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「なにかすることです? なぁに? なーに? めぐみかちゃん、めぐちゃん。ねえねえなぁに……?」
ふぅ、と湯気のたつ香草茶に息を吹きかけながら問うソキに、メグミカはふわりと、淡雪のような微笑みで告げた。
「ソキさま」
「うん!」
こくん、とお茶を飲みこんで。やんちょっと熱かったです、と眉を寄せるソキに、メグミカはこんぺいとうの瓶のふたを開けながら言った。
「ロゼアがお茶を飲む時には、お菓子をひとつ食べてもいい、と言っていましたよ」
「そきこんぺいとうたべるですぅー!」
「はい、どうぞ」
いちごの絵柄が瓶に彫り込まれたそれは、ふたを開けただけでも芳しく、あまい香りをふりまいた。ソキはこんぺいとうをひとつぶ、指先でつまむと、はくんと口に入れてきらきらきら、と目を輝かせる。
「おいしいです……!」
「それで、ソキさま。ロゼアが帰ってくるまでなにを致しましょう?」
「えっと、えっとね。ソキね、おべんきょうするのにね、本を探しに行きたいと思ってですね」
陛下にお城の図書室見せてくださいってお願いしたですよ、と告げるソキの長期休暇におけるやりたいことと予定というものは、砂漠の国に付くまででほぼ全て終了していた。
諦めていた再会も叶ったので、ソキには基本的に、やること、というものが存在しない。
砂漠に戻って二日目の朝。午前中は屋敷に顔を出して、午後はソキの所へ戻って一緒に過ごす、という予定で動くロゼアに、ソキはひとりでも大丈夫ですよ行ってらっしゃいです、と告げてからいまさっきまで考えた結果、導きだされたのがそれだった。
お勉強。今は、その許可が下されるのを待っている状態である。陛下が早く許可をくださるといいですね、と告げるメグミカに頷き、ソキは香草茶にふぅ、と息をふきかけた。
こらしめ、のことを思い出すことはなかった。
休暇中に勉強しようとすんなよいいから休め、そして遊べ、と呆れかえった顔で王に言い渡されてしまったソキは、いよいよやることが無くなってしまった。
魔術師関連の本は学園から持ち出すことを許されないが、それはそれ、王宮には魔術師たちが住まうのである。彼らが普段使いしている研究書や学術書、担当教員も何名かいる為に彼らの持つ教本は居室に普通においてあるものだ。
置き場所が足りないからという理由で、厳重な魔術保護と隠蔽がかけられたのち、図書室の一角にも棚がある。ソキはそれを見せてください、と言ったのに。
王は王宮魔術師たちを呼び集め、いいかソキに教本を与えるなよ講義もするな俺の目を盗んでやってみろ厳罰に処す、とまで言い放った。
どうも砂漠の王は自分で言っておいて、ソキが四年で学園を卒業してくることに協力的ではないのである。体調不良や授業の進み具合が芳しくなく、期間が延長されてしまうようであればそれはそれ、くらいの感覚を受けた。
なにか理由あって思い直したのか、それとも最初からそういうつもりであったのかまでは、ソキには分からない。けれどもその王の寛容によって、ソキはいよいよ、やることが、なくなってしまった。
帰省中の大まかな行動予定、とするよりもソキが日中どこにいるかだけについては、朝食の席でロゼアが判断する。
体調が良ければ城にあがってきている世話役を引き連れロゼアと共に屋敷に向かい、あまり思わしくなければ城の部屋でのんびりと過ごす。
屋敷ではソキは兄レロクの元に預けられるか、あるいは己の区画に引きこもる。
世話役たちとおしゃべりをしたり、着せ替えてもらって遊んだり、学園でのロゼアの様子をこれでもかと詳細に語りつくして、お茶と飲んで砂糖菓子を口にして時間を過ごす。
時々、ほんとうにたまぁに、ソキは己の区画の中を歩いた。ゆっくりと、メグミカに手を引かれ、時には傍らでただ見守られながら。はじめて、己の住んでいた場所に、靴音を響かせた。
おしゃべりにも、きがえ遊びにも、お散歩にもつかれてとろとろとまどろんでいると、傍付きの鍛錬に混ぜてもらっていたロゼアが、湯を浴びて着替えてさっぱりした様子でソキの元へ戻ってくる。
そこからは共に時間を過ごすことが多かった。ソキが、ロゼアちゃん、訓練したりおしゃべりしてきてもいいですよ、と送り出すこともままあった。
メグミカが傍にいれば、また『花嫁』の区画から出ず、レロクの監督の元にいる限り、ソキの身に危険は及ばない。
ロゼアはソキがそう言うならとまた汗を流しに行ったり、友と交流することもあれば、今日はもうソキの傍にいるよ、と微笑んで手を繋いでくれることもあった。やわらかな熱でゆびさきをあたためて。
ありがとうな、ソキ。今日はなにしてたんだ、楽しかったか、と囁いて。首筋に、頬に触れ、撫でて、髪を梳いて、額を重ねて穏やかに笑った。吐息が肌をくすぐるその幸福に、ソキは何度も、何度も頷き、微笑んでは返事の代わりにロゼアを呼んだ。
