研究部の真実 10

「まず、これ、フロッピーディスク、でしたっけ。何ですか?」

 俺は檜室先生と佐川先生を待つ間、多目的室から持ってきたフロッピーディスクについて聞いた。

「ええ! 知らないのか!」

 田村先生は目が飛び出そうなほどに驚いている。かなりショックを受けたようだ。

「データを保存するときに使う記憶媒体だよ。今の研究部ではそっちのUSBメモリを使っているけれどね」と高瀬先輩が言う。確かに黒いUSBメモリが入っていた。

 田村先生は「上書き保存のマークであるんだけれどな」とまだ驚きを隠せないでいる。

「まさかだけれど、お前らカセットテープは知っているよな?」

「あ、お父さんが使っていたものが家に――」と澄香。

「ビデオテープは?」

「学校でしか見たことないです」と篤志。

「MDは――」

「平成初期に書かれた小説によく出てきますね」と牧羽さん。

 3人の回答に田村先生はさらにショックを受けたようだ。

 この会話はいい時間つぶしになったようで、檜室先生と佐川先生がちょうど職員室に来た。

「大会が近いというのに、どういうことですか」

 檜室先生はかなり乱暴に椅子に座った。

「あんた、まさか本渡すの頼んだ腹いせじゃないだろうね」

 佐川先生は牧羽さんに向かって言う。牧羽さんは「呼び出したのは彼です」と高瀬先輩を指さした。

 高瀬先輩は職員室に元からいた田村先生、増田教頭先生、森永先生、川崎先生、そして篤志、澄香、牧羽さんを前に、話を始めた。

「まず、多目的室の鍵をすり替えたのは、野島先生です」

 高瀬先輩がそういうと、ちょっとしたどよめきが起こった。

「先生、何のために?」

 田村先生が聞くと、牧羽さんが言った。

「もしかして野島先生のネクタイ、西陣織の物じゃないかしら?」

 全員が野島先生のネクタイに注目する。きめ細かい織り方に美しいデザイン。よくよく見ればかなりの高級品だが、まさか西陣織のものだとは。

「知人の実家が西陣織の関係の仕事をしていて、コンピューターグラフィックスを使って製紋する時に使うのであったら寄付してほしいと頼まれて、ある日使っていなさそうなフロッピーディスクを見つけてしまい……」と野島先生が言った。

「なぜわざわざ多目的室の鍵をすりかえたのですか?」

 増田教頭先生が聞くと、「誰のものか分からなかったので、自分で一旦中身を調べてみようと思ったのです」と野島先生が答えた。

「お願いします、譲ってください」

 野島先生は頭を下げた。

「まあ、データはUSBメモリに移せばいいでしょう。ただ、蓬莱先生はいいのかと言われましても……」

 高瀬先輩が言うと、野島先生は俺の方を向いた。

「お願いします、蓬莱先生の物ですが、譲ってください!」

「俺はいいですけど、そもそも父さんのですし……」

「代わりの媒体は自分で用意しますから、お願いします」

 そこまで押し切られてしまうと、どうしようもない。

「では、使っていなさそうなものだけ……」

「ありがとうございます!」

 野島先生は俺の手を握って何度も頭を下げた。鍵をすり替えたのは迷惑中の迷惑だけれど、そこまで悪気はなかったのだろう。

「それじゃあ、これ盗んだのも野島先生ですよね?」

 『ー震災に寄せてー 久葉中学校研究部』を掲げた篤志が聞くと、高瀬先輩は「どうやら違うみたいなんだ」と言った。

「なぜですか?」

「野島先生の目的はあくまでフロッピーディスク。となると研究部の資料には一切興味がなかった。そうすると、机を荒らしてそれを抜き取った犯人は別にいる。そしてその犯人の目的は冊子に挟まっていたメモ。これにはあるデータにかかったパスワードが書かれていると思われます」

