第5話 閻魔大王、怒る
「へえー、
男は無遠慮な視線で、リビングを見回す。
オボロの部屋は二LDKの間取りである。寝室に一部屋をあて、トビラ続きのもう一室とリビングルームを生活の間として利用しているのだ。
部屋の中は、本の
寝室と同じように、壁には木製の天井まで届く本棚を並べているのだが、入りきらない書物がそこかしこに積んである。
かろうじて食事をするスペースとして、リビングにダイニングテーブルセットを置いているのだが、その上にも本が重ねてあった。
「よけいなお世話だよ。自宅へは人を呼んだことはないし、招くつもりもさらさらないんでね」
オボロは寝室にトランクケースを置くと、リビングに現れた。
ハットとマントは寝室に置いてきた。
男はテーブルの上に積んでいる本をどさりと床におろし、コンビニの袋を置く。
「お、おい、勝手に本をさわるな! 使用する順番にきちんと置いてあるんだからな」
男は満面の笑みでオボロを見つめる。椅子をひいて、腰をおろした。
「な、なんだよ」
「腹が、減ってんだろ? おにぎりを食べてくれよ。ほら」
コンビニのビニール袋をひっくり返す。店の陳列をすべてさらってきたかのように、いろいろなおにぎりがドサッとテーブルに積まれた。
「いったい、いくつ買ってきたんだよ」
オボロは頭を抱えた。
「エッ? 買った?」
男は言いながら、すでにおにぎりの包みをはがし始めていた。
「まさか、これだけの大量の握り飯を万引きっ」
オボロはサングラス越しに、男を見据える。
「この私が、そんな悪事を働くように見えるか?」
「だって、買ったんじゃないとしたら」
「もらったんだもーんっと」
「ウソは、いけないな」
「ウソじゃねえよー。
コンビニの裏で立ってたらさ、店員のおにいちゃんが賞味期限切れのおにぎりを捨てようとしてたんだよ。
捨てるならちょーだい、って言ったら笑いながら袋にいれてくれたんだよね」
オボロは二の句を告げれらず、がっくりと肩を落とし、反対側の椅子に座った。
「ところで、アンタ。どうやって私の居所をつかんだのだ」
「はあ? 細かいことを言うなよう。いいじゃーん、とりあえず食べなって」
男はおにぎり二つセロハンをはがすと、両手に持ってムシャムシャと音を立てながら食べ始める。
口の中に押し込みながら、すぐに次の包みをはがしだした。
「アンタ、やっぱりホームレスか?
よく賞味期限の切れた食べ物を、平気で食えるな。
どこに住んでるんだ?
そう、それより名前くらい名乗ったらどうなんだい」
「えーっ、ご飯中に答えなきゃあだめかーい? まずは食べてからにしようじゃーん」
テーブルの上の積まれたおにぎりが、どんどん男の胃袋におさめられていくのであった。
~~♡♡~~
「いやあ、おにぎりって、シンプルだけど美味しいよなあ」
「アンタは、何を食べても同じセリフを言うよ。断言してもいい」
「ところでテレビないの? なんか
オボロはチッと舌打ちをし、テーブル横の本棚に向かった。
積まれた本をどけると、小さな液晶テレビが顔をだす。
「ちっ
男は笑いながら椅子にもたれる。
真っ白な歯に海苔がこびりつき、前歯が欠けたように見えた。
「この時間だと、バラエティは終わっちゃってるかあ。
そうそう、ニュース観ようぜ、ニュース」
男に言われ、オボロは普段はまず観ることのないテレビのスイッチを入れた。
テレビのニュースは、殺人事件の現場中継を流していた。
「――先ほどからお伝えしておりますように、本日午後八時半すぎにN市中村区の飲食店が入るビルの裏路地で、飲食業の○田×子さんが遺体となって発見されました」
相も変わらず世間ではさまざまな事件が起き、メディアをにぎあわせている。
オボロは世事に関しては、とんと興味を抱かない。
だからテレビがあるにも関わらず、ほとんど観ないのである。そんな時間があれば読みたい占術関係の書物が、山ほどあるのだ。
「さあって、そろそろお引き取りいただこうあかな。名無しのイケメンさん」
男をサングラス越しに見た。
「うん?」
オボロは眉をしかめる。
男の顔が真剣になり、テレビに視線が釘付けであったのだ。
オボロは背後に置かれたテレビを振り返る。
「――という状態で発見されたときには、まるで大型の肉食獣に喰い散らかさられたように、あたり一面は壮絶な痕跡が残されており、唯一の手がかりは路地に落ちていた高級腕時計でした。かなり高価な物で、これは二ヶ月ほど前に友人と香港旅行した際に購入したものと思われます。
一ヶ月前に同じ
女性のアナウンサーが,難しい顔つきでしゃべっている。
「なんだい、アンタ、こういう猟奇殺人に興味あるのか」
男は歯を食いしばり、まるで人が変わったような表情になっているではないか。
「ううぬっ、ぬかったか!」
男はガバッと、立ち上がった。
「エッ? エッ? 突然どうしたんだい、アンタ。
まさか、このテレビでやっている事件の関係者なんていうんじゃないだろうね」
人がこれほどの怒りを、むき出しにすることができるのであろうか。
オボロは茫然と口を半開きにしたまま、男を見上げた。
「やはりこの町であったか!
私のにらんだ通りだ。くうーっ、そばまで来ていたながら、なんということだ。
落とさなくていい命を、あの女性はっ」
男は手をついたテーブルの上で、身体を震わせている。
ギロリと、血走った目がオボロを睨んだ。
オボロは恐怖、というよりも、もっとはかりしれない原始的な畏怖に全身を包まれた。
「オボロ、私に手を貸せ」
「どういうこと?」
男は居丈高にオボロを見下ろし、両腕を組んだ。
「私は、
「め、めんま?」
「いや、メンマではない! 地獄を
閻魔大王と名乗る若い男は、烈火のように言葉を吐き出した
「エッ、エエエーッ!」
オボロは恥も外聞もなく叫び、椅子から転がり落ちたのであった。
つづく
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