研究部の真実 11
増田教頭先生は多目的室にあった古いパソコンのうち1台の電源を入れ、使える状態にした。
俺は手始めに赤いフロッピーディスクをパソコンに挿入し、出てきたアイコンをダブルクリックする。出てきたものは写真のデータだった。
『研究部』のファイルには2,3人の生徒と父さんの2人で写っているものから数十人で写っている写真があった。おそらく研究部の集合写真なのだろう。パソコンの前に座る生徒たちや模造紙に何か書いている様子、理科室での実験風景や草むしりやゴミ拾いの奉仕作業、体育館のステージでのスピーチ、募金活動など研究部の活動の1コマと思われる写真も入っていた。写真に写る生徒はそれなりに笑っていたり、目が輝いていたりするのだが全体的な感想としては、生徒の顔が、どこか暗い、影を潜めているような雰囲気を醸し出していた。
他の赤いフロッピーディスクには学校行事の写真が入っている。
『修学旅行』は制服姿の生徒の他に鹿や五重の塔や千本鳥居が一緒に写っている。
『奉仕作業』ではジャージ姿の生徒がピースサインを向けて笑っている。
2枚目の赤いフロッピーディスクの『運動会』には応援合戦、組体操、棒倒し。
『合唱コンクール』には様々なアングルで撮った各クラスの合唱風景。
3枚目の『卒業式』のファイルは、ほぼ全員の卒業生が写っているのではないかというほど膨大な量の写真があった。
青いフロッピーディスクはこれらの行事の動画が記録されていた。皆楽しそうに笑っていたり、汗を流して夢中で活動に取り組んでいる。
黄色いフロッピーディスクには、過去の、おそらく父さんがいた時代に作ったであろうプリントの原本が保存されていた。ボランティアのお知らせ、スライムの作り方、少年の主張、作文の課題テーマ、文集や合唱コンクールの出し物の有志の募集、万田市の歴史調査。
もう1枚の黄色いフロッピーディスクには生徒が作った久葉中新聞や文集のデータが残っていた。
「これ、本当に研究部のものなのかな?」
「どうして? 研究部の活動内容そのままだと思うけれど」
「だってどこにも『研究部』って入っていないよ」
澄香に言われて俺ははっと気づいた。確かに研究部の文字がどこにもない。
「生徒に配るだけならいちいち書く必要がないと思ったんじゃないか?」
「そう……だね」
篤志の言うことも最もではある。こういう文書を作るのも負担になっていたはずだ。手抜きができるところはなるべく手を抜いたと考えてもおかしくはないのかもしれない。ただ、父さんがそんなことを考えるかというと、しっくりこない。
緑色のフロッピーディスクはデータが出た後ですぐに増田教頭先生に没収されてしまった。生徒の個人情報のデータだったのだ。ちらっと見えた研究部の部員の名簿には1人だけ名前が出ている。おそらく『研究部』のファイルにあった写真の彼女だけが部員だったのだろう。
「後1枚か……」
篤志が最後の白いフロッピーディスクを取り出した。
「これだけきちんとデータを分類してあって、ほかにどんな情報があるっていうんだ?」
「研究部関係かもわからないけれどさ、見てみなければ分からないよ」
俺はこう答えた。篤志はしぶしぶフロッピーディスクを先生に手渡す。これで最後のデータだ。
同じようにアイコンをクリックすると、出てきたのは1つの文書ファイルだった。ファイル名は『研究部』となっている。これをダブルクリックする。画面が開いたと思うと、真ん中にメッセージが現れた。
「あ、これパスワードが必要なファイルだ」
全員が俺の顔を見た。
「そんな、パスワードなんて知りません。
そもそも俺はそんなファイルがあったことすら何も聞かされていません」
俺は一生懸命首を横に振った。
「そんな……」
「どうして?」
みんな口々に言うが、俺だって分からない。パスワードにつながるようなことを言っていた?
「ファイルの更新日時は3年前の4月。ということは失踪する直前にこのファイルを作ったわけか。自分しかファイルを開けないようにパスワードを設定した訳じゃなさそうだし、おそらく元気君に何か情報を伝えたわけではないのなら、パスワードないしはそれにつながるヒントを書いたメモがどこかにあるってことか」
「メモ、ですか?」
思わず高瀬先輩の言葉を反芻する。
「誰にも見られたくない、ということは?」
篤志が聞くと、高瀬先輩は「可能性としては低いかな」と答えた。
「誰にも見られたくなければ、このファイルを消去するか、このフロッピーだけ持ち去ればいい。どうしても学校に残しておきたければ隠しファイルにしてもいい。蓬莱先生はファイルにパスワードをかけることができたのだから、そのくらい操作はできるはず。なのにパスワードがないとファイルを開けないようにしたのは、久葉中に見せたい人がいるということじゃないかな」
篤志は「そういうことですか」と頷いた。
増田教頭先生がチラりと俺の方を見る。俺は写真の裏を見た。赤いボールペンで描かれた桜の花、開花した桜、満開の桜……。
俺は3年前の始業式の日を思い出した。綺麗な桜吹雪の中、父さんは姿を消した。桜が、散っていった……。
「まさか、サクラ、チル……」
父さんは自分の姿を桜に重ねて、俺にあんな姿を見せたのか……?
