょっとしたら帰らないといけないです。こっそりです」
『……こっそり?』
「ロゼアちゃんにないしょないしょでソキ来たです。今日はお部屋からあんまり出ないでいような、て朝にロゼアちゃんが言ってたです。でも、でも、昨日も、一昨日もお部屋で、ソキはリボンちゃんにお話があるんですよ? って言ったのに、ロゼアちゃんはソキが元気になったらな、一緒に行こうな、って言うです。ロゼアちゃんが一緒じゃ駄目です……ないしょなの……」
目をうるませて訴えるソキに溜息をつきながら、妖精は手を伸ばしてその額に触れる。嫌な熱さは感じなかったし、特に魔力が動いている風にも感じない。ソキの体を回復させる恒常魔術は、ある時から切られたままだった。
アンタあれ使って来たんじゃないでしょうね、と訝しんで問う妖精に、ソキは目をぱちくり瞬かせて首を傾げる。
その、いかにも、ソキはなにを言われているのか分かりません、という仕草に。妖精はふっ、と笑みを深め、やけにさらさらのソキの髪を一筋、勢いよく掴んだ。ぴゃっ、と身を震わせるソキに、妖精は優しく微笑んで問い直す。
『魔術使って回復したわね?』
「ん、んと、んと、んと……だって、だって、ソキはリボンちゃんにお話があったです……! もう、すぐじゃないと駄目だったんですよ。ソキはとってもとっても急いでたです」
『まったく、うまく行ったから良いものの……もう駄目よ? 分かった? 分かったら返事! 返事しないとアンタの話なんか一言だって聞いてあげないんだからね! まったく、ちょっとなんなのよこの薄着は! 三月の終わりはまだ寒いでしょうにああもう……! 上着は? なにか持ってる? 良いからそれを着るかはおるかしなさいよ風邪をひくでしょうが……!』
やんやん髪の毛引っ張っちゃやですぅ、と頭をふるふるして嫌がって、ソキは膝に置いていたしろうさぎちゃんリュックをぎゅむりと抱きつぶした。背中のファスナーを開け、詰め込んで来た上着にもぞもぞと袖を通す。
「これは、ロゼアちゃんがたたんで入れてくれたお服です。うぅ……大変です。頑張らないとお外に出たのがバレちゃうです」
すでにシディが、ソキが妖精の丘にいることをロゼアに告げている頃である。
妖精はそう思いつつも、ソキが大変ですと立ち上がって走り出しかけて転んで頭をごちんとぶつけて腫らして熱を出す未来まで想像がついたので、なにも言わずにただ頷いてやった。
そもそも、ここへ来るまでに何度も転んでいるソキは、服には土汚れがつき、てのひらも打ったのか赤くなっていて、服の下の腕にちいさな切り傷があるのが見えた。どう頑張っても部屋から出たのは明白である。
数日したらまた見舞いに行こうコイツ絶対熱だして寝こんでるし、と思いつつ、妖精はさてそれで、と首を傾げて問いかけてやった。
『アタシになんの話? ……相談事かなにか?』
「……うん」
しょんぼりした返事の声が甘えている。妖精はまったくと息を吐き、ニーアにルノンを連れてもうすこし離れていなさいと手を振って追い払った後、ソキの差し出す両手の上に舞い降りた。
妖精を一心に見つめる瞳が、恐怖を乱反射しながら潤んでいる。言いたいことを、本当に口に出していいのか迷い、怯えながら、くちびるが息を吸い込み、何度も閉ざされた。
『言っていいわよ、ソキ』
「……うん」
『アタシはここにいるわ。アンタから聞いたことを誰にも話したりしない。でも、誰かに、アンタが伝えて欲しいって言うなら、その通りにしてあげる。アンタはしたいようにしていい』
うん、と震えながら頷く、ソキの手が冷えている。氷の上に立っているようだ、と妖精は思う。巡る春の兆しを宿し始めたそよ風にも、安らぎ溶けてしまうことはない冷たさが宿っている。
妖精はソキを見つめ返したまま、てのひらの上に座りこんだ。魔術師には触れられる妖精の熱が、その氷をほんのわずかでも、温めることができればいいと思う。溶けた水が。強張る喉を潤すものになればいいと思う。
「あの……ね。あのね、あ……あ、の、ね……」
きゅっとくちびるが閉じて、涙をこぼしたがらない瞼が何度も、何度も瞬きをする。うん、と頷いて妖精は待ってやった。言葉を重ねることはしなかった。聞く、と言ったのだから。ソキもそれをちゃんと分かっているのだから。待てばそれは告げられるのだ。差し出した手が必ず、裏切らず繋がれるように。
「だ、れ、にも……いわない、で、ください……」
『ええ。分かったわ。言わない』
「ソキね……ソキは、ね……。えっと……えっと、あのね、あのね」
妖精は、そっと指先を撫でてやった。ソキすこしだけ、くすぐったそうに笑って。
「あのね……」
ようやく、言葉をくちびるに乗せる。
「ロゼアちゃんの傍を離れたくないの……」
『……ええ』
「でも、でも、ソキがね、行かないと……ロゼアちゃんは、しあわせになれない、って言うの。だからね、ソキは頑張っ……頑張った、ですよ。もうちょっとだけお傍にいたくて、でも、あとちょっとだけで、でも、でも……ほんとは、ずっと、ずっと一緒がよくて、でも、でも……ソキ、ばっかりが、こんな風にロゼアちゃんを好きなの……。ロゼアちゃんは、違うの。ソキじゃないんです。ソキじゃない、誰かを、ソキが行ったあとに、好きになって、でも、ソキはもうそれが、我慢できなく、て。ソキがいいの……ロゼアちゃんに、ソキは、好きに、なって、欲しいです。でも、でも、ロゼアちゃんの好き、は……ソキが遠くに行かないと……ソキが、お傍から、離れないと、ロゼアちゃんはだめなの……だからソキじゃないの……」
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