言葉を鎖す、夜の別称 08


 お前はなにを言ってるんだ、と経緯やら忠誠をかなぐり捨てた眼差しで王をしばし睨み、男は嘆かわしく首を振った。男の手が、ぽん、と国王の両肩に置かれる。す、と静かに、男は息を吸い込んだ。

「陛下。陛下曰く高貴ではない我らにも分かりやすく、理由を、ご説明頂けませんでしょうか……というか陛下のせいで『星降語で高貴っていうのはちょっとアレなことを言うの?』とか『星降の高貴って、なんていうか高貴(笑) だと思う』とか『星降における高貴の意味が別次元に進化している件について』とか! 言われているのですがそのあたりどう思われますか陛下! と! いうか! つい先日『花舞まじ花舞だけど、星降もなんていうか、今日もいつもの星降ですっていうか、なんだただの星降か、みたいな気がする』とか言われた俺の! 俺の気持ちがお分かり頂けますかあああああああうわあああああああああああ花舞と一緒にすんなあああああああああっ! かっこわらいとかつけんなああああ!」

「ぎゃあああああああああっ!」

 室内に、なにをするでもなく待機していた王宮魔術師たちが、一斉に頭を抱え込んで叫び声をあげた。

「だっ、だだだだだだれだれだれどの国そんなこと言ったの! ひいいいいいいやああああああ花舞と一緒にしないで! しないでええええええ! うちの国でアレなのは! 陛下! 陛下だけだから私たちと一緒にしないでええええっ!」

「えっ、あれっ? なんか俺、馬鹿にされてる……?」

「勘違いするな! 馬鹿にされてるのは! 俺たちだーっ!」

 涙ぐみ魂の底から全力で叫ぶ筆頭の男に、その通りだ馬鹿ああぁっ、と王宮魔術師たちは声を揃えて主張した。えっ、そうなんだ、それは困ったな、とばかり首を傾げ眉を寄せ、星降の王は静かに息を吐き出す。

「俺の魔術師が馬鹿にされんのは、嫌だな……」

「……陛下、お願い、お願いします……ご自分のせいだと気が付いてくださいむしろその高貴さ故っていうかなんていうか」

「うん? うん、よく分かんないけど、俺が高貴なのは生まれついての純然たる事実だから仕方がないな?」

 そうですね。でもそうじゃないんです、そしてそこじゃないんです陛下、と言葉を失って首を振る男の頭を、星降の王はよしよし元気だせなー、と暢気にわしゃわしゃ撫でている。

 お前たちもよく分からないけど、俺がついてるから元気出すんだぞ、と室内の王宮魔術師たちに笑みを向ける主君に、彼らは力なく頷いた。星降の王は魔術師たちをこよなく愛してくれている。

 多少ずれていようと、天然だろうと、色々理解してくれなかろうと。大切にしてくれている。それは、間違えようもない事実だった。室内の空気が落ち着いた、というより星降の国王の意識がそれたのを確認し、ルノンはそーっとそーっと天井付近から降りてきた。

 ルノンにも、メーシャの正装に関して譲りたくない希望はあるのだ。それが、どういうこと、とはきと伝える言葉に表すのに、まだ考えが必要なだけで。メーシャ。愛し子。彼にはどんな服が似合うだろう、相応しいだろう。

 思い巡らせながら、ルノンはすいと部屋の隅へと飛んで行った。そこには壁に背をつけ、ただひとり、室内の騒ぎに視線は向けたものの参加はしなかった王宮魔術師。メーシャの担当教員である、ストルが佇んでいたからだ。

 日頃、メーシャの傍にいる存在である。相談できれば、と思って飛んで行ったルノンは、ふとあることに気が付いて目を瞬かせた。ストルは手に数枚の紙をもち、思い悩む表情で視線を伏せていた。

 その横顔は真剣で、眼差しはどこか遠くを想っているもので。だからてっきり、メーシャの服をどれにするのがいいか、担当教員として考えてくれていた、と思っていたのだが。

「……ドレス?」

 思わず呟いてしまったルノンの声に、ストルがふと視線を持ち上げる。ストルが眺めていたのは男性の正装ではなく、女性用のきらびやかなドレス、そのデザイン画ばかりだった。それも、ストルと同年代の女性向け、という風なデザインではなく。

 もっと年下の、十代半ばくらいの少女が好み、身につけるような。ふわりとした砂糖菓子のような印象ばかりがある、可愛らしいドレスばかりだった。ぱちぱち、目を瞬かせて首を傾げるルノンに、ストルはふ、と目を細めて微笑みかける。

「……どうした? ルノン」

『えっ……あ、えっと、メーシャの正装を……相談できたらと、思って』

 誰の為のドレスなのか。問いかけてはいけないような気持ちになったのは、ストルの眼差しがあまりに柔らかだったからだ。デザイン画に伏す、その瞳が。背を震わせるほどの感情を抱いていた。

