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ソキの長期休暇日記 陛下に宿題出されてから十八日目です
今日はロゼアちゃんがソキの髪をあみあみにしてくれました。
ソキはもうお熱が下がったです。でもロゼアちゃんはお咳がでるっていうです。
ソキはお咳あんまりでないです。
ソキの長期休暇日記 陛下に宿題出されてから十九日目です
ロゼアちゃんがソキの爪をぴかぴかにしてくれたです! メグミカちゃんが爪にきれいな色をつけてくれたです。
薄桃色です。かわいいです!
今日もロゼアちゃんが髪をあみあみしてくれました。
リボンは爪とおんなじいろなんですよ。
ソキの長期休暇日記 陛下に宿題出されてから二十日目です
えへん。ソキ熱下がったです。お咳もでないです。
あたらしい外出着を着てお部屋を歩いたんですよ。
今日の髪はあみあみで、ロゼアちゃんがお花つけてくれたです。お花かわいいです……!
お部屋歩いたあとはお風呂に入って、ぴかぴかでふわふわでいいにおいにしてもらったです。
おまえ毎日エステしかしてねーんじゃねぇのと半眼で呻く砂漠の王に、ソキはそんなことないですよ、と不思議そうに首を傾げてみせた。
体調を崩してしまって部屋の外に出られなかった為、数日分の宿題絵日記を提出しに来たおりのことである。時刻はすでに夕暮れ。斜めに差し込む茜色の光が眩しくて、ソキは何度も何度も瞬きをした。
「ソキはちゃぁんと毎日、じゅうな、してますし、陛下の宿題もしてますです」
「……じゅう……。……ぁ? ソキ、もう一回言ってみ。いまなんつった?」
「陛下ーへいかー、言葉遣いが乱れてると思うからもちょっとがんばろ? ほらもう夕方だからさぁ、これとこれとこれとあれと、これ終わればもう今日終わりじゃん?」
じゅー、うー、なー、んー、ですっ、と言い直したソキに数秒考え、ああ柔軟か、と納得の頷きをみせたのち、砂漠の王は書類を運び込み、それをばさばさと机の端に置いた白魔法使いを手招いた。
なになに、と寄ってくる白魔法使いのすねを、砂漠の王は笑顔で蹴り飛ばす。いったああぁあああっ、と涙目でうずくまるフィオーレを、砂漠の王はやたらとスッキリした顔をして見下している。
「柔軟な。それよりもうすこし動いた方がいいと思うが、体調崩してたなら仕方がないか。もう元気なんだな?」
「ソキはずぅーっと、元気だったんですよ?」
「……ソキはもう元気なんだな? フィオーレ」
陛下さー、俺のことぽんぽん叩いたり蹴ったりする癖さー、どうにかしないとそれをみたちいさいコが真似したりするんじゃないかなって俺思うんだよねー、と涙目ですねを手でさすりつつ、立ち上がったフィオーレが首肯する。
「うん。世間一般的な基準に照らし合わせて、元気だよ。ただし病み上がりだから、注意してあげないと」
「わかった。……ソキ、この絵なんだ」
「絵です? んと、こっちがロゼアちゃんのお洋服についてた釦で、こっちがロゼアちゃんが髪にぬってくれた香油の瓶で、こっちがロゼアちゃんが髪につけてくれたお花です!」
砂漠の王と白魔法使いがソキの絵日記をじっと覗き込み、ああああぁ、と深々と納得した声を出して頷いた。
「いや、釦なのも瓶なのも花なのも分かったんだけどな……なんで釦、なんで瓶、と思って……お前ほんとミリ単位でゆるぎなくロゼアから離れないな……」
「うん。うまい、うまい。ソキは絵、描けるんだな。『お屋敷』で習ったの?」
「そうなんですよ。ソキねえ、ちゃんとおえかきできるんですよ」
ただし、ロゼアに関係ないものはほとんど描かない偏りっぷりではあるのだが。えへん、と自慢げにするソキに、砂漠の王はやさしい微笑みで告げる。
「お前あきらめてロゼアにしろよ」
「ソキはー、いやってー、いってますー」
なんの話、と訝しむ白魔法使いに個人的な、と言い切って、砂漠の王はむくれるソキに手を伸ばし、ぽんぽん、と頭を撫でてやった。その手が離れていくよりはやく捕まえて、ソキはそういえば陛下におねがいがあったですっ、とにっこり笑った。
ソキは砂漠の王に、もう一度ハレムの部屋を見たい、と申し出た。ただし、ひとりで。王は思い切り渋い顔をして押し黙ったが、ソキがあまりに引き下がらなかった為だろう。
