無題

@hyperion-g

第1話 サッカークラブで彼と出会うこと

彼と出会ったのは少年サッカークラブの入団の挨拶のときだったと思う。FC翼では集団練習の前に整列してクラブのコーチ(大抵は部員の父親)に挨拶をし、そこでコーチがちょっといい話をしたりする。新しい子供がクラブに入ってくるときは、このときにコーチが新入部員を紹介し、その後、それぞれの子供が既存の部員に対して自己紹介をする。子供は引っ込み思案のことも多いので親(大抵母親)が相談して複数で同時に入部することもあれば、一人で入部してくることもある。

確か彼は他に一人か二人の入部希望者とともに挨拶をしていたように思う。「ように思う」というのは、それほど印象の強い少年ではなかったからだ。それよりも私は夏休みの間に再度腎炎で入院することが決まり、憂鬱だった。今度こそ退院できないかもしれない。もうサッカーもできないかも、と思うと太陽の下で芝生の上を走れるのは最後だという沈鬱な気持ちになった。他人のことを考える余裕などなかったのだ。

だから彼のことも「また新しい子が入ってきた。サッカーうまいのかな?いきなりAチーム(レギュラー・チーム)はないだろう。Bチームかな?」くらいのこと、要するにクラブの中でどう新しい仲間とつきあうかということしか考えいなかった。そして、その考えも無駄になると考えると憂鬱になるのだった。

そもそも友人がそれほど多くはなかったが、彼が特別な友人になるとも思わなかったのだ。逆にいうと特に嫌っているということもなかったが、同学年の知人が一人増えたというくらいの認識だっただろうか?


私は彼の入部から2,3週間で入院し、スポーツもできなくなったため、学校でクラスの違う彼とは疎遠になった。彼と再び友人になるのは、退院後に彼になかなか友人ができないから友人になってあげてほしいと彼の母親にいわれて彼が児童だった私の家に遊びに来てからである。

彼の名前は遠藤くん。私は彼のことを「エンドーくん」か「エンドー」と呼んでいた。名前を覚えたりあだ名をつけるところまではいかなかった。

彼のほうは私を「ベンジー」と呼んでいた。これは彼ではなく他の児童=友人がつけたあだ名でなぜ「ベンジー」なのかはわからない。とにかく子供たちが皆そう呼ぶので彼もそれに従った。


一カ月半の入院生活を終えて家に帰った私は希望に溢れていた。減塩しょうゆではなく普通のしょうゆを使える。テレビを見ることができる、一日中パジャマでいなくていい。点滴も血液検査もなくベッド以外の場所へ移動する自由がある。それが嬉しかった。

なので、我が家の玄関で再び出会った遠藤くんが不機嫌で終始仏頂面だったことは私にとって不満だった。エンドーくんは入院せずに自由に生活できるのになぜ不満そうな顔をしているのだろう?というのが私の印象だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

無題 @hyperion-g

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