第12話 あなたが誰を好きだろうと私には全然関係ないんだから!

 有栖川亜梨沙は大富豪である有栖川龍之介の一人娘で、高校二年生です。


 ちなみに亜梨沙はそれなりに美少女です。でも胸が小さいのを気にしています。


 クラスの男子達の多くは亜梨沙と付き合いたいと密かに願っています。


 そんな亜梨沙の邸に新しく執事が来ました。


 その人の名はトーマス・バトラー。執事の本場である英国の出身です。


 金髪で碧眼。その上イケメンで、亜梨沙は完全に一目惚れしてしまいました。


 でも誰にも言えずにいます。


 ところが、親友の桜小路蘭には見抜かれてしまいました。


 でも、亜梨沙はそれに気づいていません。




 亜梨沙はまたイケメンパラダイスな夢を見てしまいましたが、最後にセクハラ魔神の早乙女小次郎が出て来たので、


「何するのよ!?」


と叫びながら目覚めました。


(あいつ、昨日はいい奴って思ったのに)


 亜梨沙の小次郎に対する評価がまた急落します。しかも夢の中の行動のせいでです。


 あまりにも小次郎が哀れです。




 亜梨沙は父の龍之介に行ってらっしゃいのキスを以前のように自然にしました。


「今日は痛くないキスだったな」


 そんな事を言いながらも、龍之介はどんなキスでも亜梨沙がしてくれるのであれば大歓迎なのです。


「な、何よ、それ?」


 亜梨沙はキスの仕方が違うのを父に気づかれたのに焦りました。


 今日はトーマスが朝から出かけているので、ドキドキしなかったのです。


 心なしか、メイド達やトーマスに気がある警備員と庭師は元気がありません。


「では、行って来る」


 龍之介はリムジンに乗り込みました。


「行ってらっしゃいませ」


 一同がお辞儀をして見送ります。


 亜梨沙も父の見送りをすませると、鞄を肩にかけて玄関を出ました。


(トムが朝からいないのは寂しいけど、ドキドキしなくてすむから、ちょっとホッとしてる)


 トーマスは私用で朝早くから外に出かけているのです。


 複雑な心境で庭を出る亜梨沙です。


「おはよう、亜梨沙」


 珍しく蘭と天然娘の桃之木彩乃が門の前で待っていました。


「おはよう、蘭」


「おはよう、亜梨沙ちゃん」


「おはよう、彩乃」


 挨拶をすませると、蘭が早速動きます。


「ねえ、今日はトムはいないの?」


 蘭は庭の方を覗き込みながら尋ねました。


「ええ、今日は朝早くに出かけたみたいよ」


 亜梨沙はそう答えながらも、


(蘭てば、『トム』なんて呼んで。急に馴れ馴れしいわね)


と思います。


「そっか。残念。ご尊顔を拝謁しようと思ったんだけど」


 蘭は苦笑いして言いました。


 亜梨沙は蘭の言葉にギクッとします。


(蘭、本気でトムを? ダメよ)


 トムは私が好きなんだから、狙っちゃダメ! そう言えればどれほど楽かと思う亜梨沙です。


 でもそれが言えるくらいなら、もうトムと結婚していると思う亜梨沙です。


 妄想が重症化しています。


「亜梨沙ちゃんのお邸の執事さん、そんなにかっこいいの?」


 トーマスにほとんど興味がない彩乃が口を挟みます。亜梨沙は学園の方へと歩き出しながら、


「大した事ないわよ。蘭も趣味が悪いわよねえ」


と言いました。


(嘘よォ、トムゥ! 蘭を諦めさせるためなんだから、許してェ!)


 心の中で絶叫する亜梨沙です。


「そうよね。ジョニー様の方がずっとかっこいいわ」


 とろけてしまいそうな目で言う彩乃です。


(何だかそれは悔しい)


 私のトムはジョニデにだって圧勝しているわ! 


