久葉中研究部へようこそ
平野真咲
プロローグ
桜の季節
並木の桜は満開となり、もう既に散り時となっている木もある。
春休み最後の日には毎年1人で久葉中学校の桜の木を眺めに来ている。小学校を卒業してこの
父さんはそれまでこの久葉中の先生だった。
俺は父さんの姿を見た最後の日を鮮明に覚えている。あの日もこんな風に桜が咲いていた。小学4年生の始業式の前日、父さんに連れられてこの久葉中の前にいた。桜が綺麗だから一緒に見ようと言われたのだ。確かあの日も満開の桜で綺麗だった。
「綺麗だろう」
「うん」
もともと桜には興味がなかったうえ、父さんの出勤時間に合わせたものだから朝早く出かけることになり、最初は乗り気ではなかった。けれど人がいない分金網の塀までのんびりと眺めていられたし、胸を張っている父さんの横顔を見ると来てよかったかなと思えた。
「元気」
父さんは俺の名を呼んだ。「何?」と聞き返すと、父さんはこちらを向いた。
「明日から4年生だな」
「そうだよ」と答えた。学年が上がるなんて大したことではない。クラスは持ち上がりだし、特別何が変わるわけではない。その時はそう思っていた。
父さんは「すぐに大きくなってあっという間に中学生にもなるんだろうな」とつぶやいた。
「でも、あと3年もあるよ。そりゃあ、父さんが久葉中にいるかは分からないけど」
学区を考えると、俺は久葉中に入学することになる。その頃には父さんは別の中学校で先生をやっているだろう。でもそれは先の話で、その時はまだ中学校に入学した自分を思い浮かべるなんてことはできなかった。
父さんは「でも、そういう日が来るからさ」と言った。
「いつまでも心に留めておいてほしい。自分がやるべきことをやり続けなさい。それだけの力を持てる人間になってほしい」
「やるべきこと?」
俺は顔をゆがめた。せっかく桜を見に来たのに、小言を言われるとは思いもしなかったからだ。
「まずは考えることからだ。自分にとって、他の人にとって何が必要なのか。そこから始めればいい。大丈夫。元気ならできる」
そう言って父さんは頭を撫でてくれた。俺は「分かったよ」と返事をした。
「じゃあな、元気」
「バイバイ!」
その時の俺はあまりにも無邪気に手を振った。こうして父さんは桜吹雪の中へと歩いて行ったのだ。その姿が今でも脳裏に鮮明に焼き付いている。
その日の午前中、学校からいつの間にか退職願が出されていると連絡が来た。久葉中の職員はおろか生徒もその日誰も父さんの姿を見ていないという。連絡が全く取れず、退職願を出した理由も分からない。母さんに連絡した途端、母さんはすっ飛んで帰ってきた。中学校の方もその次の日が始業式だったらしく、役職を決めなおさなければならないとパニックになって事情を聞く余裕もなかった。警察に捜索願も出したが未だに見つかっていない。
明日からは中学生。これからの3年間、この中で過ごす毎日が始まる。今まで外から見ることしかできなかった中学校に入ることができるのだ。
ここでなら、何かわかるかもしれない。
桜の花びらは風に舞い、学校の中へと吹き込んでいった。
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