第8話 あなたは無敵の執事でなくちゃいけないんだから!

 有栖川亜梨沙は大富豪である有栖川龍之介の一人娘で、高校二年生です。


 ちなみに亜梨沙はそれなりに美少女です。でも胸は残念です。


 そんな亜梨沙の邸に新しく執事が来ました。


 その人の名はトーマス・バトラー。執事の本場である英国の出身です。


 金髪で碧眼。その上イケメンで、亜梨沙は完全に一目惚れしてしまいました。


 でも誰にも言えずにいます。


 ところが、親友の桜小路蘭には見抜かれてしまいました。


 でも、亜梨沙はそれに気づいていません。


 


 トーマスの眼力に只一人落ちなかった(あくまで亜梨沙視点)保健担当の里見美玲先生。


 その里見先生は、男を汚らわしい生き物と考える百合族の人でした。


 里見先生は、以前から思いを寄せていた坂野上麻莉乃先生を保健室に呼び出し、睡眠薬入りの紅茶を飲ませ、眠らせました。


 そしてベッドに運び、服を脱がせてしまいます。


「素敵です、麻莉乃先生。貴女は男なんかと関わってはいけない。私の恋人になってください」


 里見先生は眠っている麻莉乃先生の大きな乳房を撫で始めます。


 それはまるで大きな水風船のような感じにポヨヨンとします。


「うん……」


 麻莉乃先生が呻きました。里見先生はビクッとして手を止めます。


「気がついたんじゃないわね」


 里見先生はホッとして微笑みました。


「奇麗です、麻莉乃先生」


 里見先生は麻莉乃先生の唇に吸いつきます。


 貪るように麻莉乃先生の唇にキスをし、やがて舌を口の中に入れて行きました。


「麻莉乃先生……」


 麻莉乃先生も誰かとキスする夢でも見てしまっているのか、里見先生の舌に自分の舌を絡ませて来ました。


「ああ……」


 里見先生は麻莉乃先生の胸を撫でながらキスをしているうちに気持ちが高ぶって来たようです。


「麻莉乃先生」


 彼女は麻莉乃先生のピンクのパンツも脱がせ、その下から現れた同じくピンクのパンティを脱がします。


「麻莉乃先生!」


 里見先生は自分も服を脱ぎ始めます。豊満な乳房を揺らし、彼女は再び麻莉乃先生の唇を貪りました。


 その時です。


 ドアがノックされました。里見先生はピクンとして服を着て、麻莉乃先生に布団をかけます。


「はい」


 ドアのすりガラスの向こうに見える人影に応じます。


「すみません、里見先生、坂野上先生はいらっしゃいますか?」


 美津瑠木新之助先生でした。


「はい、いますけど、まだ休んでおられます。どうなさいましたか、美津瑠木先生?」


 里見先生は服と髪の乱れを直しながら立ち上がり、ベッドの周囲をカーテンで囲みます。


「坂野上先生が担任のクラスの有栖川から電話があって、先生がいらっしゃるという話だったが、まだお見えにならないと言われたんです」


 里見先生は舌打ちしました。


(有栖川亜梨沙、余計な事を…)


「里見先生?」


 新之助先生は中に入ろうとしてドアを開こうとしましたが、中からロックされているので開きません。


「あれ? 鍵かけてるんですか、里見先生? 開けて下さいよ」


 ガタガタとドアを揺らす新之助先生の行動に驚いた里見先生はクイッとチェリーピンクの楕円形の眼鏡を上げ、


「今開けます!」


と怒鳴り、ドアに駆け寄ってロックを解除しました。


「麻莉乃先生は?」


 奥を覗き込む新之助先生を里見先生は遮るように立ち、


「まだ安静にしてもらっています。有栖川さんには、今日は坂野上先生は行けないとお伝えください」


「え、いや、あの……」


 新之助先生は里見先生に押されて保健室を出ました。


(里見先生、いい匂いがした。それによく見ると可愛い……)