いくつかの約束をさせ、その翌日、ハレムの前までソキを連れていき、中にぽいと放りこんでこう言った。ロゼアに見つかるなよ。
じゃあな、と手を振って歩き去っていく王にぽいってされたですっ、とびっくり驚き怒りながら、ソキはゆっくり、ゆっくり、ハレムの中を歩んでいく。案内をしてくれたのは、ハレムに住まう女の一人だった。
つややかな黒髪の、うつくしい女である。
真珠色の肌は陽光にとろりと艶めき、しなやかで華奢な作りの体は女性らしい、まろやかな曲線を描いていた。王からソキを受け渡され、一瞬だけ伏せられた瞳の色は、菫。長い睫毛が影を落とす、やさしくも気高い花の色だった。
あらかじめ王に告げられているのか、女の歩みはひどくゆったりとしていた。時折振り返って、ソキが離れずついてくるのを確認しては、ふわ、と安心したように笑みを浮かべてくれる。
女に連れられ、ソキが歩いたのは僅かな距離だった。先日、王に連れられてきた時とは入口が違う為だろう。恐らく最も短い距離を選んでくれたのだろうが、それでも、ソキは部屋の前に辿りついた時、けふけふと何度か乾いた咳を繰り返した。
魔力も、体調も、まだ安定しきっていない為だった。起き上がることだけはなんとか、ロゼアも、メグミカも、許してくれたのだが。朝から王陛下に用事があるです、と出かけたソキが、まさかひとりで出歩いているとは二人とも思うまい。
歩くのは本当にひさしぶりのことだった。誰とも手を繋がずに歩いたのはいつのことだったか、もう思い出せないくらい。
心配してくれる二人を騙すようで、悪いことをしている、という自覚はあった。けれどもソキはもう一度、どうしても、ハレムの部屋を見ておきたかったのだ。息を整えながら顔をあげ、ソキは真白く整えられた室内を見回す。
とん、と前へ踏み出す足を包み込むのは、お屋敷へ帰省した初日にメグミカがソキにくれた布製の、やわらかな靴である。それで、メグミカを裏切るように、知らぬ場所へ足を踏み入れることに。ひどく、胸が、いたんだ。
窓は先日と同じく開け放たれ、そこから遠目にお屋敷が見える。一瞬だけそちらへ視線を向け、ソキはゆっくり、部屋の奥へと歩んでいく。ひっそりと整えられた寝室へ、足を踏み入れ。ソキはそっとそこへ、腰かけ、身を伏せて目を閉じた。
室内には心地よい風が循環している。ひかりをそっと抱くように巡る風は、窓のない寝室にもほの甘い輝きを運んでくれるようだった。肌をやわやわと撫でて行くような流れを感じながら、ソキはやわらかに身を包む寝台に身を沈め、息を吸いこんだ。
使用されていない部屋だとしても、定期的に整えられているのだろう。よく干された布からは陽だまりのにおいがした。それは腕に抱かれた時、ロゼアからふわりと漂うにおいに、よく似ている。光に満ち、熱を宿して、あたたかい。
きもちいい。よく、にている。けれども。そこでやすらいで眠れる気は、しなかった。ぼんやりと瞼を持ち上げ、のたのたとまばたきをして、ソキはしばらく寝台に身を伏せていた。
眠れる気はしなかった。この場所で。しあわせに、まぶたを閉じることは、きっと叶わないだろう。きゅ、とくちびるに力を込めて体を起こし、ソキはゆっくりとした仕草で寝室の出入り口を見つめた。
「……安心してくださいね」
そこへ佇む女に、微笑んで、ソキはちいさく首を傾げた。
「陛下はソキを好きになりません。ソキも、陛下を好きにはなりません。……ソキは、たぶん、このお部屋できれいに飾られるだけです」
女がどこまで事情を知っているか、定かではない。ただ案内を、と言われただけなのかも知れなかった。やさしい微笑を浮かべて佇むばかりの女に、それでも声をかけたのは、その声が聞いてみたかったからだ。言葉を。なぜだか、どうしても。
ソキはふらりと床へ降り立ち、すこしだけ息を乱しながら、一歩、二歩、女のもとへ歩いて行った。立ち止まり、花のように微笑む。
「お庭に咲いているお花のひとつ。そう思ってくれれば、いいんですよ」
えっと、と僅かばかり思い出すためらいを挟み、ソキはその女の名を呼んだ。
「アイシェさん」
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