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当時、僕は幾つだっただろうか……? そう確か十六、七だったように思う。丁度、君の弟さんと同じくらいの年だね。
その当時の僕たちと言えば——まぁ、これは今も昔もあまり変わらないのだろうが——少しでも早く大人になりたいと思い、子供扱いされることを極端に嫌っていた。そうして、その年頃の男の子たちの大部分がそうであるように、僕も例に漏れず、酒や煙草を嗜むことが男らしく格好良いものだと思っていた様に感じる。勉学に励むでもなく、毎日をボウリング、ビリヤアド、カラオケといったもので塗りつぶしていたわけだ。
今思えば、ひどく空白の時間だった……。あ、いや、失敬。僕は今、模範的な大人を演じようとしてしまったね。本当のことを言うとね、あまり青少年に聞かせることでは無いかもしれないが、あの頃の堕落した暮らしは、僕の人生で最も充実した時間であったと感じているんだよ。それはもう、毎日の生き方が真剣でね。何しろ金がないものだから、飯を食うか、遊ぶか、といった二者択一を毎朝迫られるわけだ。これほど切実な生活をしたのは、後にも先にもあの頃だけだろうね。
さて、そんな毎日の中、当然と言えば当然だが、僕たちの間でも恋の話が交わされる。誰かが『女を一人モノにした』と言えば、すぐに他の誰かが『写真を見せろ。それから他の女を紹介しろ』、というわけだね。
ここで断っておくが、僕はそうした紹介で女性と付き合ったことは一度もないんだよ。僕の恋はもっとプラトニックなものでね。正にギリシャのプラトンが述べた様に、精神的な繋がりを大切にする恋を求めていたんだ。それ故に他の男の子の様に安易に女性と付き合うことが出来なかったんだよ。
まぁ、そんなわけで当時の僕たちの浮ついた恋物語は、僕にとっては大して訴えるものをもっていなかったんだ。
そんな折り、僕の悪友の一人——ここではMとしておこうか——が、どこかで知り合った女性のグルウプと僕たちのグルウプとで遊ぼうという話を持ってきたんだよ。Mは僕たちの中でも特に軟派な奴でね。年中、女性をとっかえひっかえしていた様な男だったんだ。それでも、僕はMのことが嫌いではなかったし、寧ろそのあっさりした性格が好きだったから、その提案に快く承諾したんだよ。僕自身、それほど女性に免疫が無かったから、普段だったら断ったかもしれないけど、まぁ、Mの手前、頭数くらいには付き合えるだろう——ってね。
そうしておいて、その日がやってくると、僕は朝からソワソワしてしまってね。やはり何だか落ち着かない。やれ服のシワが気になるだの、やれ髪型が気に入らないだの、何かと理由をつけては家を出られずにいたんだ。しかし、やはり時間の流れとは無情なもので、Mが約束通りの時間に僕を呼びにきた。僕は嫌々ながらも腹をくくって出かけたんだよ。
僕とMが待ち合わせのレストランに着くと、そこには既に僕たちのグルウプも女性たちのグルウプも揃っていてね、テエブルの上には料理まで出揃っていたんだよ。そうして僕たちは慌てて空席へと座ったんだ。
一通り自己紹介も終わり、食事をしながら盛り上がっていると、どうにも一人だけ気になる女性がいる。化粧も薄く、そんなに話もしないから、陰が薄い女性だったんだけどね。それでもどうした訳か僕はその女性のことが気になって仕方なかったんだよ。
さて食事も終わり、それじゃボウリングにでも行こうか、という段になってね、Mがそっと近づいてきて耳打ちしたんだ。
「誰か気になる女性はいたかい?」
僕は素直に『一人だけいる』と答えたんだよ。そうしてその女性のことをMに告げたんだ。
「あぁ、Sさんか。なるほど……君はああいう女性がタイプなんだね」
Mは笑いながら『僕もこの中ならSさんだな』と続けたんだ。僕としても、別に彼女に恋い焦がれてしまった訳でもなく、ただ気になっていただけだから、その時は軽く聞き流していたんだけどね。
結局その日は単なる顔合わせ程度で解散となったんだが、また後日みんなで会うという約束だけは取り決めたんだ。
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