 麻莉乃先生一筋が更に揺らぐ新之助先生は、ボンヤリしたまま職員室に戻りました。


「ああ、男に触れてしまった!」


 里見先生は悲鳴に近い声で言うと、部屋の奥にあるシンクで消毒液を使って手を洗います。


「しかもあんな男を触ってしまった! あー、嫌だ」


 里見先生はまさに皮膚をこそぎ取るのかというくらいの勢いで手を洗いました。


 その目は危険をはらんでいるようにギラギラしています。


「さあ、もう一度楽しみましょう、麻莉乃先生」


 里見先生は殺菌消毒したタオルで手を拭うと、麻莉乃先生に近づきました。


「あれ、私……?」


 その声にギクッとして立ち止まります。そして気持ちを落ち着かせるために深呼吸をします。


「気がつきましたか、坂野上先生?」


 里見先生は微笑んでカーテンを開き、麻莉乃先生に言いました。


「あ、里見先生。私、どうしたんですか?」


 麻莉乃先生は自分の服が脱げているのに気づいたのです。


「すみません、私が脱がしました。坂野上先生が苦しそうにしていらっしゃったので」


 また麻莉乃先生と目が合わせられない里見先生です。


「え、でも私、その、ブラも、えと、パンティもですね……」


 麻莉乃先生は顔を赤らめて布団の中を覗き込んでいます。


 里見先生は誤魔化し切れないと思い、


「ごめんなさい、麻莉乃先生! 私が脱がせました。貴女の事が好きだから!」


と顔を真っ赤にして言いました。


「え?」


 麻莉乃先生はキョトンとします。


 もし、新之助先生が言ったのであれば、すぐに園長に連絡して解雇してもらうところですが、相手は女性の先生です。


 麻莉乃先生はそういう方々がいるのを知らないほどウブでも若くもありませんが、さすがに現実に目の前に現れると驚いてしまいました。


(もしかして、有栖川さんのところの執事さんとキスしていると思ったのは、まさか……)


 嫌な汗が出て来る麻莉乃先生です。


 やはり、麻莉乃先生は夢でキスしていました。それも亜梨沙の邸の執事のトーマスとでした。


(夢なら覚めないで、と思ったら、やっぱり夢だったのね……)


 トーマスとのキスが夢だったばかりか、その相手が女性だったのは、更にショックです。


「麻莉乃先生、私、真剣なんです! ですから……」


 里見先生がすがるような目で言いますが、麻莉乃先生が見ると目を背けます。


「里見先生、今回の事は誰にも言いません」


 麻莉乃先生は服を着ながら言います。


「はい……」


 里見先生はさっきまでの魔女っぷりはどこへ行ったのか、借りて来た猫より大人しくなっています。


「でも、今後、このような事があったら、その時は学年主任の先生に言いますから」


 麻莉乃先生はベッドから出てパンティを履き直しました。


 それをチラチラ横目で見る里見先生です。


「それに、私は男の人とお付き合いしたいのです。申し訳ありませんが、里見先生のご意向にはお答えできませんので」


 麻莉乃先生は乱れたマッシュショートヘアを直すと、保健室を出て行ってしまいました。


「……」


 里見先生は項垂れて、ベッドに倒れこみました。


 


 一方、新之助先生から、麻莉乃先生が倒れたので今日は行けないと告げられた亜梨沙は複雑です。


(喜んじゃいけないよね)


 亜梨沙は携帯を切りながら思いました。


「坂野上先生はどうされたのでしょう?」


 亜梨沙の背後に立ったトーマスが言いました。またビクッとする亜梨沙です。


「脅かさないでよ、トム!」


 トーマスと話せるのが嬉しい亜梨沙ですが、距離が近いのでドキドキしています。


「申し訳ありません、お嬢様」


 トーマスは深々と頭を下げます。亜梨沙はそれをドキッとして見ましたが、通りかかったメイド二人が仲良く失神しました。


 


 三年で学年トップの成績を維持し続けている錦織瑞穂。


 黒縁眼鏡でおかっぱ頭の地味な生徒ですが、新之助先生に恋しています。


 その新之助先生が保健室に向かったので、


(まさか、里見先生と?)


 瑞穂は妙な妄想をして赤面しながら、こっそり新之助先生をつけました。


 保健室の中から新之助先生が里見先生に押し出されるのを見てしまった瑞穂は、新之助先生が里見先生に迫って追い出されたと勘違いしてしまいます。


 新之助先生は肩を竦めて廊下を歩いて行きました。


(不潔よ、新之助先生)


 そう思いながらも、瑞穂の恋心は消えません。


(新之助先生、私に気づいて!)


 思うだけで通じるのなら、誰も苦労はしません。もどかしくなる瑞穂です。


「何してるのさ、錦織、こんなとこで?」


 不意に背後から声をかけられ、ビクッとする瑞穂です。


 振り返ると、七三分けが決まり過ぎている容貌の男子が立っています。


 学年トップの成績を瑞穂と争っている寺泉てらいずみまなぶです。


「何しててもいいでしょ。貴女には関係ないわ、寺泉君」


 瑞穂は顔を赤らめながら、走り去ってしまいました。


(今日は塾のはずなのに、何でこんな時間にここにいるんだ、あいつ? でも、可愛いから許す)


 学は実は瑞穂が好きなのです。でもそれを言えず、成績のライバルとしてしか接する事ができないヘタレです。


 その上、自分も瑞穂と同じ塾に通っているのに瑞穂の事を心配しているとは、相当重症です。


「まさか、あの筋肉バカ(注:新之助先生の事)が……」


 そんな事を思っていると、保健室から麻莉乃先生が顔を赤らめて飛び出して来ました。


 思わず柱の陰に隠れる学です。


(な、何だ?)


