第3話 十二神将が懐いたからって、私は懐かないんだから!

 有栖川ありすがわ亜梨沙ありさは大富豪である有栖川龍之介の一人娘で、高校二年生です。


 ちなみに亜梨沙はそこそこ美少女です。


 そんな亜梨沙の邸に新しく執事が来ました。


 その人の名はトーマス・バトラー。執事の本場である英国の出身です。


 金髪で碧眼へきがん。その上イケメンで、亜梨沙は完全に一目惚れしてしまいました。


 あれこれあって、学校に遅刻しそうになった亜梨沙でしたが、トーマスが車を用意してくれ、無事時間内に学校に着きました。


 遅刻はせずにすんだ亜梨沙でしたが、トーマスを見てしまった親友の桜小路さくらこうじらんと亜梨沙のクラス担任の坂野上さかのうえ麻莉乃まりの先生がトーマスに狙いを定めたようです。


 しかし、トーマスに握られた右手の事でいっぱいいっぱいの亜梨沙には、そんなライバル達の出現に気づく余裕はありませんでした。




「おっはよう、有栖川!」

 

 クラスメートの早乙女さおとめ小次郎こじろうが、無防備な亜梨沙のお尻をヒラヒラしている赤チェックのプリーツスカートの上からムンズと掴み、


「何だ、ケツも貧相だな、お前」


と言い放ちました。


「何するのよ!?」


 亜梨沙は振り向きざまに真空状態を作り出しそうな鋭いビンタを放ちます。


「ぶへえ!」


 ソフトモヒカンの髪を揺らして出っ歯の間から涎(よだれ)を飛ばしながら、そのまま数メートル吹っ飛んで校庭に倒れる小次郎です。クルクル回ったために、首にローズレッドのネクタイが巻きついています。


(しまった、折角トムが握ってくれた右手で、あんな奴を叩いちゃった!)


 猛烈に後悔する亜梨沙です。


 周囲にいる女子達が亜梨沙のビンタに仰天し、男子達は羨ましそうに痙攣している小次郎を見ます。


 実は、亜梨沙は気づいていないのですが、彼女は男子に結構人気があるのです。


(早乙女マジ羨ましい。俺も有栖川と付き合いてえ)


 そう思っている男子達ですが、


「相変わらず仲がいいのね、亜梨沙ちゃんと小次郎君」


 超弩級の天然女子である桃之木もものき彩乃あやのの無責任な発言のせいで、皆諦めムードです。


「彩乃、どこをどう見ると、私と早乙女君が仲が良く見えるのよ!?」


 亜梨沙は彩乃の途方もない解釈にムッとして詰め寄りました。


「どこからどう見ても、付き合っているとしか思えないわよ。ね?」


 彩乃はニコッとして周囲の男子達を見渡します。


 男子達はコメツキバッタのように素早く規則正しく頷きます。


「訳わかんない」


 亜梨沙はプイと顔を背けて歩き出します。


「ええ? どうして怒るのよお、亜梨沙ちゃーん」


 彩乃はそのウルウルした目を見開き、亜梨沙を追いかけます。


「全く、問題児ね、二人共」


 蘭は肩を竦めて二人を追いかけます。


「お前のバカもそこまで来たか、小次郎」


 本当はブロンドヘアなのに、何故か黒く染め、きっちり七三に分けた上、黒縁眼鏡をかけているちょっと変わった男子である高司たかつかさ譲児じょうじが呆れ顔で言いました。


「ああ」


 心の中で血の涙を洪水のように流しながら、小次郎は青空を見ました。


 


 亜梨沙は遂に小次郎の度重なるセクハラに我慢ができなくなり、隠れ巨乳の呼び声が高い麻莉乃先生のところに行きました。


 亜梨沙は小次郎のセクハラがどれほど酷いものなのか、切々と訴え、厳罰を求めました。


「あら、私は有栖川さんと早乙女君がじゃれ合っているのだと思っていましたよ」


 今日もピンク系のパンツスーツの麻莉乃先生は、亜梨沙がトーマスに気があるのを一瞬で見抜いていました。ですから、小次郎とくっ付ける作戦に出たのです。


(有栖川さんなんて、私に比べれば魅力に乏しいけど、油断大敵よ)


 トーマスと長時間接触できる亜梨沙は強敵だと判断した麻莉乃先生です。


 自分のクラスの生徒を恋敵に想定する麻莉乃先生はお茶目です。


(敵は各個に撃破せよ。当たり前の戦略ね)


 麻莉乃先生は見かけによらず「魔女」のようです。


(何としても、二十代で結婚するのよ!)


