――円卓評議会 その二 ――

 とある世界のとある城、円卓評議会カルテットと呼ばれる人物達が集う会議場にて、七名の人物達が議論を交わしていた。

 その場の隅にはグレンデルの姿もあり、言伝をしっかりと伝えたこともあり、会話には興味を示さずに丸くなっている。

 全体的に薄暗い室内、四方と円卓の中心には燭台と蝋燭が設置され、赫炎かくえんがゆらゆらと揺らめいている。

 黒塗りの円卓に、同じく黒塗りの七つの椅子。最奥に設置されたいと高き者が座す玉座。


 入り口の門にはガーゴイルが二体脇に設置され、窓を覆う暗幕はビロードのような光沢を放つ。

 暗色に占められながら、どこか気品を漂わせる部屋の中で座り込む七名の人物。最も上座には一人の老人が座っている。

 仮の代表である氏族ギャンレルの真祖、齢にして五千年を超える大吸血鬼にして智深き者、あるいは“ギャンレル老”、または親しき者には“ヴェロス”。

 そう呼ばれる人物が口を開いた。



「うーむ、こうして一同が集まるのは前回の始祖様の行方を如何にするか以来であろうかのぉ」


 ふぉっふぉっふぉっと、顎から伸びた真っ白な髭を摩り、どこか嬉しそうな声音で声を響かせる。


「アリシアは別にいいけど。この会議に意味ってあるの?」



 真っ先に反応したのは空の如き色を讃えた蒼穹の瞳に、黄金を戴いた艶やかな髪を二本のロールにし肩まで伸ばした身長百四十程の幼い少女であった。

 まるでどこぞの姫君の如き容姿を備えた少女は不遜にもやすりを片手に持ち、左手の白き指先。

 その先端で伸びている爪を磨きながら口にする。

 これが一般の者であれば瞬く間に存在を消滅させられるところだが、彼女アリシア・トゥルース・トレメールは真祖の一人にして商業に関しての一切を引き受ける才女である。

 また、魔術に関してもレティーシアに続く第二位の実力を保持しており、更に言えば七名が知る限りでは唯一の魔術の弟子でもあった。

 



 その関係からレティーシアとの繋がりは深く、ここ最近こそ共にしていないが、しとねを共にしては一夜を過ごす事も多い。

 だからこそこのような不遜な態度も許される――と言う訳ではない。

 ただたんにこの程度でレティーシアが咎める事などないと、一同が知っているだけである。

 アリシアとて時と場合はしっかりと心得ている。元より商才その他に優れ、特に魔術と言う点においてはレティーシアすら凌駕する才能を有している彼女は非常に聡明だ。

 そしてその行動理念はやはりレティーシアへと帰結する。それを知るメンバーであるからこそ、王たるレティーシアを誰よりも一同が知るからこそ、その不遜な態度は黙認されていた。



「まったく、君は何時も……」



 と言ってもやはり態度は態度、小言の一言は口にするべきだろうと判断したのか、深いバリトンの美声が諦め混じりの言葉を口にする。

 百八十を優に越す身長、鍛え上げられた肉体。彫りの深い顔に癖の強い、背中で纏められた水色の髪。

 貴族的な衣服に身を包み、首元にはスカーフを巻いた姿はその男としても威厳の出始める三十代後半の容姿も相俟って、どこか辣腕領主を彷彿とさせる。

 ワイングラスを片手に足を組み、悠然と笑みを浮かべる姿が非常に似合いそうな男であった。

 


「いいじゃないの、そんな事で始祖様はお怒りになられないわよ」



 そう言って妙齢の女性が微笑む。紫色の髪の毛を肩の辺りで切り揃え、身体にフィットするタイプのドレスを纏った妖艶な女性だ。

 年齢は二十歳過ぎにも、あるいは三十代にも思えるし、言われれば四十代に見えなくもない。

 どことなく神秘的で危険な香りを匂わせる女性である。

 胸元を押し上げる二つの双丘は小振りなアリシアと違い、これでもかと大迫力を演出している。



「まぁそうじゃの、この程度で怒りはせんじゃろうて。それより話しを進めるぞ?」

「ヴェロス老まで……だからアリシアがこんな態度をとるようになるのです」

「ノスフェラトゥに言われたくない。それにアリシアは時と場合は考えてる」

「二人ともその辺にしておくがよかろう」



 ヴェロス・トゥルース・ギャンレルの言葉に二人があっさりと引き下がる。

 アリシアにとってヴェロスとは言わば祖父のような者であり、これはノスフェラトゥと呼ばれた真祖にも似たような事が言えた。

 共に生きてきた齢は同じくらいだが、このヴェロスと呼ばれる人物は他の真祖が認めるだけの何かを持ち合わせている。

 なまじ立場が同列である為に、一度いざこざが起きれば中々矛の収めどころが決まらないのだが、こうして調停役が居ることで歯車は円滑に回っていく。

 改めて一度ごほんっ! と咳払いをし、場の空気を変えるとヴェロスが口を開いた。



「さて、我等が王の始祖様。その盟友たるグレンデル殿より言伝を受け取った」

「世界間都市建設。“ディラック計画プロジェクト”だったかしら?」


 妖艶なる美女。ブルハーが氏族の真祖が人差し指を唇に当て問う。

 ヴェロスはそれに吸血鬼特有の犬歯をむき出しにして笑うように告げる。


「然りッ! 永遠を謳歌する我等の種族はその性ゆえに、停滞を是としてしまう事がままある。始祖様はそれを良しとはせなんだ。前なき道に意味はないと、この老骨の身に話して下さったものよ」



