第3話 パーフェクトなホスト
翌日の夕暮れ時、オボロは久しぶりにN市の繁華街へ出かけた。
旧友が、自分を捜しているらしいとの話を耳にしたからであった。
うらぶれたバーで再会することになり、この日は愛車ではなくタクシーでくり出したのだ。
その友達とは互いにこれまで助け、助けられという関係であり、親友と呼ぶ間柄なのである。
オカマバーを経営する友は深刻な問題を抱えていたようで、人前では口にできない内容であったのだ。
親友は絶大なる信頼を、オボロに寄せていた。いままで培った占術師としてのノウハウよりも、オボロの頭脳に蓄積された膨大な知識、情報量が役にたった。
琥珀色のウイスキーをかたむけながら、最大限の助言を行ったのである。
友はオボロの言葉に何度も首肯し、問題解決の糸口をつかみことができたようであった。
オボロにしては、珍しく酔っていた。親友の欲しがっていた答えに導くことができたことが満足感となり、いつになくアルコールが美味しかったのだ。
といっても、ベロベロの酩酊状態ではない。少しだけふらつく、一番気持ちのいい酔い方をしていた。
親友とはまた会う約束をし、店をでたのはそれでも午後十時を回る時間であった。
久しぶりの飲み屋街だ。
オボロはもう一軒顔をだすかなと、路地裏をゆっくり歩く。
ハットからマント、手袋にいたるまで黒一色に統一された姿は、ネオンきらめく繁華街ではさして目立たない。サラリーマンをのぞけば、飲食関係の連中のなかにはもっと奇抜な衣装を着ている人間が大勢歩いているからだ。
路地裏から、ひょっこりと表通りに顔をだした。
「ウオッと!」
角から出た瞬間、目の前を駆けていく子供の集団にぶつかりそうになったのだ。小学生だろうか。五、六人がみな同じバッグを背負い、半そで半ズボンの格好で口々に騒ぎながら表通りを走っていく。
「こんな時間になにやってんだぁ? あの餓鬼ンチョたちは」
オボロは子供たちを見やった。
「同じバッグを持っているってことは、塾帰りかな。
大変なことだねえ、あの年でこんな時間までお勉強とは。しかし、こんな飲み屋街に塾を開くなんて、この国の行く末はどうなるのかな」
オボロは独りごちながら、子供たちの駆けていく方向に歩き出した。
この先に、なじみの焼き鳥屋があったはずである。
~~♡♡~~
「ありがとねー! また来てよ」
「ごっそうさん、久々に美味しかったよ」
オボロは煙がこもる店内から、再び表通りにでた。
「さって、帰るとしますか」
ふらりと歩き出した。
表通りにはサラリーマンや学生らしき酔客が行きかい、道路からはクルマのクラクションやエンジン音が喧噪となり、夜の街を演出している。
あいにく客待ちしているタクシーは見当たらず、チッと舌打ちをしながらオボロは少し先まで歩くことにした。
すれ違う酔っ払いをかわしながらのんびり歩いていると、ふとサングラスのすみに何かが写った。
「なんだ?」
オボロはそちらを見る。
大衆居酒屋の大きな看板の裏で、先ほどすれ違った小学生とおぼしき子供たちが、なにやら口々にしゃべっているではないか。
(餓鬼ンチョたち、まだこんなところをうろついていたのか。もう終電の時間だけどなあ)
立ち止まり、彼らの様子を見る。普段なら気にもせず去るのだが、酔いがオボロの好奇心をあおったようだ。
「――こいつ、弱いな」
「うん。ゴミ箱をあさっていたから、間違いなくホームレスだよ」
「こういう人間にならないように、ぼくたちは勉強しないといけないんだ。そうしないと、この国は外国の植民地になっちゃうって、パパが言ってたもんね」
子供たちは、誰かを取り囲んでいるようだ。しかも運動靴で蹴ったり、つついたりしている。
オボロは腕を組んで、子供の上からのぞきこんだ。