「……大切な存在であるからこそ、迷ってしまう気持ちは俺にも覚えがあるが」

『はい……』

「お前が、メーシャを……大切だ、と思って。飾ってやりたい、という気持ちがあるのなら、その気持ちに素直になってみればいい。幸い、時間はまだある。もちろん、俺も喜んで相談に乗ろう」

 俺の可愛い教え子だからな、と微笑むストルにありがとうございます、と頭をさげ、ルノンは差し出されたてのひらにとん、と着地した。ふぅ、と安堵に息を吐くと、すまないな、とストルが苦笑する。

 いいえと首を振り、ルノンはそういえば、と目を瞬かせた。室内には星降の王宮魔術師のうち、特に急な用事のない者が集まっている。全員とは言わないが、それなりの数である。

 その中にひとり、姿を見つけることができない既知の存在がいたので、ルノンはそれをストルに問いかけた。

『レディ、さんは……魔法使いは、どこへ?』

「……ああ」

 なぜそこで、苦虫を噛んだ表情になるのだろうか。戸惑うルノンに、ストルはすまないと溜息をつきながら首を振り、額に手を押し当てて。用事があって出張している、とだけ、告げた。




 機嫌の良い歌声が、楽音の王宮、その中庭にふわりと響きわたっていた。季節の花が植えられた花壇と樹木の間を、縫うように作られた煉瓦の小路。そこを小走りに、踊るような足取りで辿りながら、リトリアが歌を歌っていた。

 庭師たちは少女魔術師が傍らを通ると手を止め、親しげに微笑んでは会釈する。それに一々、にっこりと嬉しげに笑って頭を下げては、リトリアはまたひどく上機嫌な歌声を響かせ、小道をくるくる辿っていく。

 外仕事用にあつらえられた純白のローブに、リトリアの魔力が雨粒のように反射し、空気にすぅと溶け消えて行く。胸元まで伸ばされ、結いあげられないままの藤色の髪が、ふわりふわりと風に遊ばれ撫でられていた。

 別に遊んでいる訳ではない。準備が整ったら呼ぶから、それまでの間、中庭で祝福でもしておいで、と楽音の王がリトリアへ告げたのだ。

 口調が例え、暇だろうから目の届く場所で遊んでおいで、というそれであっても、王が魔術師に告げた以上、それは命令である。命令であるということは、リトリアには王宮魔術師の仕事であるということなので、遊んでいるのではないのだった。

 楽しそうであっても、仕事中である。リトリアの祝福は、歌声の形を伴って効果を発揮する。予知魔術師としてのリトリアが胸に抱く祝福の形が、歌声、というものであったからに他ならない。

 ソキが行う祝福は、また違う形を持つだろう。それは単純に言葉かもしれないし、なにか道具が必要なものかも知れない。多くの魔術師は己の胸に抱く祈り、希望ひとつで祝福を成し遂げる。

 空気を清らかに、それに触れる人々に喜びをそっと分け与える。悪しきものを遠ざけ、消し去り、あたたかなものでそっと包みこむ。喜び。希望。それを想う時、リトリアの口からは歌が零れ出す。

 決まった曲はなく、リトリアが歌えるものであるならば効果にさほどの差は出ない為に、少女が口ずさんでいるのは流行の恋歌だった。小路を舞うように通り過ぎながらそれを奏でる少女魔術師に、向けられる眼差しはひどく好意的だ。

 隅々にまで歌声を響かせ終わり、リトリアはぱたぱた、小走りに庭から城へ戻っていく。ちょうど、そこへ人影が見えたからだ。息を弾ませたリトリアが声をかけるよりはやく、目尻に皺を刻んだ老婆が、温かな笑みで魔術師を出迎える。

「おつかれさまです、リトリア様」

「り……リトリア、で、いいです」

 落ち着かない気持ちでもじもじと指先を擦り合わせ、リトリアは先王の乳母も務めていたという女性に困り切った視線を向けた。老婆はおやおやとさらに笑みを深め、落ち着かない様子のリトリアを手招いた。

 まあ、いいから中へ入っておいでなさい、と告げる仕草は恭しくも、孫かなにかを呼びよせる親しげなものであったので、リトリアは肩からほんのわずか、力を抜いた。リトリアにはひとみしりの気がある。

 学園から、この楽音の王宮に招かれ、半年ばかり。その時からなにかとリトリアを気にかけてくれる老婆には、なんとか打ち解けてきたものの、時折、どうしていいのか分からなくなることがある。

 老女は、リトリアをひどく優しい眼差しで眺めるのだ。年若い王宮魔術師であるから以上に。なにか、懐かしいものが、そこにあるのだとでも告げるように。

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