研究部を探せ
研究部を探せ 1
帰りの会が終わると、職員室に向かうため入学式で配られた校舎の地図を念入りに見ると、自分の荷物と地図を持って教室を出た。3階の1年A組から1階の職員室に行くには、図書室の方に進んでいくと右側にあるらせん階段を1階まで降り、右に曲がってまっすぐ行けば着く。俺はその通りに歩いて地図から目を離し、前を見た。「職員室」とプラカードのついた教室がない。それだけではない。人が誰もいない。静かすぎるのだ。
「ここ、どこ?」
左を見ると、木の板で作られたお手製の表札が掛かった教室だった。表札にはおそらく英語なのだろうけれど、何と書いてあるのか読めなかった。とりあえず分かったのは職員室ではないということである。
「ああ、全く! 誰かについてきてもらえばよかった!」
とは言ったものの、付き添いを頼むわけにはいかなかった。今が放課後だというのもある。今週いっぱいまでは仮入部期間となっていて、クラスメートたちは新入生歓迎会で紹介された部活を見学している。俺はどこの部活にしようか迷っているが、11の部活があるとはいえほとんどの友人はもう入部する部を決めていた。仮入部とはいえ、この時期になってしまうと途中参加も憚られる。だから、今日は誘いを断ってきたのだ。
でも、一番の理由は職員室に行く理由だった。今朝、担任の
真実は知りたい。でも、帰りを待つことだって悪くない。「よし!」と気合を入れると、後ろから「あの」と声をかけられた。
「へ?」
俺は間抜けな声を出してしまった。
気が付くと俺の後ろには人が立っていた。生徒であることは一目で分かった。久葉中の制服である学ランを着ているし、黄色のラインが入った学校指定の上履きを履いている。久葉中の生徒の上履きの色は学年で決められた色で、今年の1年生は赤だから違う色の上履きを履いている。身長は同級生とあまり変わらないから一瞬1年生だとも思ったがおそらく上級生だろう。片手には青いシャーペンを持っている。
驚きのあまり数秒ほど固まっていたが、思い切ってその人に聞いてみた。地図も分からず他に聞ける人もいない今、彼に自分の居場所を聞くしかない。
「ここって、どこですか?」
彼は「多目的室ですよ」と答えた。
俺は「多目的室……ですか」とつぶやくと、彼はこちらに近づいて俺が手に持っていた地図を覗いた。そして持っていた青いシャーペンを胸ポケットに差して、指で居場所を示してくれた。確かに多目的室と書いてある。地図によると、どうやら俺は今2階にいるらしい。さらに彼は「職員室に行きたいのならもう一階階段を下りて右に曲がると着くよ」と指でここからの行先を示してくれた。俺は思いもよらないことに「ありがとうございます」と頭を下げた。
「どうしてわかったんですか? 職員室に行くとは一言も言っていないのに」
独り言が聞こえたのなら話は別だが、居場所を尋ねただけで行先までわかってしまうとは。何者なんだろう。彼は「ああ、それはね」と地図を指さした。
「君の上履きのラインは今年の1年生の色である赤。地図を持っていて迷っている、ということからも学校になじんでいない1年生だと思いました。俺に素直に助けを求めてきたということは不用意に学校をうろついてみようと考えた人間ではない。ということは、1年生がここにいる理由は人探しか、どこかに行こうとして迷ってしまったか。でも、鞄も持っているから人を探しているとは思えません。ここに間違えて来るとしたら、ちょうど真上にある図書室かちょうど真下にある職員室のどちらか。でも、図書室に行きたいのなら1年生の教室も同じ階にあるのにわざわざ降りてこないでしょう。職員室や保健室の場所は把握しているとも考えましたが、教室から行くのなら間違えてしまったのも無理はないと。それに君1人だから1人で行くとしたら職員室に用があると考えました。どうかな?」
「へ、へえ……」
あれだけの短い時間でよくそれだけ考えられたものだ。それに、今まで中学校の上級生は厳しいものだとばかり思ってきたから、いきなり現れた下級生に道まで親切に教えてくれる人もいるとは思わなかった。もともとスマートな体型で端正な顔立ちをしているというのもあるだろうが、助けてくれたその上級生がとてもかっこよく見えた。
「それで、行き方は分かりましたか?」
彼が聞いてきたので、俺は「はい」と答えた。要するに俺はもう1階分階段を降りなければならなかったのだ。方向音痴にはよくある間違いである。俺は「ありがとうございました」といって階段の方へ向かった。ふと振り向くと、彼はその教室のドアを開けて教室に入っていった。一体何の教室なんだろう。
そんなことを考えている場合ではない。俺は職員室まで急いだ。
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