ろぜあちゃん、ろぜあちゃん。ねえ、ねえ。あのね。だぁいすき。区画に満ちるあわいひかりより、空気をあわく漂う花の香より、あまくきよらかなふわふわとした声で。
囁くソキに、ロゼアはうん、と頷いて、その腕にやわらかな体を抱き上げた。ただいま、おかえりなさい。いってらっしゃい、いってきます。戻るから、待っていますですよ。
そんな言葉を、何度も、何度も、繰り返して。腕の中に、かえり。ソキは日々を過ごして行く。しあわせだった。しあわせの形があるとすれば、ソキのそれは、ロゼアだった。その腕の中。
抱きしめられ、体温を感じながらまどろむ幸福。『花嫁』は誰もがそれを知っている。しあわせはそこにある。
あまり体調が思わしくなく、ロゼアに、今日はお城にいような、と言われても、ソキの過ごす一日にさほどの変化はみられない。ソキが城で過ごす日はロゼアはだいたい傍にいたが、それでも時折、お屋敷へと出かけて行く。
ロゼアは渋ることが多かったが、ソキが大丈夫ですよ、と送り出したからだ。ソキ、メグミカちゃんとずっと一緒いるです。だからね、ロゼアちゃん、運動してきていいです。お話もしてきて、いいんですよ。
いってらっしゃい、と寝台に伏せながらうとうととまどろみ、あるいは幾重にも重ねられた紗幕の中で地に咲く花のように座り込みあまく微笑みながら送り出すソキの手を包むように握り、ロゼアはそれを頬に触れさせ、目を細めてうん、と頷いた。
うん、じゃあ、行ってくるよ、ソキ。午後には戻るから、と告げる約束を一度として違えることはなく。半日で必ず、ロゼアはソキの元まで戻ってきた。
ゆびさきに宿る熱の記憶を、さびしさで、ソキがひやしてしまう、その前に。
当主の為に作られたいっとう上質なソファの上で、ソキはころり、と寝がえりを打った。うー、と不安げな、不満そうな声をもらして、もう一度ころり、と逆方向に寝がえりを打つ。
来客用ではなく、時に当主が身を休める寝台代わりとしてつかわれる為に、ソファは通常よりもかなりゆったり、広く、大きく作られているから、ソキはわりと自由にころころと転がることができるのだが。
やあぁう、とぐずりながらまたころん、と転がったソキに、部屋の片隅から呆れた視線が向けられる。
「なにをしているのだ、お前は。……眠いのならばアスルでも抱いていろ」
「ちーぁーうーえーすぅ……! ぷぅ。そき、ねむぅい、ん、じゃ、なぁ、で、すぅー……!」
「……ほぅ」
お前がそう言い張るならまあそれでもいいのだが、と呆れいっぱいに首を傾げるレロクの視線の先、ソキはほわんほわんした発音でなにかむずがって訴えながら、なにかが気に入らない様子でソファの表面をぺっちぺっちと手で叩いている。
そきはいまものすっごく、ふきげんです、とその背後に文字が浮いて見えるようだった。なんだというのだ、と瞬きをし、持っていた羽根ペンを紙の上に転がして、レロクは窓辺から中庭を見下ろしていた側近を、指先の動きで傍まで呼んだ。
「ラギ。……らぎらぎらーぎ、らーぎー!」
「聞こえておりますよ、若君。……はい、なにか?」
「ロゼアの今日の予定は」
直後、聞いておいてちっと舌打ちを響かせた『お屋敷』の次期当主は、心からまっすぐにこの上もなく妹の『傍付き』がだいきらいである。
はしたないから舌打ちをなさらない、とたしなめながら、ラギの視線がすぅと移動し、ころんころんとソファを転がるソキをみた。今日のソキの体調は、悪くはないが良くはない、というところであるらしい。
城で体を休めているのが一番良かったのだが、他ならぬソキが今日はおやしきいくです、と言い張ったので連れてこられたのだった。
とはいえ、ひとりで歩いたりすることは許可できなかったらしく、ロゼアはソキの体をソファに降ろし、この場所から動いたりしたら駄目だからな、と言い残して訓練へ行ってしまった。
以来、ソキはソファをころんころんと転がりながら、時折やうううぅっ、と機嫌を損ねた声をあげ、ぺっちぺっちと背もたれなどを叩いている。
「ソキさまと若君のご存知の通り、午後の基礎訓練まで参加する、とのことでしたが……呼びもどしますか?」
「ヤだ」
「……レロク」
だったらどうして予定など聞いたのですか、と笑いを堪えるような視線に、元『花婿』たる青年は、そのうつくしい顔をぷいとばかり背けてみせた。ひかりの中でまどろむような碧石の瞳が、妹を眺めてぱしぱしと瞬きをする。
「嫌なら言えばよかっただろうが」
「やあああちがぁですうぅ! やっていったのソキじゃなくてろぜあちゃんですうううぅ!」
「……はぁ?」
くてん、と首を傾げてレロクが訝しむ。
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