そう思うと、目の前が真っ暗になった。
「いや、違うよ元気君。その桜は開花している。そんな暗いメッセージじゃない。きっと、元気君には頑張ってほしかったんだ」
そう言って高瀬先輩はパソコンの横で肩を叩いた。
「ということは、この桜って……」
花びら5枚の開花した桜。伝えたかったことはきっと。
「サクラサク……!」
俺はアイコンに「sakurasaku」と打ち込んだ。OKボタンをクリックすると、数秒経って、文章が現れた。俺はこの文章を読み上げた。
このファイルを開いてくれた研究部のみなさんへ
こんにちは。私は以前、研究部の顧問をしていた蓬莱といいます。現在、名前が変わっているかもしれませんが、この文章の中では研究部ということにしておきます。私は、みなさんに言い残しておきたいことがあります。
久葉中学校の生徒は、勉強にも、部活にも一生懸命励んでいます。これはとても素晴らしいことです。
しかし、これからの社会は、それだけでは通用しなくなっていきます。人の言うとおりに従っていればうまく生きていける、そんな時代はもう終わったのです。これからはみなさん自身で考えていかなければいけないのです。
そんな中、研究部は、自分たちで活動内容を考え、行動しています。誰もが人のため、学校のため、頑張っています。このファイルを開いてくれた皆さんにも、続けてほしいのです。
そのために、考えられるだけの知恵や力をつけてください。
そのために、人の気持ちを分かろうとする人になってください。
私はひっそりと久葉中学校を去ろうとしています。誰からも必要とされなくなったからです。残してきた家族には悪いと思っています。私は最後の挨拶すらできません。
最後に、研究部は、私の誇りです。
蓬莱哲也
これが、3年前の父さんの思い。最後の最後まで、生徒に思いを伝えようとしていた。
「どうして、急にいなくなったんだろう……」
俺はつぶやいた。この質問に答えられる人は誰もいなかった。
「というか、そもそも蓬莱先生はなぜフロッピーディスクなんていうわざわざ古い媒体を使ったのかしら?」
数秒立って、今後は牧羽さんが質問を投げかける。
「というと?」
「その頃ならとっくにUSBやSDカードが普及している。それらは記憶装置自体にパスワード認証機能がついているわ。それに、フロッピーディスクは2000年代に製造中止になっているから、これからどんどんフロッピーディスクは使われなくなることが予測できたはずなのに、記録をそんなものに保存している。
フロッピーディスクしか使えないとなると話は別だけれど、何かおかしいと思わない?」
「あ……」
折角保存して残したというのに、見る方法がなくなっていくフロッピーディスクという媒体をどうして使ったのだろう。そもそも父さんにとってフロッピーディスクとは使いやすいものだったのだろうか?
「っていうか、元気のお父さんっていくつだっけ?」
「今は39歳のはずだけれど」
澄香に聞かれて、父さんの年齢を考えてみた。
「じゃあ、フロッピーディスクなんてあまり知らないかもしれないわね」と牧羽さんが言う。
「どういうことだよ」
篤志が聞くと、高瀬先輩が話し始めた。
「確かにそのくらいの年齢の方ならUSBやSDカードの方が扱い慣れているし、セキュリティや保存状態を考えるとそちらの方が優秀。わざわざフロッピーディスクを使った理由は、使い方を知っている人間が少ない方が都合がよかったこと、そして、自身が使い慣れていたこと。
ですよね、増田教頭先生?」
高瀬先輩に指名されて、増田教頭先生は目を逸らす。
「どういうことですか、増田教頭先生?」
俺は増田教頭先生に近寄った。
「……君たちに気付いてもらえたということは、私は彼からのメッセージを知るべきだったということですか」
「どういう意味ですか、それ!」
彼からのメッセージを知るべきだった?
「増田教頭先生はこのフロッピーディスク、いやすべてのファイルの存在を知っていた。しかし消去するか保存すべきかは思い悩んでいた。それならば、この媒体が使えなくなる時を時効にして、誰かに、できれば元気君にこのファイルを開けさせたかった、そういうわけですね?」
高瀬先輩がきっぱりと言った。フロッピーディスクは今年変えたパソコンでは見ることができない。この年がちょうど最後のチャンスだから、そして息子である俺が久葉中に入学してきたから、このファイルを開けさせようと俺に研究部のことを教えた。
「じゃあ先生は父さんが失踪した理由を知っているんですか!」
「ええ。検討くらいは」
増田教頭先生は平然と答えた。最初から分かっていたのだ。
「何で教えてくれなかったんですか……なぜ隠していたんですか!」
俺は殴りかかる勢いで叫んだ。篤志や澄香が「落ち着け」となだめる。増田教頭先生は言った。
「知らない方がいいと思ったからです――君たちには話さなければなりませんね」
増田教頭先生は「長い話になりますよ」と言った。
「教えてください」と俺は言った。
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