第一章 七歳の決断

#06:七歳の進路相談 - 1

 やがて半年が経つ間に、シュテラは騎士の娘としての教育をオリビアから学んでいった。

 朝方は勉強をして過ごし、昼は街に出ていろんな人と話をしたり、探検をして丘のふもとにあるミールズという街に慣れ、夕方になれば、学校から帰る途中のマリアーナとエドワードと合流し、商店街でおやつを食べ、一緒になって帰宅した。


 シュテラは人が変わったように社交的な性格になり、──恐らくは元々そうだったのだろう。誰に対しても明るく、優しく振る舞うようになった。

 子供たちの中で一番のあばれんぼうはもちろんマリアーナだったが、シュテラは二番目にやんちゃになり、一番大人しかったのは相変わらずエドワードだった。サイラスたちにしてみればマリアーナが二人に増えたようなものだが、シュテラのお転婆は年頃の女の子らしい無邪気なもので、マリアーナの男勝りな性格とは大きく異なっている。

 故に、屋敷は以前より華やか……というより賑やかになり、笑いの絶えない毎日が続いた。


 やがて、美しい金髪と海色の瞳を持つ騎士団長の養女のうわさは、いつの間にかミールズの街中に広がっていた。

 サイラスはあまり目立つなとシュテラに注意したが、街というものが魅力的で興味津々だったシュテラには、とても無理な相談だった。



 夏も終わりに近付いたある夜、子供たちが寝静まった後で、サイラスとオリビアは寝室で話し合った。


「良い子になるとは言っても、これじゃあ先が思いやられるなあ」


 サイラスはそう言って横になったまま苦笑した。シュテラにはマリアーナにない女の子らしい部分があるので、マリアーナのような失敗だけはすまいと注意深く見守っていた。


「でも、あの子のお母様と交わした約束は守らなくてはいけませんわ」


 オリビアが鏡の前で自分の髪を梳かしながら言った。


「騎士とは約束を守るもの。そうでしたわよね、あなた」

「無論だ」


 サイラスは反射的に自信たっぷりに言い、それから唸るように喉を鳴らして付け加えた。


「うむ、その……少々難があるかもしれないがな」

「それでも、約束通りあの子に将来を決めさせましょう」


 オリビアは落ち着いた声で言った。


「きちんと育てたのなら、どちらに転んでも、私達に文句は言えませんわ。そうでしょう?」


 サイラスはまたもや唸った。


「自分で蒔いた種だからこそ、怖いのだよ私は。……知っているか、オリビア。シューが持っている、強大な力を」

「ええ、存じておりますわ」

「私がシューを拾った日、あの子は何をしたと思う? 騎士が五人がかりで動かせそうな瓦礫がれきの山を、たった一人で投げ飛ばしたのだぞ」

「そうでしたわね……」


 その怪力は、たびたび街の人を困らせ、同じくらいに街の人を喜ばせたという。


 ──例えば、こんな事件があった。ある時、木材を引きずるように運んでいる大工を見かけたシュテラが自ら手伝うと名乗り出て、なんと、一度に十人分の木材を担いで資材置き場まで運んでいってしまったのだ。

 大工たちは楽ができた、と言って喜んだのだが、その分の給料はシュテラに支払われることになり、大工たちは途端に肩を落としたという。


 また、ある時は、りんごの木から一つ一つていねいにりんごの芯を取って収穫していた農家のおばさんを見て、シュテラはこうすれば早いよ、とりんごの木を蹴った。

 ずしん、と響く音がしたと思うと、確かにりんごはたくさん落ちてきたのだが、衝撃が強すぎて幹が曲がってしまい、結局のところ、おばさんに怒られてしまう始末となった。シュテラは、何故自分が怒られたのか理解できず、しばらくふてくされていた。


 ――このような小さくも大きな事件の積み重ねで、街中に良くも悪くも怪力娘のうわさが流れてしまったのだ。そればかりか、名を訊かれれば、堂々と自慢げに、


「ウッドエンド家の養子の、シュテラ・エスツァリカです!」


 と、胸を張って名乗るものだから、街ではシュテラのことを知らない者はほとんどいなくなってしまった。


 ……そう。名乗ることは礼儀であると一番初めに教わったからだ。


 しかし、このままではいずれ城の者に素性を知られるのも時間の問題だ。そうなってしまっては、シュテラをウッドエンド家の養子として迎えた意味がなくなってしまう。


「過ぎたる力は身を滅ぼす、と言うだろう? あの子が大変なことに巻き込まれる気がしてならないのだ。明日の明け方、私は領主として、力のことを他言しないようお触れを出しておかねばなるまい。既に手遅れでなければいいが」

「ええ、そうするとよろしいですわ。あと、シューにはもっと正しい教育と道徳が必要でしょう。過ぎたる力を持つというのは何か理由があってのこと。悪いことに使われないよう、私達がしっかりと導かなければなりませんわね」

「そうだな……」


 サイラスはベッドの上で目を閉じ、どうしたものかと考えを巡らせた。


(確かにシューの力は強力だが、それ以上に懸念しているのは、シューの力や正体を王宮に知られてしまうことだ。何としても、それだけは食い止めなければならない)


 戦はシュテラを拾ったあの時から膠着状態にあるが、現状では戦力が整わず、一向に不利なままだ。アルドレアでは黒魔術の使用が禁じられており、相手の魔術に対抗する術もない。

 そんな中、シュテラのような怪力を持った少女が現れたと知れたら、国はどうするだろうか。シュテラを戦士に育て上げ、騎士として働かせるか。或いは、カルツヴェルンの娘だと知られれば、卑しい魔女だと罵られ、火あぶりにされるかもしれない。──いずれにしても、国王の重い腰は動き、今まで通りというわけにもいかなくなる。

 せめて、戦力の整わない今だけは、蜂の巣をつつくような真似はするべきではない。ましてや、幼いうちにシュテラを手放すなど、傷心の子供に更なる傷を負わせるようなものだ。

 彼女が自分を見失ったら──つまり、アルドレアと敵対してしまったら、脅威の一端となるばかりか、サイラス自ら娘を手にかけることになるかもしれない。それだけは、絶対に避けなくては。


 ……サイラスは静かに溜め息を吐き出した。


(やはり、今はダメだ。その代わり、近いうちに王宮に通ずる者──それも、中立な者にシューの面倒を見て貰う必要がある。あちらの事情を知る者であれば、いざという時にシューを護ることも出来るだろうからな)


 果たしてそんな者がいただろうか、とかつての戦友たちを思い浮かべると、直ぐにそれは思い当たった。


「どうやら良い策でも浮かんだようですわね」


 隣に身を寄せたオリビアがサイラスの顔を伺って微笑んだ。

 サイラスは勝ち誇ったような顔をした。


「ああ。明日、直ぐに文を出すとしよう」

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