 どこか懐かしそうに目を細めるヴェロス。

 その言葉は全員も聞いた事があるのか、瞳の先、遥かな過去へと各自が思いを馳せる。

 もう記憶が擦れてしまうくらいの昔。七名が絆で結ばれたあの日。

 今でも誰もが鮮明に思い出せる遥か古の一夜。

 お前達が欲しいと、そう言ってくれた日。どれだけ七名が嬉しかったか、きっとレティーシアは知らないだろう。

 人でありながら異端であった者。高貴な生まれでありながら地獄へと転がりこんだもの。

 生まれてより底辺であった者、様々な環境で育った七名はあの日ライバルであり、そして同時に家族となった。

 レティーシアの下、七名は兄弟となったのだ。



「おほんっ」


 珍しくもしんみりとなった空気を切り裂くような咳払い。

 超絶的な力を有する七名がまるで子供のように、顔を赤らめ誤魔化すかのような反応を各自で見せる。

 

「ディラック計画。他の世界、もしくは他の世界へと繋がるゲートの前で交易都市を建設するプロジェクトじゃ。既にレティーシア様の居られる世界“デミウルゴス”に関しての報告書、それをエリンシエ殿より頂いておる。この世界には無い技術、資源、それらを公然の下で得る為の計画でもある」

「直接的な建設そのものは先であろうが、グレンデル殿の言伝には建設資材や人員を今から用意しておくようにとあった。わしが大雑把に枠組みを作るゆえ、その後は各人に合った分野でを割り振ろうと思うが、反論はあるかの?」



 そう言って場を見渡すが、誰も文句を言う者はいない。

 七名はそれぞれがなんらかの権限をレティーシアにより貸与されている。

 例えばアリシアであれば商業や交易に関する全権を、ノスフェラトゥなら所領に関する権限や貴族に関することを。

 ヴェロスなら政治に関しての大部分の権限を、他にも諜報部や研究機関、様々な分野が各人へと割り振られているのだ。

 そうして大概がヴェロスが大まかな形を作り、それを割り振られた六名が細かい添削をする。

 と言うのが常であった。極稀にレティーシアがヴェロスの位置に入り込んで大まかな案を出す事もあるが、それは非常に稀であった。

 全員が特に意見を出す事もないらしいと確認したあと、もう一つの案をヴェロスが持ち出す。



「もう一つ、グレンデル殿からの言伝にはあっての。今より何時でも軍を動かせるようにせよ、との事である。規模は一個師団程度、編成内容は吸血鬼で固めよとのことじゃ。総指揮官として一名我々から選出し、別途副官を軍部より選出。他にも大隊長を二名、中隊長を六名。小隊と班長は様子を見て任せるとのことじゃ。一応軍の権限は七名で分割されておるが、ここはやはりマルカヴィアンに託すとしようかの」

「了解した。一週間内である程度の形しておく」



 七名の中でも一際巨大な人物が返事をする。年のころは四十過ぎのようにも見えるが、彼も実年齢は優に五千年を越している。

 軍服を身に着け、ベレー帽を被った吸血鬼にしては珍しいやや浅黒い肌の大男。

 口髭を生やし、険しい表情を見せる顔、髪の毛は黒く短い。

 遥かな昔、その教官としての鬼畜ぶりに戦争終結後に国に裏切られた過去を持つ者である。

 今でも厳しさは変わらないが、それでもその実直ぶりはレティーシアの信頼を得るには十分に過ぎた。

 彼に任せれば、どんなひよっ子だろうと一流のソルジャーへと生まれ変わる。

 指揮官としても優秀であり、特にゲリラ的な戦闘を得意とし、彼が率いる小隊で国を壊滅させたのは千年も前になるだろうか。

 当時の隊のメンバーは軒並み出世し、各自が軍部で教官の立場として働いている。 



「頼むぞ」


 ヴェロスの信頼を滲ませた声にマルカヴィアンがしっかりと頷く。

 その様子を見てたアリシアが嫌そうに顔を顰める。


「もぉー、むさ苦しい男の友情なんてアリシアはお呼びじゃないの! 見ているアリシアの方が暑苦しくなってくるから止めてよね」



 あー、嫌だ嫌だと口にするが、ヴェロスはかっかっかと笑うだけだし、マルカヴィアンもそのベレー帽を前に引っ張るがその口元には笑みが浮かんでいる。

 見た目の容姿的な部分もあり、アリシアは七名の中では末っ子的な位置なのだ。

 肉体は精神に作用すると言うのも強ち間違いでもなく、アリシアの精神は七名の中でも一番低い。

 低いと言っても別に子供のようだ、と言う訳ではない。そんな一面もあると言うところだ。

 皆からすれば手の掛かる可愛い妹、あるいは孫や娘見たいな事もあり、どうもアリシアに甘い傾向があった。

 言葉程嫌悪感を示していないアリシアの様子に笑いながら、ヴェロスが口を開く。



「そう拗ねるでないアリシアよ。この様子であれば、直に始祖様も一度帰還されることであろうよ」

「ふんっ! ヴェロスはもっとシワシワになればいいのよ」


 指摘に思い至る節があるのか、ぷいっと顔を背けてしまう。


「はっはっはっはっ! さて、わしはこれから皆に渡す案を纏めねばならない。これにて円卓評議会カルテットを閉幕とする。皆の働きが始祖様の手助けとなることを忘れるではないぞ――――我等が始祖の御手に全てを!」

「「我等が始祖の御手に全てを!!」」

 

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