研究部の真実 7

 図書室を出てみると、川崎先生がちょうど出てくるのが見えた。運がいい。佐川先生を後回しにして俺は「川崎先生」と声をかけた。それに合わせて高瀬先輩もこちらに向かってきた。

「どうしたんですか、蓬莱君。英語が分からなすぎて質問でもしに来ましたか?」

 失礼な、と思った。俺は「違います」ときっぱり答えた。

「蓬莱先生のことについて聞きたいことが――」

「何になるんです?」

 俺は川崎先生が言ったことが聞き取れなかった。

「今、なんと――」

「だから何になるんですか、自分から失踪した男について聞くのは」

「俺は理由が――」

「そんな取るに足る理由など存在するわけないでしょうに。逃げたんですよ、学校から。あいつは教師としての素質がなかったんです」

「そんなわけない!」

 そんなわけがない。あんなに一生懸命勉強していた父さんが。いつだって生徒のことを第一に考えていた父さんが。誰よりも生徒の成長を喜んでいた父さんが。

「それは言い過ぎではないですか」

 高瀬先輩が俺と川崎先生の間に割って入る。

「おや、相変わらずですか。手がかかりますね」

「僕がご指導いただいたことには感謝しますが、これとそれとは別問題です」

「言いますね、あなたも。そうやって数々の生徒のことを惑わしてきた蓬莱先生に似てますよ。蓬莱君、この男にだまされてはいけませんよ。あ、でも君だって蓬莱先生の息子ですからね」

 川崎先生はにやりと口元をなめた。もう我慢できない。

「さっきの言葉取り消せ!」

 俺は川崎先生につかみかかろうとしたが、高瀬先輩に行く手を阻まれた。そのすきにこれ幸い、と川崎先生は奥の方へ行ってしまった。

「待て!」

 俺は高瀬先輩の腕を振りほどいて駆けて行ったが、今度は肩をつかまれた。

「離してください!」

「こら! 殴りかかろうとするんじゃない!」

 俺は振り返って声の主を見た。田村先生だった。

「あれ……?」

「全く、図書室の方に行ったって言われて来たら突然大声を上げて殴りかかる騒ぎになるもんだからよ。まあ、川崎先生があれは悪い。後で言っておくから、今度からカッとなって殴りかかるんじゃないぞ」

 俺は黙り込んだ。本人に謝ってもらわなければ、いや謝ってもらったとしても気が済むものではない。

「先生、すみません」と後ろからふらふらと高瀬先輩が近づいてくる。田村先生は「お前ももうちょっと体力が必要だな」と声をかけた。

「でも2人がいるなら都合がいい。高瀬、頼まれたもの持ってきたぞ」

 田村先生はそう言って、ポケットから取り出した鍵を俺たちに見せた。

「多目的室の鍵じゃないですか!」

 そのカギはまさしく『多目的室』とネームプレートのついた鍵だった。しかし、前に見た鍵の形と違う。今ついている鍵は小さくて短い。田村先生は鍵を高瀬先輩に手渡した。

「これ、一旦見たかったんだろう? 後で探したら見つかったよ。これ、講義室の鍵だよな?」

「ありがとうございます。やはりそうでしょうね」

 田村先生と俺は顔を見合わせた。

「どういうことですか?」

「基本的に部活動で使う教室等の鍵は職員室に返すことになっているので、研究部でも部活が終わった後に机の鍵を閉めて鍵を職員室に返す。職員が鍵の管理をしているから机の鍵も職員の管理下にあったと考えられるよね。田村先生、職員はある程度自由に鍵の持ち出しができるのではないですか?」

「ああ。鍵の保管用の金庫はあるが、基本的に教室等の鍵は必要な先生が持っていけるように金庫の鍵は職員室にいる先生に預けることもある」

「ということは他の職員の目があるにしても自由に鍵は持ち出すことができます。おまけに多目的室の鍵がすり替えられるという事態も起きています。そこから考えられることは1つ」