 声を大にしてそう言い切りたい亜梨沙ですが、決して言えません。


 それに何度も言うようですが、トーマスは亜梨沙のものではありません。

 



 その頃、高等部の保健室には、里見美玲先生と三年生の男子生徒がいました。


「招集かかったから来たんだけど、何?」


 男子が尋ねました。里見先生はニヤリとして椅子に座って大胆に黒のストッキングを履いた脚を組み、


「ちょっと可愛がって欲しい子がいるのよ」


と蘭のスナップ写真を見せました。


「おお、二年の桜小路か。おっぱいがでかいって噂だぜ」


 男子は写真を受け取って舐めるように見ます。


「そのでかいおっぱいを心ゆくまで揉みたいと思わない?」


 里見先生の目がギラッと光ります。


「俺は先生の方がいいけど」


 男子がふざけて里見先生の胸に手を伸ばすと、


「触ったら殺すよ!」


 里見先生ははさみを男子に突きつけました。


「じょ、冗談だって、先生……」


 男子は嫌な汗をたくさん掻いて言いました。


「私は男が嫌いなんだよ。触るのも触られるのも嫌なんだ」


 里見先生の目が鋭くなり、男子を威嚇しました。


「わ、悪かったよ。で、俺はどうすればいいのさ?」


 男子は後退あとずさりしながら言いました。里見先生はフッと笑って、


「放課後、美術室に隠れていて。その子を私が連れて行くから、好きにすればいい」


と言い放つと、鋏をクルクルと指で回しました。


「そ、そう……」


 男子は顔を引きつらせて応じました。


 


 美津瑠木新之助先生は、坂野上麻莉乃先生が里見先生に何かされはしないかと警戒しています。


 新之助先生は里見先生が保健室に三年の男子を連れ込むのを偶然見かけました。


(未成年を勾引かどわかしているのか?)


 妙な妄想を抱いた新之助先生は、保健室を見張りました。


 そうとは知らない里見先生は、共謀相手の男子を保健室から送り出します。


(まさか、まさか……)


 なりは大きくても、女性と付き合った事がない新之助先生は、二人が保健室で何をしていたのか妄想し、鼻血を垂らしそうになりました。


 エロいDVDを見過ぎです。


(保健室は昔から危ない場所なんだ)


 新之助先生は過去に何があったのでしょうか?


(後で里見先生を問い詰めてみよう)


 新之助先生は朝の職員会議があるので、職員室に戻りました。


 


 小次郎は、生徒指導の先生と麻梨乃先生からのお説教の後遺症で今日も元気がありません。


 亜梨沙にセクハラをする気力がないほどです。


 それなのに、


「近づかないで!」


 いきなり亜梨沙に言われたので、余計落ち込んでしまいました。


(俺、今日は何もしていないのに……)


 今日は何もしていなくても、今まで蓄積したものがあるのを考えようとしない小次郎です。


 但し、今日の亜梨沙は、夢の中の事で怒っているので、小次郎には罪はありません。


「どうしたの、亜梨沙ちゃん? 喧嘩でもしたの?」


 彩乃が小声で尋ねます。亜梨沙は席に着きながら、


「喧嘩なんかしてないわよ。あいつ、いつも私にスケベな事ばかりするからよ」


「彼じゃないのに亜梨沙ちゃんの胸やお尻を触ったりしたらダメだよね」


 ようやく二人が付き合っていない事を理解してくれた彩乃は、今度は小次郎が亜梨沙のストーカーだと思い始めています。


 実際、それに近いので、誤解という訳ではないですが。


 でも亜梨沙は、いつもと違う小次郎に気づきました。


(どうしたんだろう? 元気ないな、あいつ)


 触られないのはいいのですが、何となく寂しい気もする亜梨沙です。


「ねえ、どうしたの? 具合が悪いの?」


 亜梨沙は心配になって小次郎に声をかけました。


 またクラスの多くの男子が色めき立ちます。


(やはり早乙女暗殺を依頼すべきか?)