(あーあ、こんな子供たちに足蹴にされるホームレスって。年寄なのか、病気でも患っているのかな)
黒いサングラス越しに確認する。
そこに倒れていたのは、年寄ではなかった。
「ホームレスじゃなくて、ただの酔っ払いか」
銀色の生地に、金色の筋を編み込んだ派手なスーツ。カールした長い髪は明るいブラウンで、紫色のメッシュまで入っている。
アスファルトにうつぶせになっているので、顔はわからないが折り曲げられた手足は細く長い。身長百九十センチ弱はあると思われた。体型から、若い男性と判断する。場末のホストクラブにでもいそうな風体である。
「おーい、坊主たち」
オボロの声に、子供たちがいっせいに振り返る。
「なんだよ、おっさん」
「こいつの仲間かもしんないぞ、変な格好してるし」
なぜか全員がメタルフレームの眼鏡をかけ、生意気そうな顔で悪態をつく。
「おっさんって、言わないでくれるかなあ。
私は仲間じゃないさ。
それよりも、そんなに蹴って、もしこの人が死んじゃったら坊主たちは刑務所行きになっちゃうんじゃないかと、心配するのだけどね」
オボロは遠くを見るように、顔を宙に向ける。
子供たちは顔を見合わせた。
「しーらない! このホームレスが勝手に倒れてたんだもんな」
「そうだよぉう、ぼくたち関係ないもんね」
口ではそういうものの、やはりこれ以上関わりあうとまずいと判断したのか、倒れている男にもう一発蹴りをみまうと、ワアッと叫んでオボロの横をすりぬけて走って行った。
「ああいう子供にこの国は支配されていくのかな。ふう、いやな時代だよねえ」
オボロは溜め息をつくと、しゃがみこんだ。
「おい、おーい、生きてるかあ?」
ぺったりと倒れたまま、男の頭がかすかに動く。
「こんなところで寝てたら、また絡まれるよ」
手袋をはめた指先で、スーツの肩をつつく。
「行ったか?」
「はあっ?」
「子供たちは、立ち去ったかと聞いているのだ」
よく通るバスボイスで、男が尋ねた。
オボロは男をのぞきこみ、耳元で言う。
「もういないよ。アンタ、子供が恐いのかい?」
男が顔を上げた。
「恐いわけではない。ただ相手をしないだけだ、特に未成年はな」
オボロと目が合った。
細面にかなり整った面立ちである。やや中央によっているが、一重の切れ長の目に長く高い鼻梁。薄い唇であり、肌はオボロと同じように白い。二十歳代半ばの青年のようだ。
男はゆっくりと立ち上がった。とたんに、ふらりと倒れそうになる。
「おいおい、大丈夫か」
オボロは男に肩をかしてやる。身長は、オボロよりも高い。
男から、微かな香水の香りが漂う。
「アンタ、どこぞの店のホストかな」
オボロにつかまりながら、男は視線を向ける。
「ホスト? 私がそんな
「ああ、どこから見てもそうだね。一般人はこんな派手なスーツは着ないし、胸元に金のネックレスをこれみよがしにつけないさ」
男はスーツの下に白いシルクのシャツを着こみ、開けた胸元には
「人を見かけで判断すると、大変なことになるぞ。覚えておけ」
えらく上から目線の言葉使いだ。
「わかった、わかったから。私はアンタと友達でもなんでもないのだから、大丈夫のようなら行かせてもらうよ」
オボロは少し怒ったような口ぶりで、男から離れようとした。
男はそのオボロの肩を、ガシッとつかむ。
「そう、つれなくするな」
「いや、つれなくするなって言われても。私は家に帰って、休みたいんだよ」
「そうか。なら帰れ。ただ」
男の腹がキュー、キュキュと鳴る。
「まさか、飯を食わせろってんじゃないだろうね」
「わかるなら話が早い。ご飯を食べたい。お腹がへって、死にそうなんだ。
さっきもついついそこのゴミ箱からいい匂いがするんで顔を突っ込んだら、小学生に蹴り倒されたってわけだ」
「おいおい、なんで私が飯まで驕らなきゃいけないんだい?
