#07:七歳の進路相談 - 2

 シュテラは間もなく七歳を迎える年頃だった。この国での七歳とは、将来に向けた進路を自分と家族とで決める歳なのだ。

 家が貧しいか、例えば鍛冶屋を営んでいるような家なら、店を引き継ぐために仕事を手伝うことになるが、そうでなくても、職人を目指すならどこかの店へ徒弟として弟子入りする子供も多い。裕福な家庭なら、大きな街の学校で学問を学ぶために入学するし、騎士の家庭なら、難しい編入試験を経て宮廷の騎士学校で戦い方と礼節を学ぶために入学するのが一般的だ。

 シュテラは、そうした進路やいくつもある可能性についてオリビアから学んできてはいるものの、まさかこんなにも進める道があるとは思わなかったので一人では決められず、そうしているうちに、だんだんやりたいことが分からなくなってしまった。


 八月の夏休みも残り二日しかない、という大切な朝方、シュテラはマリアーナとエドワードを連れ出して街へ遊びに出かけ、そのついでに九月から始まる新しい進路のことについて相談してみた。

 二人はシュテラよりも三つ年上なので、七歳の時のことは経験済みだった。


「あたしは、父さんのように騎士になりたかったんだ。今もそう思ってるよ」


 マリアーナは、街で置き去りにされている古い荷車の、斜めに突き上がった縁に飛び乗って言った。

 荷車はしばらく使われていないのだろう。車輪が土に埋まっているせいで、マリアーナを乗せてもびくともしなかった。


「……なのに、父さんは反対したんだ。『女なんかが騎士になれるわけがない。それよりレディとしての教養を身につけろ』ってさ。それで都市学校に通うことになったんだ」


 シュテラは残念に思った。荒っぽいけど優しい心を持つマリアーナは、自分の夢を叶える前に両親に止められてしまったのだ。


「けど、あたしはまだ諦めていないぜ。騎士学校じゃないし、騎士のお供として仕えるペイジにもなり損ねたけど、騎士になれる道はまだまだあるんだ」

「へえ。どうするの?」


 シュテラは好奇心を膨らませながら尋ねた。


「王宮で開催される、年に一度の武術大会があるんだ。そこで実力を見せりゃいい。今はまだ参加できないけど、大きくなったら参加して、絶対に優勝してみせるぜ!」


 シュテラは、マリアーナが大会で優勝して騎士になる姿を思い描いてみた。それはまるで、おとぎばなしで貧しい民を救うという、銀の鎧に身を纏った長い金髪の聖女のようだ。……無論、本当のマリアーナは母親似で燃えるような赤い髪をしていて、聖女とはかけ離れたイメージなのだが。


「じゃあ、エドは? エドは男の子だし、騎士になれるわよね?」


 シュテラが尋ねると、エドワードは父親と同じ栗色の髪を、慌てて左右に振り乱した。


「ぼくは騎士なんてなりたくないよ!」

「どうして?」

「誰かを傷つけたりするのはイヤなんだ」

「じゃあ、何になるの?」


 エドワードは首をすくめた。


「それを今決めてる」


 シュテラは驚いた。


「はじめに決めるんじゃなかったの?」

「七歳で決めるのはおおざっぱな選択で、学校か、働くところしか決まらない。だから、大人になって何になるかは、その後でもまだ遅くはないんだ。特に学校に行く場合はね」


 読書が趣味のエドワードは、もっと詳しいことをシュテラに話した。七歳から働く場合でも、何もずっと職人であり続ける必要はないのだと。鍛冶屋で徒弟となり、修行していた子供が、大人になってからは自分で新しい農具を造って畑を耕していた……という人もいたらしい。