 貧乳至上主義者達の何人かは、ネットで殺し屋を実際探したのですが、見つからなかったようです。


 命拾いした小次郎ですが、まだ油断はできません。


「いや、別に……」


 小次郎は目の前に亜梨沙の赤チェックのプリーツスカートがヒラヒラしているのに全く反応しません。


(本当に大丈夫なのか、小次郎?)


 また金髪碧眼効果で女子達に囲まれてしまっている親友の高司譲児は、亜梨沙のパンチラに無反応の小次郎を見て本気で心配しました。


「はい、席に着いて」


 そこに麻梨乃先生が入って来ました。亜梨沙は溜息を吐いて席に戻ります。


(今日は言いがかりみたいなものだからなあ)


 亜梨沙は小次郎にいきなり、


「近づかないで!」


と言ってしまった事を後悔しました。




「麻梨乃先生……」


 里見先生はいつ撮影したのか、麻梨乃先生の画像を携帯の待ち受けにして眺めていました。


「愛しています……」


 画像にキスして、右手がいけないところに伸びて行く里見先生です。


 


「美津瑠木先生!」


 廊下を歩いていた新之助先生に三年生の錦織瑞穂が声をかけました。


「ああ、錦織か。何だ?」


 新之助先生はニコッとして言いました。瑞穂はそんな新之助先生の仕草にすらドキッとしてしまう新之助先生マニアです。


「えと、質問があるので、いいですか?」


 瑞穂はせわしなく黒縁眼鏡を上げながら言いました。


「ああ、いいよ」


 新之助先生は手からずり落ちかけた教材を持ち直して言いました。


「先生は現在お付き合いしている人はいますか?」


 瑞穂はダメ元で思い切って尋ねました。


「ええ!?」


 新之助先生はまさかそんな質問が来るとは思っていなかったので、仰天してしまいました。


「ええ!?」


 もう一人仰天している男がいました。


 瑞穂の事が好きで、瑞穂をこっそりつけているクラスメートの寺泉学です。


 学は廊下の角から二人の様子を観察していたのです。


「いやあの、それはどういう意味だ、錦織?」


 新之助先生は、瑞穂に対しては全く恋愛感情は湧かないので、からかわれていると思って尋ね返しました。


「どういう意味も何も、言葉通りです」


 瑞穂は真っ直ぐに新之助先生を見つめて答えました。


 新之助先生は瑞穂の瞳にビクッとしました。


 いくら鈍い新之助先生でも、その目が意味する事はわかりました。


(まずいぞ、これは……。教師と生徒の間で、そんな……)


 どう答えればいいのかと迷う新之助先生です。


「先生?」


 俯いて黙ったままの新之助先生の顔を瑞穂が覗き込みます。


 新之助先生はハッとして、


「付き合っている人はいないが、付き合いたい人はいる」


と答えました。すると瑞穂は間髪入れず、


「それって、麻梨乃先生ですか?」


「え?」


 わかり易いという表現が一番しっくり来るほど、新之助先生は顔が赤くなりました。


「やっぱり……」


 瑞穂は溜息を吐きました。新之助先生は焦って、


「あ、いや、違うぞ、坂野上先生じゃないぞ……」


と言いながらも、顔が破裂しそうなくらい熱くなるのを感じています。


「わかりました。先生は、胸が大きな女性が好きなんですね」


 瑞穂は目に涙を浮かべてそう言うと、ダッと廊下を駆け去ってしまいました。


「おい、錦織!」


 新之助先生は慌てて声をかけましたが、瑞穂はすでに姿を消していました。


(美津瑠木の奴!)


 それを見ていた学は、右手の拳を握りしめました。


(いつかぶちのめす!)


 彼はそう決意し、教室へ戻りました。


 


 結局、亜梨沙は小次郎と話す機会を持てず、放課後になりました。


「あれ?」


 気がつくと、小次郎がいません。


「何よ、あいつ……」


 セクハラされた時はとっとと帰れと思った亜梨沙ですが、今日はいて欲しかったと思いました。


(何だか、私が酷く悪い事したみたいじゃないのよ……)


 どうにも心持ちが悪い亜梨沙なのです。


「あら?」


 今度は蘭の席を見ると、またいなくなっています。


(最近蘭も付き合い悪いんだよなあ。どうしたんだろう?)


