研究部を探せ 3
増田教頭先生に大見得を切ったものの、今までで研究部の噂を聞いたことがない。とにかく人海戦術でやってみるしかない。だから今日は学校には俺は少し早く来た。階段を上っていく途中で、何となく昨日来た多目的室のある廊下を覗き込んだ。今日は足音が聞こえた。壁の陰に隠れて様子を見ると、本を持った学年主任で社会科担当の
足早に3階までの階段を上ろうとして見覚えのある生徒に出会った。
「
向こうも急に人が現れたことにびっくりしたようで、俺の顔を認識するまで目を見開いていた。
「……元気?」
俺は駆け寄って彼女に「おはよう」といった。一年生にしては随分早い登校である。
「どうした?」
澄香は「おはよう」と言うと、二コリとほほえんだ。
「私、家が遠いから早く着いちゃうの」
澄香の家は久葉中から自転車で1時間はかかる。時間に余裕を持って家を出ているということか。
「そうだね。じゃあ、一緒に行こうか」
うん、と澄香はうなずいた。
中学校に入ってからもクラスも俺はA組、澄香はB組で接点のない俺たちだったから、入学式で顔を見かけても声をかけることすらできなかった。高浜小学校も和泉小学校も久葉中の学区だから、澄香が久葉中学校に入学することは知っていたのだから、一言声をかければよかったかもしれない。でも、かなり背も伸びて大人びた入学式での彼女と、おてんばですぐに泣きじゃくっていた幼いころの彼女とをなかなか重ね合わせることもできなかったのだ。
「元気こそ、随分早いね」
「まあな。……ちょっと聞きたいことがあるんだ。澄香、研究部って聞いたことある?」
澄香は首を横に振った。
「何それ?」
「増田教頭先生によると、久葉中にもう一つ部活があるらしいんだ。それが研究部」
「どうして?」
「……父さんが顧問をしていた部活らしいんだ」
澄香ははたと立ち止まった。俺は続けた。
「昨日職員室に呼び出された。蓬莱先生に会ったことはあるか、何か連絡は来たかって。そのついでって感じで、研究部があるという話を聞かされた」
「そう……」澄香は小さな声でつぶやいた。
「まだ、帰ってこないんだ――」
俺は一段上った。
「大丈夫。俺は平気。母さんも頑張ってる。それにさ、折角久葉中に入学したんだ。3年間で何かわかるかもしれないしさ」
澄香は「そっか」と言って立ち止まった。
「私だったら待っていることしかできないのに」
俺はまた階段を一段上った。
「父さんに会うためには、俺も待っていることしかできないと思う。でも、いなくなって初めて気づいた。俺、父さんが毎日ここで何をしていたのか、何を考えていたのか全く知らないんだ。だから知りたい。いつか帰ってきた時のために、どんな理由があったとしても迎えられるようにしたい。だって家族だから」
澄香は「強いね」と微笑んでいた。もう一段階段を上がる。丁度踊り場になっていて、窓から朝日が差し込んでいる。俺は少しだけ澄香より明るい景色を見ることができた。
「中学校の先生ってやっぱりいろいろ大変だったんだと思う。それでもずっと生徒のことを一生懸命考えていて教えることに誇りを持っていた父さんだからこそ、でもあるかな。
俺は教師としての父さんが知りたい。それじゃダメかな」
澄香はちょっと考えた様子だったが、「そうだね」と言って階段を一段上った。
ようやく3階まで辿り着くと、「私も探す」と澄香は言った。
「え、澄香はもう入る部活、決めたんじゃないの?」
澄香はぶんぶん首を振ると、「ええっとね」と口走った。
「え、ええと、その……見てみたいと思ったの」
「……研究部を?」
「そう。他の部活は、新入生歓迎会とか、入学前の説明会での見学とか、ポスター掲示とかで紹介していたでしょ。でもさ、仮入部期間ももう少しで終わるのに、研究部って聞いたことないし、折角だから見てみたいと思って!」
俺は澄香の覇気に気圧されて半歩後ろに足を引きずった。
「そこまで言ってくれるのなら、一緒に探そうか」
「うん!」
澄香はにこっと笑った。
こうして俺と澄香は2人で研究部を探すことになった。
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