「だけどさ」


 と、エドワードは指を立てて、マリアーナにも聞かせるつもりで注意深く言った。


「職人は他の仕事に鞍替えできるけど、騎士になろうと思ったら、騎士でしか生きていけないんだ。自分の一生を、王様や領主様のためにささげるからね」


 シュテラは、はっと気がついた。


「じゃあ、もしかして、お義父様がマリィの騎士になる夢を反対したのって……!」

「うん、つまりは、そういうこと」


 マリアーナは知ってた、とばかりに苦笑した。


「それでもあたしは、騎士にさせたがらない父さんのようになりたいんだ。エドは、少なくとも騎士にはなりたがらないようだしさ」

「まあね」


 と、エドワードはぶっきらぼうに言った。


「だから、マリィには頑張ってほしいな。ぼくは騎士になりたくないからさ」


 マリアーナはどこか馬鹿にされたような気分になった。

 親が期待しているのはエドワードであって、マリアーナではないということを知っていたからだ。


「いくじなし」


 マリアーナは荷台から飛び降りて言った。


「あんた、それでも男の子かよ!?」

「マリィだって、それでも女の子なのかよ」


 エドワードも負けじと言い返した。


「それに、ぼくが騎士になったら、困るのはマリィの方じゃないか!」


 まただ、とシュテラは深く溜め息をついた。二人がこんなふうにいがみ合ってしまうと、三日は続いてしまうのだ。


「もう、二人とも、またケンカしないで! 二人とも夢があるんだから、それでいいじゃない」


 そんなふうに仲介に入ると、今度は怒りの矛先が、揃ってシュテラに向けられる。


「そういうシューは、いつになったら決めるんだ?」

「そうだよ。それだけの力があるんだったら、騎士でも大工でも、なんだってできるじゃないか!」


 ケンカしたと思ったら一斉に二人に言い寄られ、シュテラはたじろいだ。


 確かに、二人の言う通りだった。彼らには特別な力はなく、性別がどうとか言われるだけで将来を決めさせられる。

 だが、シュテラには、誰よりも強く、誰もが持ち合わせていないような特別な力があった。今はその力を持て余しているわけだが、いつか自在に操れるようになれば、きっとどんな仕事だってできるのだろう。


 結局、悩みは振り出しに戻る。二人の体験談はあくまで二人だけのもので、シュテラにはいずれも当てはまるわけではないのだから。


「なあ、アレ見なよ、シュー」

「うん?」


 突然マリアーナに肘で叩かれたシュテラは、後ろを振り返った。


「あれって……」


 町外れの方だ。騎士たちが雷獣に乗って列をなし、木が生い茂る小高い街道を進んで行くのが見えた。


「父さんの騎士団だ。かっこいいなあ。……ほら、先頭に父さんがいる!」


 列の先頭には、サイラスの姿もあった。家で見るようなチュニック姿ではなく、ぴかぴかにみがき上げられた鏡のような白い鎧を身にまとっている。

 そのサイラスが乗っているのは、半年前、シュテラが納屋に閉じこもった時に面倒を見てくれた、あのエフィリオという雷獣だった。エフィリオとはあれ以来ちょくちょく納屋で挨拶を交わしていたが、昼間はサイラスが使っているので、この時間に出会うことはほとんどなかった。

 エフィリオは相変わらず美しい体毛を白く輝かせていたが、いつもと違うのは、鞍や甲冑を付け、サイラスが使う大きな槍を肩に取り付けていたことだった。


「どこへ行くんだろう?」

「あれは獣狩りだね」


 すっかりケンカのことも忘れ、マリアーナはうきうきと答えた。


「もうすぐ秋で繁殖期だし、森には凶暴な獣がうじゃうじゃいるからさ。狩りのついでに少し減らしておかないと、っていつも父さんが言ってる」

「減らすと、なにかあるの?」

「ちっちゃい生き物が助かるんだって。いっぱい食べられなくて済むんだ」


 言いながら、マリアーナは驚かそうとシュテラの肩をつかんだ。


「それに、人間もね!」


 シュテラはびくっと肩を震わせた。


「に、人間を食べるの!?」

「そうだよ」


 今度はエドワードが当然のように答えた。


「オーガなんて、特にね。あいつら、いっつもよだれを垂らして、お腹を空かせているんだ」

「そんな怖い怪物たちと戦うんだ……」


 小さな生き物が生きているとどうして「いいこと」なのか、子供たちにはまったくわからなかった。

 しかし、そんな小難しいことは子供のシュテラにとってはどうでもよく、普段大人しそうなサイラスがどう戦うのか、そっちの方に興味が湧いたのだった。


「ねえ。わたしたち、お義父とう様の戦ってるところを見に行かない?」


 マリアーナはもちろん頷いたが、エドワードは信じられないというように驚いた。ところが、


「なんなら、エドは先帰ってもいいんだぜ?」


 と、マリアーナがいじわるそうに挑発すると、エドワードはムスッとした表情で言い返すのだった。


「分かったよ! ぼくもついていけばいいんだろ!」


 シュテラとマリアーナは互いに顔を見合せるや、その一瞬の間にウインクを交わしあった。

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