 蘭の秘密特訓を知らない亜梨沙は、首を傾げました。


「亜梨沙ちゃん、帰ろうよ。今日私の家で、ジョニデのDVDを一緒に観ない?」


 彩乃が声をかけて来ました。


「うん、いいね。行こうか」


 真っ直ぐ家に帰ってもトーマスがいないので、どこかで寄り道したいと思った亜梨沙は、彩乃の誘いに乗りました。


(でも、ジョニデって、誰?)


 実は全然ジョニデを知らない亜梨沙です。


 


 一方蘭は、玄関へと廊下を急いでいました。


「桜小路さん」


 それを里見先生が呼び止めました。蘭はゆっくりと振り返ります。


「何でしょうか?」


 作り笑いで尋ねる蘭です。


「ちょっといいかしら? 貴女とお話ししたい人がいるのだけど?」


 里見先生はフッと笑い、小首を傾げます。


(何よ、この魔女、私をたぶらかすつもり?)


 蘭は里見先生が女性が好きだという事を知っています。


 だからこそ、トーマスに会いに行こうとした麻梨乃先生を里見先生を利用して引き止めさせたのです。


 生徒の中で一番の魔女の蘭と、教師の中で一番の魔女の里見先生が対峙する。


 世にも恐ろしい光景です。


 


 彩乃に付き合った亜梨沙は、彩乃と舗道をいつもと逆の方向に歩いています。


「彩乃の家、こっちじゃないよね?」


 亜梨沙が言うと、彩乃は、


「今日はレンタルが安い日なの。TOTAYAで一週間レンタルが五十円なのよ。だからジョニデのDVD全部借りようかと思って」


とウットリとした目で言います。


「全部って、どれくらい?」


 亜梨沙は不安な駆られながら尋ねました。


「五十巻」


 彩乃は会心の笑みで答えました。


 凍りつく亜梨沙です。


(何時間かかるんだよ、それって……)


 今更帰るとは言い出せず、そのままレンタルショップに行く亜梨沙です。


 その時でした。


「あ」


 亜梨沙はトーマスを見かけました。


 今日は会えないと思っていたので、何だかとても嬉しくなります。


 しかし、彩乃がいるので、嬉しそうにトーマスに駆け寄る事もできません。


 いえ、彩乃がいなくても駆け寄れないでしょう。


 トーマスはコーヒーショップから出て来ました。


 そこは彼の母国の英国に本店があるお店です。


(あんなところで何をしていたんだろう?)


 亜梨沙は気になってトーマスを観察しました。


「あ……」


 亜梨沙は衝撃を受けました。


 トーマスに続いて出て来たのは、金髪碧眼の美人です。


 長い髪が腰の辺りまであります。


 着ているのは落ち着いた色合いの紺系のスカートスーツです。


 身長は蘭と同じくらいで、亜梨沙より少し大きいかも知れません。


「誰……?」


 あまりの展開に彩乃が呼んでいるのも聞こえなくなっている亜梨沙です。


 しかも、その直後、二人は軽めのキスを交わしました。


「嘘……」


 亜梨沙は自分でも気づかないうちに涙を流していました。


「亜梨沙ちゃん、どうしたの?」


 彩乃が反応のない亜梨沙に近づき、肩を揺すりました。


「ああ、ごめん、彩乃。私、用事思い出したから、帰るね」


 亜梨沙はそう言うと、涙を拭って駆け出しました。


「ああ、亜梨沙ちゃん!」


 意味がわからない彩乃は驚いてしまいます。


(トムにだって、恋人くらいいても不思議じゃないのに……)


 亜梨沙は拭っても拭っても止めどなく溢れる涙を零しながら、枯れ葉が舞う舗道を走りました。


「あなたが誰を好きだろうと私には全然関係ないんだから!」


 それでも最後は強気に決める亜梨沙です。

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