第8話 土下座するオボロ

 サクラはN市の中心街にあるセントラルパークと呼ばれる公園を、キョロキョロと瞳を輝かせながらジンタをつれて歩いている。オボロのマンションから出たあと、サクラはN市の町をさまよっていたのである。


 午後十時という時間ではあるが、パーク内にあるテレビ塔や、大きな噴水のまわりには大勢のカップル、酔ったサラリーマンがベンチや芝生に腰をおろしていた。


「ワーッ、あの鉄の塔を見てえ! 大きいねえ。天まで届きそう」


 ジンタはサクラの言葉が理解できるのか、クウンと鼻を鳴らしてテレビ塔を見上げる。


「夜なのに、すごく明るいよ。お爺さんの家は、夜はこんなにまぶしくなかったのに」


 目に写るすべてがサクラには新鮮であり、驚きであった。大勢の人間、巨大なビル群、何百台ものクルマが走る道路。眠りを知らぬ、都会。

 犬を連れたセーラー服の少女には、誰も見向きもしない。

 普通の人間には見えないのだから、当然ではあるが。


「でも、変ねえ。街がこんなに光が灯っているからなのかなあ。

 お月さまって、あんな色だったかしら」


 サクラはテレビ塔の上空で輝く月を見つめる。

 丸い大きな月。満月であった。

 夜空に浮かぶ月は、不気味な緑色の光を明滅させていた。


~~♡♡~~


 オボロは床に胡坐をかき、腕を組んだまま微動だにしない。

 シミョウは小首をかしげながら正座した腰を浮かし、右手の親指と中指で丸をつくった。

 そのままそっとオボロの額あたりに指を持って行く。


「私は寝ていない。したがって、その指を絶対にはじかないように」


 テヘッと舌をだしながら、シミョウは腰をもどした。


「アンタのデコピンをくらったら、拳銃で眉間を打ち抜かれるのと同じで、即死するわ!」


「だってえ、サングラスで目が見えませんものですから、てっきりお眠りになっていらっしゃるかのと、推測いたしましたのですわ」


「だから、寝てないってば。アンタが無理やり聴かせた話を、一般的善良な人間としてどう理解すべきなのか、考えているんだ」


 オボロは黒いレンズの下から睨んだ。


「そんなにお難しい話でございましたかしら?」


「難しいんじゃない! 常識の先端をゆく私のナイーブかつ繊細な精神が、アンタに無理矢理ねじ入れられた話で、ショート寸前なんだよ」


「あらまあ、オホホホッ」


「おほほほって、笑い事じゃないっつうの! 

 衣装も、現れる時代に合わせてるって言うけど、いったいどこからそんなオタクな情報を仕入れたんだか」


 オボロを無視するように、シミョウは正座のまま背後から真っ赤なショルダーバッグを手元に引き寄せた。本人の持ち物のようだ。

 シミョウはバッグの中から、コンパクトなタブレットを取り出す。


「なんだい、それは」


 指先で液晶画面を操作しながら、シミョウはぼそりと言った。


「これは、いわゆる閻魔帳えんまちょうに直結しているタブレットでございますわ」


「え、えんまちょー?」


「さようでございますの。ご存じでしょうか。閻魔帳には生存する人間の、すべての行動、罪悪が記録されていきますのですわ。そして、三途の川さんずのかわを渡られて、大王さまを中心とする裁判官の十王じゅうおうに裁きを受けます時に使用いたします」


 シミョウは得意げに、やや上から目線で説明をする。


「閻魔帳の意味は知ってるさ。だけど、それはどう見ても流行のタブレットじゃないか」


「オホホホッ、これは便利でしかも軽くてコンパクト。私たちの世界でも重宝させていただいておりますの。いまどき閻魔帳そのものを持ち歩くなんて非効率なことは、いたしませんのですわ」


「地獄まで、電脳化か」


「えーっと、ここをタップ! ですわね。はい、検索完了。

 オボロさまっと。ププッ、これは失礼いたしました。お生まれは、ハハアなるほど、そうなのですね。なんと、まあ、幼稚園のころ、いたいけない園児たちをそそのかして、悪業の限りを尽くすと。

 小中学校時には教師に対し反発、爆発物製造でテロ未遂等々。これは重犯罪者ではありませんか」


 シミョウは目を細め、オボロを見る。


「ちょ、ちょっと待て! 幼稚園の頃って、私だってカワイイ園児だったんだぞ! 悪業の限りって、幼い子は誰でも悪戯ワルサくらいするだろ。爆発物製造にいたっては、夜の校庭で花火大会をしただけだし。まあ、打ち上げ花火が間違って校舎に飛んでガラスを一枚、一枚だけだよ、割ったのは。