「職員が多目的室の鍵と講義室の机の鍵をすり替えたってことですか!」

 俺がそういうと高瀬先輩はこくりと頷いた。

「でも、どうしてそんなことするんだ?」

 田村先生が聞くと、「多目的室の鍵を持ち出すことに疑問は抱きませんが、講義室の事務机の鍵は一応研究部が使っているので、職員が持ち出すことに疑問を感じる先生がいてもおかしくありませんよ」と高瀬先輩は言った。

「あれ、それなら田村先生は鍵をすり替えた張本人の可能性があるんじゃないですか?」

 そう言うと「人聞きの悪いことを言うな」と田村先生に小突かれた。

「元気君、その場合田村先生は俺たちの元に鍵を持ってくることはしない。職員の規定とかいくらでも理由はつけられるしね。それに、鍵の管理をしている田村先生本人なら鍵をすり替えなくてもいくらでも持ち出すことは可能だよ。

 しかも今朝は職員室で田村先生と会っているから俺たちより講義室1に行くことは不可能だしな」

 高瀬先輩は「それだけ田村先生の管理もずさんということですけれどね」と付け加えた。田村先生は「お前な……」とため息をつく。

「ということは、机の鍵を持ち出して講義室の机を開けることが目的だったということですか?」

「――! ああ、そうだね」

 高瀬先輩は俺の推理を呑み込むのに2,3秒かかったようだ。

「でも、何のためですか?」

「研究部への嫌がらせ、かな?」

 高瀬先輩は必死で答えを探しているようだった。

「まずは講義室の事務机の鍵かどうかを確かめてみよう。城崎も待たせているしな」

 田村先生がそう言うので俺たちは講義室1に行った。田村先生の言うように篤志がいた。

「どうした?」

「ちょっと呼び出しを食らったから遅くなったけれど、何かできないかと思ってここへ来たんだよ。そうしたら田村先生がいたから鍵を見せてもらっていた。僕は冬樹先輩がここに来るかもしれないからここで待っていたんだよ。まさか元気と一緒にいるとはな」

「父さんがいた当時を知る先生に話を聞いてきたところだけどな。図書室に行ったっていうのにまだ佐川先生には聞いていないけれど」

 高瀬先輩と田村先生は『多目的室』とネームプレートのついた鍵を講義室の机の鍵穴に差し込んでいる。鍵はぴったりと差し込まれた。

「どうやらここの鍵ですね」

「ここが研究部の使っている机だって知っていたんだろうか。でも、前はここ使っていたんだって?」

「というより、資料は元からすべてここに保管していたんです。視聴覚室だったころは部活の冊子すら置かせてもらえませんでしたから。おそらく蓬莱先生がいらしたときからそうだったのではないかと」

 高瀬先輩と田村先生はそんな会話をしている。

「そういえば何で職員室に行ったんですか?」

 篤志が聞いた。

「ん? ああ、野島先生から君たちが職員室に行ったと聞いたからな」

「野島先生?」

 篤志は首を傾げた。俺も今日初めて会った先生だ。無理はない。

「スーツよれよれのくせにいいネクタイしている先生だ。3年生の先生だけどな」と田村先生は言う。

「どこで会ったのですか?」

 高瀬先輩が聞くと、田村先生は「すぐそこの階段だよ」と言った。

「あれ、でも3年生の教室って1階ですよね?」と篤志が聞く。

「そうなのか?」

「そうだよ。3年生は1階。2年生が2階。1年生は3階だろう? でも2階には用はないですよね? 多目的室も使えないですし」

 篤志が同意を求めるように聞くと、田村先生が「図書室とかに用でもあったのかなあ」と腕を組んだ。

 でも野島先生は3階では見なかった。それに、高瀬先輩はどうして多目的室の鍵とすり替えられたのがここの鍵だと予想していたのだろう。それに、『ー震災に寄せてー 久葉中学校研究部』は探さなくていいのだろうか。多目的室では高瀬先輩は大切な資料と言っていたのに。

「ちょっと調べてみてもいいか」

 俺は独り言を言っていた。 

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