そんなゴミ箱を漁る、ホストくずれのホームレスに」
「こういう場合、袖触れ合うも多少の縁、って言うのを知らないのか」
男はやけに高飛車な物言いで、オボロを見る。
オボロは、横を向いて舌打ちをした。
~~♡♡~~
二十四時間営業の牛丼店。
全身黒ずくめの男と、派手な銀色のスーツに茶髪の男がカウンターに腰を掛けている。
オボロの前にはビールの小瓶が置かれており、男の前には牛丼の特盛のどんぶりが二つ重ねられ、三つ目のどんぶりを手に持って、がつがつと口の中に押し込んでいた。
男は口の中いっぱいに飯を詰め込み、その上からさらにかき入れる。頬がパンパンに膨らみ、顔面のかたちが
(こいつ、みてくれを全然気にしないのか。色男、台無しの構図だな)
途中で喉に詰まったのか大きくせき込み、ご飯粒をカウンターにまき散らす。
店員や他の客が、迷惑そうな視線を遠慮なしに向けてくる。
「いいから、落ち着いて食いなよ。って、特盛がよくそれだけお腹に入るなあ」
オボロは半ば感心しながら、呆れ顔でビールのコップをかたむけた。
「このご飯、とっても美味しいぞ。食べないのか?」
男は元気がでたのか、声高らかにしゃべり、米粒を飛ばす。
オボロはげっそりとしながら、顔に張り付いた米粒をとった。
「アンタを見ていると、その狂気的食欲に気持ちが悪くなってきたよ」
男はさらにもう一杯特盛を追加し、きれいに胃におさめたあと、最後は爪楊枝で歯をせせりだした。
「さあ、もういいだろ。私は、帰る」
オボロはすっかり酔いもさめ、サッと立ち上がり自動ドアから表にでた。
もうここまで付き合ったんだから、あとは知らん。そんな雰囲気をわざと背中にかもしだしながら。オボロは振り返ることなく歩き出した。
「よう、よう、そんなに早く歩くなよう」
背後から、男が声をかけてきた。
オボロは立ち止まり、おもむろに振り返った。
「あのなあ、アンタ。見ず知らずの野郎に飯まで驕らされて、このうえまだなにか用があるってのかい? しかもアンタの名前さえ、私は聞いてないぜ」
男は爪楊枝をくわえたまま、まっすぐにオボロを見ている。
オボロはサングラス越しに眉をしかめた。
「そうつれなくすんなよう」
ニコリと微笑む男は、プロの女性でもクラリとくるような美貌である。
占術師であるオボロは真正面から何の感情もこめずに、男の顔相を観た。
(内眼角と外眼角を結ぶライン、鼻翼と口角がまっすぐ一致、上唇結節と唇紅の比率)
「ほう!」
「なんだよう、私の顔はどこか、変か?
ようよう、ほうってなんだよう」
男はオボロに近寄り、なれなれしく肩に手をまわした。
「気安くさわらないでほしいがね」
「そういうなよう、なあって」
(この男の顔相は、驚きだ。綺麗、醜い、そんな低次元で語る相ではない。
パーフェクト、いや、完璧すぎる。どこにも欠点がない配置だ。
しかし、そんな相の人間なんて、いるはずがないのに)
「アンタ、その顔はどこかでいじったのかな」
オボロは男の絡んだ腕を肩からはずすが、すぐにまとわりついてくる。
「顔? いじるって、どういうことだよう」
「早い話が、整形だよ。
どこかの
男は不思議そうに宙を見て、オボロに視線をもどした。
「いやあ、ずっとこの顔だなあ。ほとんど変わっちゃあいないねえ」
「そうか」
「そんなことより、もうちょっと何か食べたいなあ。今度は麺がいいなあ。
そうだ! ラーメンいこうぜ、ラーメン! なあなあ、行こうようラーメン屋」
オボロは今度こそオーバーアクションで、男の腕をはずす。
「いい加減にしてくれ! もうこれ以上アンタに付き合う義務はない」
そう叫んだところ、男の挙動がおかしいことに気が付いた。
ふりほどかれた腕をそのままに、辺りをキョロキョロとしだしたのだ。背後を振り向き、背伸びして遠くを見つめている。
すれ違うサラリーマンも、つられてそちらを見つめる。
「今度は、なんだよ」
オボロの声すら聴いていない様子だ。
男はおもむろに腰を沈めた。
「やっべー、みつかりそうだ、早くトンづらこかないと」
独りつぶやきながら、男はいきなり走り出す。
「ごっそうさんねえ! 美味しかったよーぅ」
男は投げキスをオボロに飛ばし、長い手足を振りながら一目散に人ごみの中へ駆けていく。
ピューッと逃げる男の背後を、呆気にとられた表情で見送るオボロ。
「えっと、どういうリアクションすれば、いいのかなあ。この場合」
ポツンと取り残され、しばらく動けなかったのであった。
つづく
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