新入生への挑戦状 5

 彼女は牧羽美緒と名乗った。部活見学にも行かずにいたため警告を受けたらしい。俺たちは牧羽美緒の席を囲むようにして座ると、簡単な自己紹介や研究部の概要、これまでの経緯といった一通りの説明をした。

「それでなぜかそのうち1冊のワークが私のものだったってわけね。昨日集められて返却されているはずなのに戻ってこないのはおかしいと思ってはいたのよ。

 確かにD組は今日4時間目に英語の授業があった。私は講義室1で授業を受けていたからどんな人が座っていたかは見ているわ。でも誰だかは知らない」

 俺の頭はクエスチョンマークでいっぱいになった。

「どういうことだ。クラスメートで同じ教室にいるのに知らないってことはないだろう」

 篤志が言うと、牧羽美緒はこう答えた。

「なら、同じクラスの出席番号34番、誰だかわかる? 今はおそらく出席番号順に座席が指定されているから丁度この席に座っているはずよ」

 そう聞かれて俺は教室の席順を思い出してみる。確かに誰、と特定できるほど自信を持って答えられない。

「分からない」と俺は答えると、澄香も「私なんか、まだ全員の顔と名前が一致しないや……」と申し訳なさそうに答えた。

「そんなものでしょ。残念ながら、他を当たって」と牧羽美緒は言う。要するに名前が分からないと言いたいのだろう。

「できるよ。消去法ならある程度は絞り込むことができる」

 高瀬先輩はそう言って掃除用具入れの上の壁に貼られた1年D組の名簿を指さした。そこには出席番号と氏名、それに出身小学校まで書いてある。

「多分この名簿が一番使いやすい。これである程度は絞り込めるよ」と高瀬先輩は言った。

「そうか、講義室1で授業を受けるのは出席番号が偶数の生徒のみ。知らないと言っているということは違う小学校出身ですね」

 おそらく同じ小学校出身ならさすがに名前くらい知っているだろう。

「あと性別くらいわかればいいんだが……」

 篤志がそうつぶやくと、澄香が廊下側の壁を差す。

「あれを見れば性別がわかるんじゃない?」

 そこにあったのは係・委員会の割り当ての表だ。上から見ていくと、国語係の遠藤えんどう敦矢あつや矢島やじま航輝こうきは黒字で書かれているのに英語係の小高おだか理子りこ三好みよし咲月さつきは赤字で書かれている。

「そうよ、男子の名がが黒、女子の名が赤で書かれているのよ。確かその席に座っていたのは女子だったわ」と牧羽美緒が言った。

 こうしてその席に座っていた生徒を絞り込んでいく。

 澄香が「美緒ちゃんって山月さんげつ小なんだ」とつぶやく。「それだけ少ないのよ」と牧羽美緒は言った。

 入学式には出席番号、氏名、出身小学校がクラスごとにまとめられた『入学式のしおり』という冊子が配布されたようで、母さんは名簿をしげしげ眺めながら知っている名前についてどのクラスに誰がいるとか、今年は違う学区の子が何人かいるねとか、随分はしゃいだ様子で俺に話していた。

 母さんが言うには久葉中に入学した1年生のうち、4割強が高浜小、3割ほどが和泉小の出身なので残りの主な学区の小学校である横光小と山月小出身の生徒は比較的少ないという。これは高浜小と和泉小の児童が持ち上がりで久葉中に入学するのに対し、横光小の児童は久葉中と万田東中、山月小の児童は久葉中、万田中、万田東中と入学する中学校が分かれるからだという。

「女子の中から出席番号が奇数の生徒と山月小出身の生徒を除くと、この8人ということになるね」

 そういいながら高瀬先輩は勝手に背面黒板にその8人の名前を書いていった。

「先輩、ここ勝手に書いていいんですか?」と篤志が忠告する。

「後で消してくださいよ」と牧羽美緒も言う。

「ああ、確かに人のクラスの黒板に書くのはまずかったね。後で消しておくよ。

 では、この中でまだ顔と名前が一致していない人はいる?」

 牧羽美緒はこう答えた。

「小高理子、金田かねだ真知まち、この2人です」

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