 今年で二十九歳の彼女はかなり切実でした。


「そんなあ。先生、早乙女君はですね……」


 亜梨沙は麻莉乃先生に気持ちが通じていないと思い、更に話をしようとしました。


「有栖川さんの思いはわかりました。私から早乙女君に注意します」


 麻莉乃先生は亜梨沙の言葉を遮りました。そして、


「女の子にはもっと優しくするようにね」


と言うと、亜梨沙に見えないようにニヤリとします。魔女です、魔女確定です、麻莉乃先生。


「よろしくお願いします」


 亜梨沙は一抹の不安を感じながらも、職員室を出て行きました。


 


 そして下校時です。


 亜梨沙はいつにも増して小次郎に敵意を剥き出しにし、半径一メートル以内に小次郎が近づくと、


「ガルルル……」


と猛犬のような唸り声を発して威嚇しました。


 そのせいか、小次郎は亜梨沙に近づきませんでした。


「やっと理解したか、あのバカ」


 亜梨沙は自分を見ている小次郎になおも威嚇をしながら、校舎を出ました。


「ごめんね、亜梨沙ちゃん。私が余計な事を言ったせいで」


 彩乃が涙ぐんで亜梨沙に謝りました。亜梨沙は苦笑いして、


「いいよ、もう。今度から気をつけてくれれば」


「ありがとう、亜梨沙ちゃん。もう二人が付き合ってるって事みんなに言ったりしないから、早く仲直りしてね」


 彩乃は全然理解していませんでした。項垂れる亜梨沙です。


「仕方ないよ、亜梨沙。それが彩乃ワールドなんだから」


 蘭が亜梨沙の肩を叩いて言いました。


「うん」


 亜梨沙は顔を上げて蘭を見ました。蘭は何故か薔薇ばらの花束を抱えています。


「何、それ?」


 亜梨沙は思わず訊いてしまいました。蘭は肩を竦めて、


「ああ、これ? いつものように、高司君がくれたの。『君は薔薇より美しい』ってメッセージカード付きでね。いつの時代の口説き文句なんだか」


「そうなんだ。蘭も大変だね」


 亜梨沙はふとセクハラ魔神の小次郎の隣にいる譲児を見ました。譲児は蘭に手を振っています。


「一回くらい、デートしてあげたら、蘭?」


 亜梨沙は小次郎と違ってセクハラはしないジェントルマンの譲児を気の毒に思って提案しました。


「冗談じゃないわ。私は同年代のバカ男子には興味ないの」


 蘭はスタスタと歩き出します。亜梨沙は彩乃と顔を見合わせてから、蘭を追いかけました。


「蘭ちゃん、ジョニデはダメよ。これ以上ライバル増えて欲しくないから」


 慌てて妙な心配をする「ジョニデ命」の彩乃です。すると蘭はニコッとして、


「安心して、私はそこまで妄想家じゃないから」


「え?」


 キョトンとする彩乃です。亜梨沙は苦笑いしました。


(蘭は超現実主義者だからね)


 亜梨沙達はそのままお喋りしながら、舗道を歩きました。




 そして、亜梨沙の邸の前に到着です。


「今日は亜梨沙のおうちにお邪魔しちゃおうかな」


 蘭が突然そんな事をニヤリとして言ったので、亜梨沙はギクッとしました。


(蘭てば、まさか本気でトムを……)


 血の気が引く亜梨沙です。


 蘭の狙った男子捕獲率は百パーセント。非常に緊急事態です。トーマスの身が危ないかも知れません。


「彩乃はどうする?」


 亜梨沙は弾除けくらいにはなるかも知れないと思い、彩乃を誘います。


「ごめんね、亜梨沙ちゃん。今日はWOWOWでジョニデ祭なの。家に帰って観ないといけないの」


 彩乃は申し訳なさそうに言いました。絶体絶命に一歩前進の亜梨沙です。


 彩乃は何度も謝りながら去って行きました。


 それに反して、ハンター蘭はニコニコしながらついて来ます。


(どうしよう?)


 思案に暮れる亜梨沙を無視するかのように、


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 トーマスが現れてしまいました。


「あ、亜梨沙、また来るわね」


 何故か蘭は顔を引きつらせてそう言うと、お金持ちのお嬢様とは思えない猛烈なスピードで駆け去りました。


「どうしたのかしら、蘭は?」


 訳がわからない亜梨沙ですが、取り敢えず蘭が帰ってくれてホッとします。


「お友達の方はどうされたのですか?」


 トーマスが近づいて来て尋ねます。亜梨沙はそこでようやくトーマスを見ました。


「え?」


 トーマスはドーベルマン十二頭と共に庭から現れました。


 蘭が逃走した理由がわかりました。彼女は犬が苦手なのです。小さな犬でも死ぬほど怖がります。


 亜梨沙はトーマスとドーベルマン達を見て驚愕します。


(えええ!? どうしてトムは大丈夫なの!?)


 通称「十二神将」と呼ばれているドーベルマン達は、亜梨沙以外が近づくと攻撃するはずなのですが、何故か皆、尻尾を千切れんばかりに振って大喜びしています。


「お嬢様がお帰りなのをこの子達が教えてくれました」


 トーマスは眩しいほどの白い歯を見せて微笑みます。


(ああ、もうどうにでもしてえ……)


 亜梨沙はその笑顔に卒倒寸前です。そしてはたと気づきます。


(まさかとは思うけど、この子達、みんな女の子だったわね……)


 人間の女性ばかりでなく、犬の雌までも虜にしてしまうらしいトーマスです。


「じゅ、十二神将が懐いたからって、わ、私は懐かないんだから!」


 恥ずかしさからまた意味不明の事を言い、トーマスから駆け去る亜梨沙です。恋愛初心者過ぎます。


「申し訳ありません、お嬢様」


 トーマスは優雅に頭を下げました。


 ドーベルマン達がそれを見て卒倒してしまいました。


 恐るべし、トーマス・バトラーです。

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