 学は、新之助先生が保健室から追い出されるのを見ていましたが、里見先生を見ていません。


 彼の頭の中で、新之助先生と麻莉乃先生のいけない関係の図が浮かびます。


「うう……」


 思わず鼻血を垂らしかけてしまう学です。


 


 有栖川邸から数km離れたところにある桜小路邸。


 その敷地は有栖川邸に匹敵します。


 邸の一角にある蘭の部屋です。高等部の職員室がすっぽり入るくらいの広さです。


「は、はい、ルル、こっちにおいで」


 蘭はローズピンク地に一本の白のサイドラインが入った高等部指定のジャージを着て、顔を引きつらせています。


 彼女の前には、一匹の長くて白い毛のチワワがいます。頭に着けられた真っ赤なリボンがユラユラしています。


 チワワは蘭を警戒しているのか、グルルと唸り声を上げて近づこうとしません。


「ああん、どうしてそんなに唸るのよ、ルル? 私は貴女と仲良くしたいのよ?」


 泣きそうな顔で言う蘭です。


(亜梨沙の邸のいるドーベルマンに対抗できるようにならないと、トーマスには近づけない)


 そう思った蘭は、決死の覚悟で苦手な犬を飼う事にしました。


 でも、チワワが精一杯でした。それでも怖い蘭は、逆にルルを警戒させてしまったのです。


「ルルゥ……」


 ビーフジャーキーを片手に持ち、愛想笑いをしてルルを呼ぶ蘭ですが、ルルはソッポを向いてしまいます。


「はあ……」


 蘭は項垂れてしまいました。


「トーマスは遠い……」


 彼女は天蓋付きのベッドに倒れこみ、ビーフジャーキーを放り出します。


「ワン!」


 ルルは投げ出されたビーフジャーキーに駆け寄り、食べ始めました。


 


 そして翌日の朝です。


 「では、行って来る」


 龍之介はいつものように会社に出勤です。


 メイド十人、庭師五人、コック三人、警備員二十人が龍之介を見送ります。


 そしてトーマスも見送ります。メイド達は龍之介に顔だけ向けてトーマスに目を向けています。


 警備員と庭師の一人も目をトーマスに向けています。


「行ってらっしゃい、パパ」


 亜梨沙はまだトーマスを気にしているので、ぶつかるようなキスをしてしまいます。


「いい子にしてるんだぞ、亜梨沙」


 先日の麻莉乃先生の手紙を読んで、龍之介は少しだけ亜梨沙に注意をしようと思って言いました。


「いい子にって、私はいつもいい子よ、パパ!」


 メイド達がクスクス笑うので、亜梨沙は赤面して言い返します。


「ははは、そうだったね」


 龍之介は微笑んでリムジンに乗り込みました。


「行ってらっしゃいませ、旦那様」


 走り出すリムジンに頭を下げるトーマス達です。


「じゃ、私も出かけるね」


 亜梨沙はそう言うと、車寄せから歩き出します。


「行ってらっしゃいませ、お嬢様」


 トーマスが深々とお辞儀をします。


 メイド達全員と警備員と庭師一人が倒れました。


「行って来ます!」


 亜梨沙はパンチラしながら庭を駆け出しました。


「お嬢様、落とし物です」


 トーマスが亜梨沙を追いかけて来ました。


 亜梨沙はそれに気づき、更に速く走ります。


 どうしようもないツンデレです。その上クマさんパンツ丸見えです。


「お嬢様」


 亜梨沙はいつの間にかトーマスの声が前から聞こえるので驚いて顔を上げました。


「きゃっ!」


 止まるのが遅れて、トーマスにぶつかってしまう亜梨沙です。


「大丈夫ですか、お嬢様? お怪我はありませんか?」


 ぶつかったまま動かない亜梨沙を心配して、トーマスが声をかけます。


「は!」


 亜梨沙はトーマスに抱きついてしまった事に気づき、茹蛸(ゆでだこ)も逃げ出すほど赤くなりました。


 顔が破裂しそうです。


「お嬢様、ハンカチを落とされましたよ」


 トーマスはキラッと白い歯を見せて微笑みます。亜梨沙は意識が遠のきかけました。


「あなたは無敵の執事でなくちゃいけないんだから!」


 亜梨沙はまたしても意味不明の事を叫び、トーマスが差し出したハンカチをバッと取ると、門に向かって走ります。


「ありがとうございます、お嬢様」


 トーマスはうやうやしくお辞儀をしました。


 それを見て、ようやく気がついたメイド達と警備員と庭師がまた倒れました。

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