 なんか、スゴク誇張して記録されてないか?」


「いーえ。閻魔帳には事実が、ありのままに反映されておりますわ。脚色一切なしで」


 オボロは頭をかかえる。


「まさか、その閻魔帳に載っているままに判断され、私たちは裁かれるのか」

 

 シミョウは胸をはった。


「もちろんでございます!」


「そんな、死んでも死にきれないじゃないか」


「あなたさまが今までの大罪を悔い改め、今後は世のため人のため、誠心誠意尽くされるのであれば、情状酌量の余地はなくもない、とでも申しておきましょうか」


 さらに上から目線で、シミョウは口元に笑みを浮かべる。


「本人の私すら忘れかけていた過去を言い当てられたとすると、やっぱりアンタやあの男は本物の――」


「はあい。閻魔大王えんまだいおうさまであり、私は秘書官の一人、司命しみょうで間違いございません」


 なぜかシミョウは形の良い鼻孔をふくらませ、断言する。


「何百年に一回、十王が当番制で地上に出てきて世の中を巡回し、閻魔帳に漏れがないかを検査する。

 さらに今回は、地獄から脱走を図る亡者が現れて、地上で何らかのアクシデントを起こしているというネットの書き込みがあったため、最高裁判官である閻魔大王が秘書官とともに調査のため出動。

 しかし、地上では生きた人間には関与が難しいことから、としてたまたまこの私に白羽の矢が当たった。

 大筋は理解した。理解したけど、なぜ私が? そこにさりげない悪意が潜んでいると勘繰るのは、私の取り越し苦労なのだろうか。

 ところで、ネットの書き込みって言っていたけど、地獄でもナントカちゃんねるってのは存在しているの?  

 もう一度確認するけど、なんで私がパシリをしなきゃならないのだ」


「ナントカちゃんねるというのは、私の創作でございますの。話の流れからジョークを申したまで。

 実際には、地獄から派遣されている鬼さんたちが報告してくるのですよ。諜報活動を専門とする鬼さんたちが、各時代や各地に人知れず潜伏しておりますのよ。

 私や巡回される十王さまの衣装も、常にその訪れる時代と地域にピッタリの、最先端を揃えてくれてますの。

 いかがでしょうか、この装束。鬼さんたちには大層評判がよろしいございますのよ」


 シミョウは胸元の白いフリルを指差した。

 オボロは、がっくりとうなだれる。

 シミョウはニタリと笑みを浮かべて、タブレットをポンポンと指先で叩く。


「別に、あなたさまでなくても、よろしいのですわよ。十王さま方のお役に立ちたいという人間は、たーっくさんいますから。

 地獄直行間違いないあなたさまに、更生するチャンスを、わざわざ閻魔大王さまがお与えになろうというのに。

 お慈悲の手を差し伸べていらっしゃるのを蹴られるのなら、どうぞご自由になさって。

 この記録でいけば、大叫喚地獄だいきょうかん行きは間違いございませんわねえ。

 ちなみに大叫喚地獄とは、煮えたぎる熱湯と業火によって責めさいなまれ続け、それはそれは苦しゅうございますわよ。オホホホホッ!」


 勝ち誇ったように、シミョウはタブレットをつきだす。


「わ、わかったよ」


「エッ? 何か、おっしゃいましたかぁ」


 シミョウはオボロの顔の前で長い髪をかきあげ、わざとらしく耳に手をあてた。


「わかりました! パシリでも、なんでもやらせていただきます」


「あら、その言い方。なんか私たちが、無理やり強要しているみたいではございませんか?」


 今度はオボロが、深々と土下座をするはめになったのである。


「閻魔大王さまと、シミョウさまの忠実な下僕として、わたくしオボロは誠心誠意働かせていただきたく、ここにお願い申し上げますっ」


 カチャッ、とシャッター音がする。

 オボロが顔を上げると、シミョウがタブレットを操作していた。


「そこまでおっしゃるなら、仕方ありませんわ。元々閻魔大王さまは、菩薩ぼさつさまのおひとりでいらっしゃいます。

 しっかり言質げんちもここに記録されましたので、あなたさまの願いを聞き届けてさしあげますことよ」


 シミョウはにっこりと満面の笑みを浮かべ、タブレットの液晶画面をオボロに向けた。

 そこには動画で、オボロが土下座をしながら懇願している姿が映し出されていた。


(こ、こいつら、ホントは悪魔なんじゃないか)


 オボロは土下座のまま、床にくずれたのであった。


つづく

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