 高瀬先輩はそういうと、聴衆は周りを見回した。誰かがそれを持っている。高瀬先輩は、森永先生に近づいた。

「森永先生、何かメモらしきものを持っていませんか?」

 指名されて森永先生は、「No」と答えた。

「高瀬先輩、森永先生はあの時机を荒らしてその、メモを持ち去るなんてできません」

 澄香が訴える。高瀬先輩は「篤志君、小倉さん、牧羽さん、念のため、カゴの中を探して」と言った。

「だからね、君、私はそんなもの知らないし、取ってくることもできない。そもそも人の荷物の中を漁らせるなんて」

「何、これ?」

 牧羽さんが何か見つけたようだ。続いて澄香、篤志も覗き込んでいる。3人が背中を向けているのでメモが見えない。森永先生が「見せて」と飛んでいく。

「な、何でこんなものがあなたのカゴの中に入っているんですか?」

 澄香が森永先生に聞く。森永先生は唖然としている。

「私の書いたメモは入っているかもしれないけれど、そんな変なものかしら」

「いや、これ森永先生じゃないでしょう」と篤志が言う。

「君までそんなこと。というか君は私の授業すら受けたことがないでしょう?」

「君たち、先生に失礼だ。そのメモを森永先生に返しなさい」

「さすがに人の字に文句つけるほどだとは思わなかったけれど」

 檜室先生と佐川先生が4人の方へ向かう。

「返すとしたら元気にです」

 澄香が言う。

「――俺!?」

 俺は6人の方に駆け寄り、牧羽さんから紙を受け取った。

 裏がべとついている。

「何これ?」

 俺はその紙を裏表ひっくり返してみた。

「俺と母さんの写真!?」

 檜室先生と佐川先生は顔を見合わせている。

「どういうことですか?」

 増田教頭先生が聞く。

「いや、俺が保育園だったころに母と撮った写真の裏に、花の絵が描かれているんですよ」

 俺は写真を増田教頭先生に渡した。増田教頭先生は裏表ひっくり返して写真を見ると、俺に返した。

「確かに君が写っている写真のようですね。おそらく撮影したのは蓬莱先生でしょうか」

 幼いころの俺と母さんが保育園の前で撮った写真だ。この裏には赤いボールペンで5枚の花弁がつながった花の絵が描かれている。

「こののことを知っていたんですよね、川崎先生」

 高瀬先輩がそういうと、川崎先生は話を始めた。

「単語カードをばら撒いておけば森永先生がやったと思わせられる、それは安易でしたか」

「ふざけないでください!」

 森永先生は叫んだ。

「川崎先生、なぜこのようなことを?」

「蓬莱先生の残したメッセージがあることは知っていました。どうせろくなことが書かれていないでしょう。消去しなければと思ったのですよ」

「なぜだ!」

「あんたの親父は生徒に媚びを売って学校をダメにする! そんなことでは再び久葉中はダメになりますよ!」

 川崎先生は俺の方を指さした。

「独断で何でもかんでも決めるような先生だったから、そのメッセージが残されていてろくなことはないかもしれませんが」

 檜室先生が言う。

「いや、蓬莱先生の残したメッセージだからこそ見るべきではないですか」

 こう言ったのは佐川先生だった。

「蓬莱先生は生徒のために純粋に頑張る先生だったよ。ただその思いが強すぎたこと、私たちが誰一人としてその意見を聞こうとしなかったことではないかね、あんなことになったのは。

――文集の編集を手伝ってみて、悪いことじゃないと思ったよ」

 この言葉に、野島先生も、檜室先生も、増田教頭先生も驚いていた。川崎先生だけが「やっぱりか」とつぶやいた。

「佐川先生、あなた蓬莱先生の手伝いを?」

「いいじゃないか、別に。私も蓬莱先生の二の舞になりたかないから黙っていたけど」

 増田教頭先生に聞かれて、佐川先生はこう答えるとぷいとそっぽを向いた。みんなが唖然としている中、高瀬先輩はそれを見て平然としている。

高瀬先輩、あなたは、どこまで知っていたんですか?」

「……蓬莱先生が生徒思いだったこと、その一方で部活動に関してトラブルを抱えてきたこと、フロッピーディスクに何か残されていること、佐川先生や川崎先生は何か知っているということ――」

「どうしてそこまで知っていて教えてくれなかったんですか? フロッピーディスクも隠して!」

 篤志も、澄香も、牧羽さんでさえ高瀬先輩の答えを待っている。高瀬先輩は観念したように息をつくと、こう答えた。

「研究部の元顧問、蓬莱哲也先生はただならぬ事情があってこの学校から失踪した。その正体が分からないのに研究部でもない君たちを巻き込んではいけない、そう考えた。でもこんなことになってしまっては君たちに頼らざるを得ない。君たちがショックを受けるようなことを知ることがないように考えた。結局、元気君に見つかってしまい、篤志君、小倉さん、牧羽さんにも余計な心配をかけてしまったけれどね。

 それにまだ仮入部期間だ。蓬莱先生のことを知りたいがために研究部に無理に入部させることになるんじゃないか、それが一番心配だった……。

 でも1人でできることはやっぱり限界があったね」

 高瀬先輩は力なく笑った。俺たちの心配をしながら調べてきたのか。

「フロッピーディスク、見てみましょうか」

 増田教頭先生が言う。

「できるんですか?」

「元技術の教員ですから。多目的室に放置してあるものなら生きているかもしれません。鍵はありますか?」

「鍵は開いています」

「では先生方、後はよろしくお願いします」

 増田教頭先生はそう言って俺たちを多目的室へと連れて行った。

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